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3. 良いサービス/悪いサービスの条件
この記事は以下の記事の続きです↓
「サービスの継続購買」を目指すという信奉から離れて、倫理的に良いサービスとは何か?を考えてみる。
さて、ここまで見てきたように、メサイアコンプレックスに元づく「人助け(支援)」もしくは「サービス(貢献)」は、それを受ける側(顧客)の自尊心や能力を育む機会を奪っている危険性があります。
それではこのような状況の中で、我々は本当に良いサービス(貢献)を生み、提供していくためには一体どのような考え方が必要なのでしょうか?
それを考えるにあたって、人助けが害となる事象が発生する条件を見ていきましょう。人助けが害となるにはいくつかの条件があるように思います。この条件を考えることで、良いサービスとは何か?という問いについて考えていきます。
まず人助けが害となる事象が発生するときの1つの条件は、そのサービスを提供する側の人間が広範囲にわたる専門知識を持っている場合など、尊敬されやすい状況のときです。
例えばコンサルタントや士業を始めとした専門知識を持っている人(自己啓発セミナーのビジネス講師も含まれるかもしれません)は支援関係の中でより高い地位(ランク)につくことが多いように思えます。あとは非公式的な支援関係(先輩からの助け、肩書きが立派な人からの助け、上司からの助け、親からの助け)は、助けを受ける人からの自発的な尊敬や、何らかの前提となっている社会的立場による”従う関係”があって成り立つため、メサイアコンプレックスに元づく人助けが起こりやすいように思えます。
こうした関係では、相手の問題に入り込んで、支援者が答えを過度に示し続けること(相手の人生を無意識に奪う)や、地位(ランク)の差を利用した答えの強硬な押し付け、相手の能力に関するネガティブな決めつけによる相手の否定的な自己イメージの強化、という現象に容易に陥りやすいとされます。
しかし例えばスーパーの店員や配達員と言った職業は、サービス受益者から低い地位(ランク)とみなされたり、美容師やマッサージ師のような職業の「支援」は互いの合意のもとで形式的に行われる支援関係です。こうしたサービス・支援では、顧客がサービス提供者に”盲従する”ということは少ないでしょう。
つまり、こうした関係性では無く、先ほどの例のように、サービス提供者が人としてあたかも優れているかのように見え、顧客が盲従したくなる(盲従させている)一部の支援関係が、メサイアコンプレックス的な態度がサービスに現れてくる1つの条件のように思います。
またサービス(貢献)を行う支援者が、そうした自己の心理に自覚的か?無自覚的か?も重要だと思われます。人を支援するときに、我々は一時的にでも地位(ランク)が高くなることや求められる自己重要感に快感を得る生き物だと知らない場合、知らず知らず、相手をコントロールする支援関係に陥っていてもおかしくありません。人の支援には責任が伴いますので、責任を強く感じやすい人は、その責任に対して自分が無能なんじゃないか?という不安の裏返しで、無自覚に、自分を大きく見せて相手をコントロールする支援を行っていることもあります。
しかしここまで挙げたような人間の性質に我々が自覚的であるとき、適切で良い支援関係を築ける可能性があります。我々が人を助けるとき、一時的にでも地位(ランク)が変動することは、そこで適切なリーダーシップを発揮するチャンスでもあります。適切なリーダーシップの発揮により、顧客が自らの自尊心を高め、適切な能力を獲得する機会に導くことができれば、それは良いサービスであると言えるのでは無いでしょうか?
このあたりで、良いサービスとは何か?という答えへの手がかりがあると思います。
次回はさらに詳しく良いサービスとは何か?ということを見ていきます。
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