私もあなたもいずれは認知症になりますよ?
おはようございます。
認知症についての初の閣僚会議がされたようですね。
認知症、これから増えると言われてますもんね。というか、加齢によって起こるなら防ぎようがない症状ですけれども。
私の身近な年配の方も「自分が認知症で周りに迷惑をかけているかもかもしれない」と不安だと嘆いています。
でもね認知症になったって、ソフト面とハード面のフォロー次第で生活維持は出来るし、幸せに暮らせるのになと思います。
知らないから怖いだけ
未知のことには、だれもが恐ろしさを感じてしまいます。
私も、幼い頃はいろんなことが怖かったです。
メディアや情報を見て、人は「悪い面」だけを誇張して受け取りがちです。
病気は「病」だから辛いことも悲しいことも起こす。良いことばかりではないし、うまくいかないことも増えるけど「当たり前の生活」とか「今できていること」への感謝とか考え直すチャンスになると思います。
「認知症になってよかったこと」とか「認知機能が落ちたメリット」とか、そんな情報が流れたら?少しは変わるのでしょうか。
認知症患者の家族
実際に私も認知症患者の家族です。
記憶や遂行(何かをするときに順序だてて行うようにする)機能が低下し、生活する能力も落ちてきています。
認知症患者の家族を悩ませるのは、それ以上に周辺症状だと思います。
周辺症状は、人によって違いますが、私の家族の場合は
不安
抑うつ
暴言・人の悪口
がメインです。家族だから綺麗ごとばかり言ってられません。
私も「いい加減にしてよ」と思う時が度々あります。
でも今のところ一緒に住んでいるわけではないので、なんとか家族や親戚で連携して手伝っています。
一緒に住んでいて毎日毎日介護している人の気持ちになると心苦しいです。
SOSを出せる場所
第三者が関わることで、患者さん自身も家族も救われることがたくさんあるのではないでしょうか?
認知症の患者さんは意外と「しっかりしている」んですよね。
介護保険の認定調査の時には、すごく受け答えもしっかりすることも…
介護保険が適用にならないとか、要支援程度になることもあると思います。
それだと困ることがたくさんあります。
気合いが入ってる日じゃなくて、日常をカメラに抑えてそれを見てもらうとか出来ないもんですかね?
まあそれは難しいと思うので…
私が今出来ると思うことから始めるとします。
私を取り巻く方々の顔を見に行って話に行くことかな。
昔ながらの、馴染みの人が顔を出しに来てくれたり、近くで一緒に何かする時間があるだけで刺激にもなるし、自分の存在を確認できたり、適度な疲労感が得られて、悪くないんじゃないかな?と思います。
でもここでポイントなのは地域に住んでいる第三者であるということだと私は考えます。
お互いがなんとなく知り合っている、自分の記憶に刻まれている人だと安心するのでは?
それを上手くシステム化できるように、今日はいつもお世話になっている方に話を聞いてもらい協力体制を仰ぎたいと思います。
首相にできること、私にできること
人には人のにゅう・・・というCMがありますが、人には人の得意や出来ることや使命があるように、私自分自身がやるべきこと・出来ることをやろうと思います。
私にできることは身近な範囲の困りごとに全力をささげること。
認知症になることに恐怖を抱く高齢者には耳を傾け、定期的に顔を出して、適切な情報を伝えること。
認知症家族がいたら一緒に悩みを語り合って。
認知症患者の家族には、適度な距離でお互いに少しの「あきらめ」と小さな「楽しみ」を作って寄り添っていくこと。
認知症がもっと当たり前になっていくために
顔にシミが増えて、体力が少しずつ落ちていくのと同じように認知症に対してハードルや壁が下がって、地域の中で生活しやすくなるようになりますように。
そんなことを考えて今日も頑張ります。