ゼウス尻に敷かれる
第1話:雷霆の王、雑巾を握る
オリュンポス山の朝は、いつもながらの晴天だった。太陽神アポロンが軽やかに天を駆け、山々を黄金色に染め上げていく。だが、その光景を楽しむどころではない男がひとり。彼の名はゼウス。神々の王であり、宇宙の秩序を司る存在だ――少なくとも以前はそうだった。
「ゼウス!何してるの!廊下の掃除は終わったの?」
宮殿中に響き渡る怒声の主は、妻ヘラ。結婚の神であり、そして現在ではゼウスの“上司”とも言える存在だった。
「まだ途中だ!」
ゼウスはゴシゴシと大理石の床を磨きながら、ぶつぶつと文句を言っていた。
「俺は神々の王だぞ。こんなことをするために生まれたわけじゃない……!」
ヘラはそんな言い訳には耳を貸さず、手に持ったチェックリストをじっと見つめた。
「次は窓拭きだからね。それからキッチンの皿洗いも忘れないで。」
「わかった、わかった!」
ゼウスは叫びながら雑巾を握り直した。彼がここまで情けない姿を晒すことになったのは、全て自業自得だ。長年の浮気とだらしない振る舞いに耐えかねたヘラが、ついに「ゼウス教育計画」を発動したのだ。
掃除の神?いや、神々の王。
「おい、これじゃ掃除の神だろうが……」
ゼウスは雷霆を操るその手で、必死に床を磨いていた。雷で床を焼き払えば簡単だと思ったが、ヘラに「焼き焦げの模様が残るでしょ!」と一喝され、渋々手作業で行う羽目になったのだ。
そんな彼を見ていたアポロンとアルテミスの双子神は、廊下の隅で小声で笑っていた。
「兄さん、これが父上の威厳ってやつなの?」
「いや、威厳というより……なんていうか、滑稽だね。」
ゼウスは双子の会話を耳にし、顔を赤らめた。だが、ヘラが見張っている以上、反論するわけにもいかない。
「笑うな!俺は……俺は王だ!」
「王なら、もう少し床を綺麗に磨いたらどう?」
アルテミスの皮肉に、ゼウスは悔しそうに雑巾を握り締めた。
窓拭きという高難度ミッション
次なる試練は窓拭きだった。オリュンポス宮殿の窓は巨大で、しかも高所にある。ゼウスは雷霆の力を使えば一瞬で掃除できると思い、手を伸ばした。
「ゼウス、何してるの?」
背後からヘラの冷たい声が響く。
「いや、少し効率を上げようと――」
「いいえ、効率じゃなくて丁寧さが大事なのよ。だから手で拭いて。」
ゼウスはため息をつき、天井近くの窓に取り掛かった。椅子の上に乗り、バランスを取りながら窓を拭くその姿は、どう見ても神々の王ではない。
そこへヘルメスが通りかかり、目を丸くした。
「父上、何をしているんですか?」
「見ての通りだ。俺は今、家事の神として修行中だ。」
「神々の王がこれを……。いや、意外と似合ってますね。」
その一言にゼウスは激怒し、椅子から足を踏み外して床に落ちた。
「くそっ、全てヘラのせいだ……!」
キッチンでの惨劇
窓拭きを終えたゼウスに、さらなる試練が待っていた。キッチンの皿洗いだ。神々の宴で使用された大量の金皿と銀皿が、シンクに山のように積み上がっていた。
「これを全部洗うのか?!」
「そうよ。手を抜いたら分かるからね。」
ゼウスは皿を手に取り、水を流しながら洗い始めた。だが、彼の大雑把な性格が災いし、泡まみれの皿を次々に床に落としてしまった。
「父上、それじゃ皿じゃなくて泡を洗ってるだけですよ。」
背後でアポロンが笑いながら言った。ゼウスは泡だらけになりながらも、懸命に皿を洗い続けた。
家庭の王に成り下がる?
夜、ゼウスは全ての家事を終えてソファに崩れ落ちた。ヘラが紅茶を淹れてきて、彼の隣に座った。
「お疲れさま。今日の仕事、まあまあだったわね。」
「……まあまあだと?」
ゼウスは少し不満そうに呟いたが、ヘラの微笑みを見て気が緩んだ。
「ヘラ……俺は王としては失敗かもしれないが、夫としては……どうだ?」
「まだまだね。でも、少しは成長したんじゃない?」
ゼウスは苦笑いを浮かべながら、ヘラの手を取った。
「俺はこれからも頑張る。神々の王としてだけじゃなく、家庭の王としてもな。」
こうしてゼウスの奮闘する日々が始まった。神々の王としての威厳は地に落ちたが、家庭の平和を守るため、彼は新たな戦いを続けるのだった。
第2話:神々の王、料理で炎上
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