【脚本】光の速さで生きて
あらすじ
eスポーツ部部長の九条ユノは部活を辞めた。部員と喧嘩をしたのだ。見かねた幼馴染のマナカはユノを仮想空間〈Awoniyoshi〉へと誘う。そこでは〈シルクロード〉と呼ばれる巨大なeスポーツの大会が開催されていて……。
登場人物
リアル編
・九条ユノ 元eスポーツ部部長
・羽村マナカ ユノの幼馴染み
・橋ミツリ ライバル
・立花アヤ eスポーツ部部員
・木野リクト eスポーツ部部員
・藤原カズヤ eスポーツ部部員
バーチャル編
・キャシアス ローマの政治家
・ルーシャス 執事
・ウルグ・ベク 天文台館長
・孔子 儒教の教祖
・孟子 孔子の一番弟子
・司馬遷 図書館司書
などなど
◇第一幕
〇インターハイ・スタジアム 中央ステージ 夜
舞台上にユノとインタビュアーがいる
インタビュアー「それでは、見事、インターハイを制しました、奈良県代表、石上(いそのかみ)学園高校のキャプテン、九条ユノさんにお話を聞いてみたいと思います。よろしくお願いします」
ユノ 「お願いします」
インタビュアー「え~、まず、今の率直な気持ちをお聞かせください」
ユノ 「はい。すごく嬉しい気持ちでいっぱいです!」
インタビュアー「この気持ちをどなたに伝えたいですか?」
ユノ 「そうですね。まず、ここまでわたしたちを導いてくださった先生。あとわたしを支えてくれた家族や友人にも。そして最後まで一緒に戦ってくれたチームメイトのみんな。わたしが今、ここでこうしてお話させてもらえるのも、全て、みんなのおかげです。支えてくれたみなさんに感謝の気持ちでいっぱいです!」
インタビュアー「ありがとうございます。ユノさんは今回の試合終盤で、十人斬りという快挙を達成して窮地を脱しましたが、あの時はどんな気持ちでしたか?」
ユノ 「実はほとんど覚えてないんですよね。仲間がピンチだったので、とにかく必死でした」
インタビュアー「なるほど、仲間を思う気持ちが今回の優勝に繋がったというわけですね」
ユノ 「まあ、そんなところですかね……」
インタビュアー「では、最後の質問ですが、ずばり、次の目標は何ですか?」
ユノ 「次の目標ですか?もちろん、一ヶ月後に開催されるタイトル戦」
センサス以外暗転
ユノ 「『モンターグ杯』の制覇です!」
画面:暗転
字幕 『多くの儒家が紅炎兵により拘束されました。』
『我々が失なったものは書物ではない。誇りだ。』
『ああ、燃えていく……。我々の記憶が……。』
『またのログインをお待ちしています』
〇敗退
カズヤ 控え室に入ってくる
「お疲れ様で……す」
部屋にユノ、アヤ、リクトがいる
カズヤ 部屋の空気が重いことに気付く
ユノ 「どうして?」
アヤ 「何が?」
カズヤ「なにかあったんですか?」
リクト カズヤに「後にして」と目で訴える
カズヤ 何かを察して、部屋から出る
ユノ 「どうして、あそこでわたしを置いていったの?」
アヤ 「ユノならできると思って」
ユノ 「何言ってんの?」
アヤ 「前の大会で……」
ユノ 「前の大会で、なに?」
アヤ 「前の大会で十人斬りしたユノなら大丈夫だと思った」
ユノ 「意味わかんない。あの場で勝ち筋が見えなかったのは、アヤが一番分かってたはずでしょ!?」
リクト「おい、そんな言い方することないだろ。コイツだってお前のこと信頼して、あの場を任せたんだしさ」
ユノ 「それってずるくない? じゃあリクトは、わたしがヘマしなかったら問題なかったって言うの?わたしの指示を聞かなかったのはアヤなんだよ!?」
リクト「おい、落ち着けって。いまの言葉は悪かったよ。ごめん。だから、この後のミーティングでちゃんと話そう……」
アヤ 「前から思ってたんだけどさ……」
「そういうところ、うざいんだけど。リーダーだからって上から目線で指示しないでほしい。自分のこと、上手いと思い込んでるかもしんないけどさ、そういうの、イタいから」
ユノ 「どうして?試合中に指示を出すのはわたしの役目でしょ?」
アヤ 「……。ユノが?」
ユノ 「……わたしが普通科だから?」
アヤ 何も答えない
ユノ 「それは、わたしが普通科だからってダメなのって聞いてんの!」
アヤ 「……。そう。普通科のくせにさ、上から指図しないで。どうせあんたなんか、何にも出来なかったから普通科に入ったんでしょ」
リクト 二人の喧嘩を止めたいが、見守ることしかできない
ユノ 「……。わたしだって、好きで普通科に入ったんじゃない」
と、言い捨てて部屋から出ていく
カメラ:ユノを追いかける
〇放課後の中庭
ユノがベンチに座っている
マナカがやってくる
マナカ「ユノちゃん?」
ユノ 「あ、マナカ。今から帰り?」
マナカ「うん、今、練習終わったとこ」
ユノ 「そっか。こんなに遅くまでやってんだね。凄いなあ」
マナカ「まだ夕方だよ? ユノちゃんだっていつも遅くまで練習してるじゃん。……。アレ、そういえば部活は?」
ユノ 「部活? 部活ね、辞めたんだ。何日か前に」
マナカ「え、なんで?」
ユノ 「もうやり切ったから、かな」
マナカ 「ホントにいいの? ユノちゃん、頑張ってたのに」
ユノ 「いいんだ。最初から決めてたし。この大会が終わったら部活辞めるって。もうすぐ期末テストもあるし、そろそろ受験勉強も始めなきゃだし。ほら、わたし普通科じゃん?」
カメラ:マナカの曇った表情
マナカ ユノに向き直って
「わたしは、ユノちゃんがゲームやってるとこ、観るの好きなんだけどな」
ユノ 「ありがと。でも決めたことだから」
マナカ「そっか」
ユノ 「うん」
マナカ「〈Awoniyoshi〉行こうよ。気分転換に」
ユノ 「アヲ二ヨシ?」
マナカ「あれ、初めてだっけ? 名前は知ってるよね?」
ユノ 「行ったことはあるよ。でも部活で禁止されてたから、ここ二年くらいは……」
マナカ 「そっか、じゃあ、大丈夫だね」
ユノ 「ウン」
二人 スマホを取り出して仮想空間に入っていく
気付いたら電車に乗り込んでいる
乗客は一列に並んで座っている
電車が走り出す
車内にいろいろな服装の人たちが座っている
中華風、アラビア風、ローマ風……和服の人間もいる
彼らと言葉は通じないが、ダンスを通して仲間になっていく
時間を忘れ、みなで踊っているが、気付けば疲れ果て、ユノは寝てしまった
車窓にタイトル『光の速さで生きて』が浮かび上がる
〇Awoniyoshi イコマ
アナウンス「イコマ、イコマです。お降りの方はお忘れ物のないよう……」
ユノ 居眠りしている
マナカ ユノを起こす
「着いたよ」
ユノ 「……。あッ、ゴメン、寝ちゃってたわ」
マナカ 「おはよう。着いたよ、イコマ」
車窓から「Ikoma」と書かれた看板が見える
改札を抜けるとそこには、3人のローマ人がいる
ローマ人1「聞いたか? 今日、シーザーが帰ってくるってよ」
ローマ人2「おう、知ってるぞ。なんでも火星からだって」
ローマ人3「へ~、市中凱旋ってわけだな。楽しみだな」
ローマ役人「さあ、けえった、けえった!今日は休みか? エエ? とっとと家にけえって、仕事しやがれ、こんちきしょう!」
ユノたちに気付く
「ん? 見ねえ顔だな。おめえら職業は?」
ユノ 「エエ!?」
マナカ 肘でユノを小突く
ユノ 「が、学生です」
ローマ役人「名前は?」
ユノ 「な、名前?」
マナカ「ログイン名のことだよ」
ローマ役人に
「わたしは“ミカサ”です」
ローマ役人「おめえさんは?」
ユノ 「え~っと。……。“ヤエ”と言います」
ローマ役人「ログイン名を変えんのかい? ま、良いけどよ。この前の試合は残念だったな。モンターグ杯、だっけ?」
ユノ 「ああ、ハイ……」
マナカ ローマ役人に向かって
「その話はちょっと……」
ローマ役人「エエ? おお、わりぃ、わりぃ。おれぁよ、思ったことがすぐに口に出る性分なんだ。悪気はねえ。許してくれ」
ユノ 「まあ、大丈夫ですけど」
ローマ役人「で? おめえらも〈シルクロード〉に参加すんのか?」
ユノ 「〈シルクロード〉?」
マナカ「ハイ! この子だけですけど」
ユノ 「エエ!? 聞いてないんだけど!」
マナカ「だっていま言ったもん」
ローマ役人「おいおい。登録は本人しかできねえよ」
マナカ「ハイ。今から説得します」
ユノに向かって
「お願い!」
ユノ 「イヤです」
マナカ「なんでよ」
ユノ 「だって聞いてないもん」
マナカ「事前に言ったら来てくれた?」
ユノ 「イヤ」
マナカ「だから、こうやって無理やり連れて来たんじゃん!」
ユノ 「わたしはもうゲーム辞めたの!」
マナカ「でもプロ目指してたんじゃなかったの?」
ユノ 「それは……そうだけど! もう遅いよ」
マナカ「なれるよ」
ユノ 「エエ?」
マナカ ローマ役人に視線を向ける
「ここから、なれますよね、プロ?」
ローマ役人「エ? アア、なれるぞ。アンタがいま登録しようとしてんのは〈シルクロード〉っつう、これから三カ月に渡って開催される大きな大会だ。〈Awoniyoshi〉が運営してっから、インターハイとは違って非公式のゲームなんだけどよ、業界の人間がいっぺんに集まるってぇ話だ。好成績を出したら、プロ入りも、夢じゃねえってねえ」
マナカ「どう? とりあえず一回だけ出てみない?」
ユノ 「一回って、三カ月もあるんでしょ?」
ローマ役人「〈Awoniyoshi〉の企業理念は「すべての人に熱中を」だ。eスポーツの門戸は限りなく低く設定されてる。つまり、今回一回だけの参加も大歓迎ってわけだ」
ユノ 「……。なるほど。最初っから、堀は埋められてたってことか」
マナカ「どうかな?」
ユノ 「……分かった! とりあえず一回、ね」
マナカ「ありがとう!」
ローマ役人「よし、決まりだな」
ユノのスマホが飛び回る
ローマ役人 スマホを捕まえて、ユノに渡す
「登録完了だ」
ユノ 「あ、ありがとうございます。ん? なんか送られてきた。生配信の通知だって」
ローマ役人「もう始めんのか」
ユノ 「エエ?」
ローマ役人「開けてみな」
ユノ スマホを操作
カメラ:スマホ画面に占い師が映し出される
街中の大型広告にも同じ映像が流れだす
占い師 VRグラスのようなものを装着している
「止まれ! 止まれ、シーザー! 警告、コード三・一五、反乱分子を検知。繰り返す、コード三・一五、反乱分子を検知。繰り返す、コード三・一五……」
カメラ:フェードアウトしてユノに移る
ユノの姿がゲームアバターに変更されている
周りには誰もいない
ユノ 周りに誰もいないことに気付く
「あれ? マナカ? 江戸っ子のローマ人もいない。ここは、家の中? 誰の?」
自分の手を確認する
「専用アバターに変更されてる。ってことは、もうゲームが始まってるってこと?」
窓にあることに気付く
「部活の試合とは全然違う」
近づいて、カーテンを開ける
「夜だ」
ルーシャス 登場
「旦那さま、お呼びでしょうか?」
ユノ 「旦那さま……。私のことか」
咳ばらいをする
「ああ、すまない。灯りを点けてくれないか? それと……今日は三月十五日か?」
ルーシャス 「ハイ。今日は確かに三月十五日でございますが……」
ユノ 「なんでもない。忘れてくれ」
ルーシャス「では灯りを点けてまいります」退場
照明:部屋が少し明るくなる
ルーシャス 再び部屋に入ってくる
「旦那様、お客様がお見えになりました」
ユノ 「客? こんな夜更けに? まあいい。今は情報収集が先だ。通してくれ」
ルーシャス 一度、退場して、訪問客(キャシアス)を連れてくる
そしてはける
キャシアス「こんばんは。ヤエ。手紙をちゃんと読んだかどうか気になってね」
ユノ 「手紙? 何の話だ?」
キャシアス「おい、冗談はよしてくれ。まさか君が、このキャシアスの手紙を読んでないわけない。どうせ読んだ後にポケットにでも入れて、そのまま忘れたってとこだろう」
ユノ ポケットを探す
「あ、これか」
キャシアス「そ~そ~、それだよ、それ! なあ、それ、どう思う?」
ユノ 「ど、どう思う?」
キャシアス「ウン。どう思う?」
ユノ 「ん~~~~。まあ、良いんじゃない?」
キャシアス「ヨシ、分かった! じゃあ、それで行こう! 遅れるなよ。チャンスは一瞬だ。そう、ローマを守る為のな」
退場
ユノ 「ローマを守る? どういうことだ?」
手紙を読む
「今回の試合会場は紀元前一世紀のローマです。この時代は共和的な三頭政治が敷かれていましたが、ジュリアス・シーザーの台頭によって、いまや崩れ去ろうとしています。あなたは高潔なローマ市民の一人となって、シーザーを倒してください。シーザーが倒れた時点での総得点を競います。それでは行ってらっしゃい、高潔なブルータス」
ユノがいる場所が屋内から屋外へとメタモルフォーゼする
殺陣開始
早速、他のプレイヤー(二人)がユノを狙う
ユノ 「え、今から!? このタイプの武器初めて使うんだけど!?」
なんとか二人を倒す
ユノ 手に持った武器を見て
「なるほどね。なんか分かってきた!」
一度はける
殺陣
キャシアス やってくる
「ヤエ、ヤエ」
ユノ 「キャシアス」
キャシアス「良かった、また、こうして会えて」
「見てみろ、あいつがシーザーだ」
舞台上にシーザー、従者を率いて話している
キャシアス「何人か、部下がいるが、構うな。狙うのはシーザーのみだ」
ユノ 「分かった」
キャシアス「良いか? 3、2、1、と言ったら……待て、まだだ!」
ユノ 喋っている間にフライングする
「エエ?」
シーザー「ン? ヤエか?」
キャシアス「も~!!! まだ説明中だっただろ!?」
ユノ 「今のは、わたしが悪いのか?」
シーザー「今日は、三月十五日か。なるほど、是非に及ばず」
殺陣
ユノ、キャシアスと協力して、シーザーを倒す
字幕 『シーザーの暗殺は成功しました』
『しかしオクタヴィアヌスとアントニーの結託により帝政へ移行します』
『ここに共和政ローマは崩れ去りました』
『またのログインをお待ちしています』
殺陣終了
ものすごい歓声が沸き起こる
歓声がフェードアウトする
ユノとマナカがいる
ユノ 息切れ
「ハア、ハア、ハア……。わたし、優勝できた」
マナカ「観てたよ!優勝できたじゃん!」
ユノ 「うん。わたし、優勝できた……」
マナカ 「シルクロード大会、ローマを見事制覇されました、ユノさんにお話を聞いてみましょう。今のお気持ち、どうですか?」
ユノ 「ゲームってやっぱり楽しいですね」
マナカ「ですよね~」
ユノ 「感覚戻るのにちょっと時間かかったけどね」
マナカ「で、どうだった? ここでさ、もう一度、目指してみない?」
ユノ 「……。うん。わたし、やってみる。一人でもやってやる!」
◇第二幕
〇音楽室
マナカ 以下の発声練習をやっている
1:リラックスした呼吸(鼻から吸って鼻から吐く)
2:リラックスした呼吸(鼻から吸って口から吐く)
3:リラックスした呼吸のままハミング
4:リップロール
5:「ひ~」と響かせる
6:五十音
途中、肩に違和感を覚える
窓の方をチラッと見る
そこから中庭が見える
休憩するために窓を開ける
中庭でeスポーツ部のメンバーが話している
マナカ eスポーツ部のメンバーが話しているのを眺める
アヤ 「昨日の試合、観た?」
リクト「観た観た! あれ、マジですごかったよな!」
アヤ 「ホントに! カズヤも観た!?」
カズヤ 「あの優勝した人、めちゃくちゃ強かったですよね」
リクト「いや~、アレはすごかったわ。立ち回りとか参考にしたい」
アヤ 「アーカイブ残ってたでしょ? 確か」
カズヤ 「そうなんですか?」
アヤ スマホを出して〈Awoniyoshi〉に接続する
「残ってるはず。ちょっと待って。……。ほら」
リクト「ほんとだ」
アヤの端末の中に昨日のユノの試合が写っている
カメラ:アバターに寄る
照明:舞台下からパーライトで照らす
ユノのアバターとユノ(本人)がクロスオーバーする
〇ユノの家
ユノ 「ただいま~」
ユノ母「おかえり。今日は、っていうか最近早いわね。部活はどうしたの?」
ユノ 「ん~~~! 辞めた!」
ユノ母「えっ、どうして?」
ユノ 「前から決めてたから」
ユノ母「まあ、ユノが自分で決めたんだったら良いんじゃない?ほら、あんた、成績もそんなに良くないしさ、勉強しなくちゃいけないし」
ユノ 「……。そ~そ~そ~そ~! 定期テストとか、受験勉強とかいろいろあるしさ! ほら、わたし、普通科だし!」
ユノ母 怪訝な顔
ユノ 「じゃあ、わたし自分の部屋にいるから! じゃ!」
ユノ母「うん、晩御飯までには降りてくるのよ~」
ユノ 「は~い」
自室に入る(ガチャ)
バタン(暗転)
〇Awoniyoshi ガクエンマエ
アナウンス「ガクエンマエ、ガクエンマエです。お降りの方はお忘れ物のないよう……」
気付くと砂漠の天文台にいた
職員と思われる人々がせかせかと歩いている
ベク 「気が付いたか」
ユノ 「あなたは?」
ベク 「ぼくはウルグ・ベクだ。ここの天文台の館長をしている」
ユノ 「“ヤエ”と言います」
ベク 「君のことは知ってるよ。なんでも、ローマでシーザーを倒し、ウィーンではスレイマンを打ち払い、アテナイではスパルタの猛攻から生き延びたそうじゃないか」
ユノ 「ええ、まあ、そうですね」
ベク 「このサマルカンドでも君の話で盛り上がっていてね。こうして会えて、とても嬉しく思う」
握手を求める
ユノ 「ああ、どうも……」
握手をしながら
「今はいつなのか教えてもらってもいいですか」
ベク 「今はティムール時代だ。ここは首都サマルカンド」
ユノ 「なるほど。確かに、シルクロードですね」
ベク 「おお、勉強してきたようだね。そうさ、ここは文明の十字路、オアシス都市、青の都……。まあ、あれやこれやとあだ名はついているが、とにかくこの国で一番栄えた街だ。どうだろう? 試合までまだ時間がある。少しここを見物していかないか?」
ユノ 「良いですね。ぜひともお願いします」
ベク 「世界にはたくさんの天文台があるけど、ここは特別な場所でね。君は一年がどれくらいの長さか知ってるか?」
ユノ 「三六五日と、たしか……六時間でしたっけ?」
ベク 「そう。正確には三六五日と六時間一〇分九・六秒。ここでは三六五日と六時間一〇分八秒を計測している」
ユノ 「すごいですね、ほとんど完璧じゃないですか」
ベク 「そうだろう? これだけ正確な数値を割り出せたのは、ここにある電波望遠鏡のおかけだ」
ユノ 「電波望遠鏡? ガリレオすら生まれてないこの時代に?」
ベク 「ガリレオ?」
ユノ 「ああ、それは知らないんだ……」
SE:機械音(砂嵐)
ベク 「ん、何の音だ?」
機械をいじる
画面:モールス信号の波形が映る
SE:段々と大きくなる
砂嵐の中からモールス信号が聞こえてくる
会話はそのまま進行するが、次のモールス信号が絶えず聞こえてくる
モールス信号「ツーツーツーツー、トントンツーツー、ツーツートンツートン トントン、ツートン トントン、トンツー、トントンツーツー、トンツートンツーツー、トンツー、ツー、トンツーツートンツー、トントンツートン、ツーツー、トントンツー、ツートントントン、ツーツートンツートン、トンツーツー、トンツー、ツートントントン トントン、トンツーツートンツー、ツートンツートン、トンツーツートンツー、トントンツートン、ツーツー、トントンツー、トントンツートントン、ツートンツートンツー、ツートントンツー、ツートンツーツートン、トンツートントン、トンツートンツートン、トントンツートントン トントン、トンツーツーツー、ツートントントンツー、トントントンツー トントン、ツーツートン、ツーツートンツーツー、トントントン、ツーツーツートン、トンツートンツーツーツー、トントントンツー、ツーツートン、トンツートントン、ツートンツーツーツー、ツーツートンツーツー、トンツートンツーツー、トンツー、ツートントンツーツーツートンツートン、ツートン。………………トンツートントン、トントンツートンツー、トントンツーツー、ツーツーツーツー トントン、トンツートントン、ツーツーツーツー トントン、トンツートントン トントン、ツーツートンツーツー、トントントン、トンツートンツートン、ツーツーツーツー、トントンツートントン、トンツーツーツー」
べク 「アレ、おかしいな」
機械をいじっている
ユノ 「何かあったんですか?」
ベク 「いや、ちょっと不具合が……」
機械をいじっている
ユノ 「この音は……」
ベク 「分からない」
機械をいじっている
職員 慌てて入ってくる「ベクさん!」
ベク 「どうした?」
職員 「空が! 赤くなってます!」
ベク 「赤い? 日が昇ってきたのではないのか?」
職員 「いえ、まだそのような時刻でありませんし、地平線も暗いままです。何と言いますか、その、上空から赤い幕のようなものがひらひらと……。とにかく来てください!」
べクを上の階へと促す
ベク 「分かった! ヤエ、君も一緒に来てくれ!」
ユノ 「わ、分かりました!」
画面:暗転
天文台最上階
三人は空を見上げている
今は夜で、まだ暗い時間のはずであるのに、空に赤や緑の幕のようなものが垂れており、ひらひらと揺れている。
ベク 「なんだ、これは……」
ユノ 「……オーロラ?」
ベク 「オーロラ? なんだい、それは?」
ユノ 「こういう現象をオーロラと呼ぶんです。たしか太陽風と地球磁気が相互作用を起こして、プラズマの幕みたいなのができるってやつで……。でももっと北の地域でしか見れないと思ってました」
ベク 「プラズマか。ありえるな……」
職員 「これは凶兆です! なにか良くないことが起こる前触れですよ!」
ベク 「そうかもしれない。そうだ、これは神のお告げだ!」
職員に
「ジブリールの様子がおかしいのはこのオーロラのせいかもしれない。今すぐ波形を解析してくれ!」
職員 「はい!」
去る
ベク「……。この電波望遠鏡はもう一〇〇〇年近く稼働していてね。でも、こんなことは初めてなんだ。ジブリールもそろそろ寿命かもしれないね」
ユノ 「そんなに長く……」
べク 「ムハンマドって名前は聞いたことがあるだろう?」
ユノ 「はい」
ベク 「彼はここの初代館長だった。宇宙の声を聴いたんだよ。ジブリールを通して。それがイスラム教となって、今日まで続いている」
ユノ 「すごいな……」
職員 扇子を持って、戻ってくる
「解析出ました!」
べク 「どうだった!?」
職員 扇子を勢いよく広げ、そこに書かれた解析結果を読み上げる
「この時代のティムール朝はシャイバーニー朝とサマルカンドを巡り、争いを繰り返していました」
ユノ 「えっ?」
職員 「あなたはティムール朝の兵士として、シャイバーニー朝の軍隊から首都を守ってください。それでは、神の御加護があらんことを」
扇子を閉じる
その瞬間、ユノがいる場所が屋内から屋外へとメタモルフォーゼする
殺陣開始
他のプレイヤーが襲ってくる
敵の猛攻を潜り抜け、砂漠の神殿を駆け回る
オーロラの色が変化する
ユノ オーロラを見て
「今度はなんて言ってるんだろう?」
ユノのスマホが飛び回る
ユノ スマホを捕まえて、電話に出る
べク 「ヤエ! ジブリールのお告げだ!」
ユノ 「内容は?」
ベク 「そのまま読み上げるぞ」
「バーブル王がサマルカンドを脱出する。生き残れ」
「ぼくは、これからデリーへ向かう。また会おう、神のご加護があらんことを」
ユノ 「ハイ。ベクさんも」
字幕 『勝利条件変更』
『バーブルがサマルカンドを脱出するまで生き残れ』
敵が再び現れる
倒したあと、ミツリがいきなり斬りかかってくる
ユノ かわす
「CPUか!? いや、プレイヤーか」
ミツリ 無言でユノに猛攻を仕掛ける
ユノ ミツリに手も足も出ない
斬られる
字幕 『バーブルはサマルカンドを脱出しました』
『この後インドのデリーに入城し、ムガル帝国を打ち立てます』
『またのログインをお待ちしております』
殺陣終了
スタジアム外 関係者用通路
ユノ「優勝おめでとうございます。」
ミツリ「……どうも」
ユノ「ミツリさん、めちゃくちゃ強いですね。わたし、全然歯が立たなかったです」
ミツリ「……それだけ?」
ユノ 「あ、すいません。いきなり声を掛けてしまって。でも、すごく楽しかったです!ありがとうございます、戦ってくれて」
ミツリ 「ヤエ、だっけ? あなた、自分のこと、上手いと思ってるでしょ?」
ユノ 「え?」
ミツリ「なんか普通なんだよね」
はける
ユノ 呆然としている
殺陣開始
その後の試合では不調
アヤやミツリに言われたことを思い出して不調に陥る
不調→ゲームオーバー→ニューゲーム→不調→……の繰り返し
ヤエ 斬られる
もとの姿(ユノ)に戻る
殺陣終了
ユノのスマホが飛び回る
ユノ 電話に出る
スマホ ピロリン
ユノ 「もしもし。あ、マナカ。どうしたの? ウン、いいよ。じゃあ、また、後でね」
〇Awoniyoshi ヤマトサイダイジ
マナカが座っている
電車が走り出す
マナカ 肩に違和感がある
ユノ 遅れてやってくる
「ゴメン、ゴメン。乗り遅れるところだった」
マナカ 首、肩まわりをストレッチしながら
「いいよ、いいよ。わたしもいま来たことだし」
ユノ 「肩凝ってんの?」
マナカ 「え、うん。そうなんだよ。最近ちょっと酷くって」
ユノ 「最近、寒いからね。背中丸まってんじゃない?」
マナカ 「そうなのかな」
ユノ 「で、なんかあったの?」
マナカ「いや、特にコレと言ってないんだけど……。あ、そうだ、最近、調子どうなの?」
ユノ 「調子? なんの?」
マナカ「またまたお戯れを。ゲームの方に決まってるじゃないですか」
ユノ 「あ、ゲームね。うん、絶好調だよ。連戦連勝って感じ」
マナカ ユノを見つめる
ユノ 「な、なんですか」
マナカ 「ユノちゃんさあ、隠し事してるでしょ?」
ユノ 「んな、え、なんのこと?」
マナカ「しらばっくれてもダメです。何年、ユノちゃんの幼馴染やってると思ってんの?」
ユノ 「……」
マナカ「……」
ユノ 「はあ。やっぱりマナカには敵わないな」
マナカ「分かればよろしい」
ユノ 「……最近さ、全然勝てないんだよね。なんか、ゲームに集中できないっていうか。勝ち筋が見えなくなってて、動けなくなるときがあるんだ」
マナカ「そうなの?」
ユノ 「うん。この前さ、ミツリって人にぼろ負けしたんだよね……」
アナウンス「ヤマトサイダイジ、ヤマトサイダイジです。お降りの方はお忘れ物のないよう……」
ユノ 「……降りよっか」
マナカ「うん」
車窓から「Yamatosaidaiji」と書かれた看板が見える
改札を抜けるとそこには、遺跡の発掘調査している研究員と三人の助手がいる
助手はマスクをしている
研究員「おいおい、気を付けて作業してくれよ。どれもみんな重要な歴史的史料なんだからね。ほら、そこ、もっと丁寧に。君も、そこは指じゃなくて、刷毛を使ってくれたまえ」
マナカ 「なにかやってるね」
ユノ 「発掘作業……かな?」
マナカ 「すいません。何をされてるんですか?」
研究員 「あ、きみたちは見学の方ですか?」
ユノ 「いえ、そういうわけではないんですけど」
研究員 「わたしたちはね、〈Awoniyoshi〉のデータベースを掘り起こしているんだ。この世界は多くのユーザーが創り上げたもものだからね。それを掘り起こすことで、ユーザーとこの世界の関係性について研究している」
ユノ 「はあ、なんだか凄そうですね」
研究員 「君たちは〈DIVA ELECTRONICA〉を知ってるかい?」
マナカ 少し驚く
カメラ:マナカの表情
ユノ 「知ってます、知ってます! 人工知能のミュージシャンですよね。マナカもよく、DIVAの曲聞いてるよね」
マナカ 「うん」
研究員「わたしの専門はそれなんだよ。で、いまは埋もれてる楽曲の発掘調査をしているというわけだ。良かったら、少し掘ってみるかい、なにか出てくるかもしれん」
ユノ 「良いんですか?」
マナカに「面白そうだし、やってみようよ」
マナカ 「あ、うん」
研究員「じゃあ、発掘に必要な道具がいるね」
助手のひとりを呼ぶ
「ちょっと、彼女らに道具を持ってきてくれたまえ」
助手 道具を持ってくる
ユノとマナカに渡す
二人 「ありがとうございます」
研究員 助手に
「じゃあ、わたしは一度研究室に戻るから。あとはよろしく頼む」
助手 会釈
研究員 はける
助手 自分の作業場へ戻る
ユノ 道具を持ちながら、マナカに
「コレ、どうやって使うんだろう」
マナカ 「さあ……」
カメラ:シャベルを使って発掘作業をしている助手たち
以下の会話は音声のみ
ユノ 「……わたしさ、部活辞めたじゃん。あの時、決めてたことだからって言ったけど、あれ、嘘なんだ。ほんとはね、チームメイトと喧嘩したの、試合の後に。その時と同じようなことをね、ミツリさんにも言われたんだ」
マナカ「……」
ユノ 「わたし、ちょっと調子乗ってたみたい。自分のこと強いと思い込んで」
マナカ 「わたしは、ユノちゃん強いと思ってるよ」
ユノ 「ありがと。でもさ、チームメイトにはうっとしがられてたんだ。わたしが普通科で部長やってたから」
カメラ:ユノとマナカ
屈みこんで土をいじっている
少し遠くから映す
マナカ「……昔さ、将来何になりたいか、みたいな話したことあったでしょ?」
ユノ「なに、急に? いつの話?」
マナカ「う~ん、十歳くらいだったかな。ユノちゃん、そのときなんて言ってたか覚えてる?」
ユノ 「え、覚えてないかも。わたし、なんて言ってた?」
マナカ「ユノちゃんはね、ゲーム作る人になりたいって言ってたよ」
ユノ 「それってエンジニアってこと?」
マナカ「わたしがおんなじこと聞いたら、分かんないって言ってた」
ユノ 「あ、そうでしたか……」
マナカ 「わたしが歌手で、ユノちゃんがエンジニア。全然違うけど、一緒に仕事できたら楽しいよねって話って話もしてたんだよ。覚えてない?」
ユノ 「すごい。よく覚えてるね。わたし、エンジニアになりたかったことも、忘れかけてたよ」
マナカ「でも、とにかくゲームに関係してることがやりたいって言ってたし、そこは昔と変わらないね」
ユノ 「たしかに。全然成長してないね、わたしたち」
マナカ「そうだね」
二人 顔を見合わせて、笑い合う
マナカ「良かった」
ユノ「エエ?」
マナカ「わたしね、すっごく心配してたんだ。ユノちゃんが理数科じゃなくて、普通科行っちゃったこと。でも、部活でeスポーツやって、どんどん活躍するの見てて、すごい楽しそうだなって思った! ずっと傍で応援してたいって思った! ……。だから、ゲーム辞めてほしくなくて。自分勝手だって思ったけど、〈シルクロード〉で、またゲームやってほしかったの」
ユノ 「……。ありがとね。でも、もうダメだよ。もともとラストチャンスだったし。もうゲームはおしまい」
マナカ「ゲーム好きなんでしょ? だったら終わりにするとか言わないでよ」
ユノ 「……でも、どうしたらいいのか、分かんないし」
マナカ「わたしが言いにいこうか?」
ユノ 「え? 誰に? 何を?」
マナカ「ミツリさんに宣戦布告」
ユノ 「えええ!? いらない、いらない、いらない!」
マナカ「じゃあ自分でする?」
ユノ 「うん、自分でやるよ。……。あ」
マナカ「はい、決まり!」
ユノ 「あ、待って、今のなし!」
マナカ「ダメで~す。変更はできませ~ん」
ユノ 「……。やっぱりマナカには敵わないか。ありがとね。多分、きっかけがほしかったんだと思う。もう一度本気になるきっかけ」
マナカ「そっか。……できた?」
ユノ 「うん。できた。わたし、もっと強くなるから。だから、ちゃんと見ててほしい」
マナカ「……。分かった!」
ユノ 「あ、なんか出てきた!」
マナカ「ホントだ」
拾い上げる
照明:ゆっくり暗転
マナカの手の中で、発掘品が光る
発掘品が光を消して飛んでいく
二人 発掘品を追う
マナカ 両手で捕まえる
手のひらの発掘品を見る
発掘品がが再び光だす
照明:暗転完了
〇マナカの部屋
マナカの部屋になる
マナカ ポケットからレコーダーを取りだして
「結局言えなかったな……」
「さすがに、いきなりこんなの渡されても困るよね……」
立ち上がって、大きく伸びをする
レコーダーを回す
レコーダー「あ~あ~、聞こえますか?羽村マナカです。今から、活舌練習をします。あめんぼ あかいな アイウエオ うきもに こえびも およいでる かきのき くりのき カキクケコ きつつき こつこつ かれけやき ささげに すをかけ サシスセソ……」
マナカ レコーダーを止める
「やっぱり、さ行か……」
レコーダーで録音する
「ささげに すをかけ サシスセソ そのうお あさせで さしました たちましょ らっぱで タチツテト トテトテ タッタと とびたった なめくじ のろのろ ナニヌネノ なんどに ぬめって なにねばる はとぽっぽ ほろほろ ハヒフヘホ ひなたの おへやにゃ ふえをふく まいまい ねじまき マミムメモ うめのみ おちても みもしまい やきぐり ゆでぐり ヤイユエヨ やまだに ひのつく よいのいえ らいちょう さむかろ ラリルレロ れんげが さいたら るりのとり わいわい わっしょい ワイウエヲ うえきや いどがえ おまつりだ」
レコーダーを止める
今の録音を流す
「ささげに すをかけ サシスセソ そのうお あさせで さしました たちましょ らっぱで タチツテト トテトテ タッタと とびたった……」
レコーダーを止める
「まあ、まだマシかな」
肩に違和感がある
シーンがフェードアウトしていく
〇会場廊下
ユノ 「待って!」
ミツリ「あなたは?」
ユノ 「“ヤエ”といいます。この前の試合で、ミツリさんに負けました」
ミツリ 「ごめんなさい、わたし、プレイヤーの名前とかいちいち覚えてなくって」
ユノ 「いいんです。ゲームってそういうモンですから。それに最近の試合会場はモスクばっかりで、交ざっちゃいますよね、記憶」
ミツリ 「まあ、そういうことにしておくわ。それで、なに。わたしになにか用?」
ユノ 「ああ、そうでした。ミツリさんの今回の試合、観させてもらいました。立ち回りも勉強になったんですけど、なにより、観ていてすっごく楽しかったです。やっぱりミツリさんは砂漠とブルーが似合いますね」
ミツリ 「……わざわざお世辞を言いにきたの?」
ユノ 「違います。ミツリさんの試合を観て、今のわたしに何が足りないのか分かった気がするんです」
ミツリ「……」
ユノ 「サマルカンドでの借りは必ず返します!」
ミツリ「……。あのときの。……。なるほど、宣戦布告ってわけ」
ユノ 「そうです」
マナカ「わたし、さっき長安の出場権もらってきたわ。ポイントが超えたからね」
ユノ 「もうですか。さすがに早いですね」
ミツリ「まあね。あなたは?」
ユノ 「……まだ、これからです」
ミツリ「ふうン? まあ、いいわ。ここまで登ってきさない、ヤエ」
ユノ 「えっ?」
ミツリ「長安で待ってるから」
はける
ユノ 「は、はい!ありがとうございます!」
お辞儀
後姿を見送る
◇第三幕
〇修行
殺陣開始
以前の調子が戻ってきている
照明:舞台下からパーライト→白で照らす
カメラ:ズームアウトして、手前に人影が写り込む
「スクリーンに映しだされた映像」となる
殺陣終了
〇視聴覚室
スクリーンにはヤエの試合が上映されている
(舞台とメンバーの間にLEDパーライトを置いて、舞台上を照らす)
Eスポーツのメンバーがそれを観ている
リクト「かっこいいなあ」
アヤ 「最近、調子上がってきたよね。この前まで、負け続けだったけど」
リクト「あの時は心配だったけど、今じゃ優勝候補って感じだもんな」
アヤ 「どうかした? カズヤ」
カズヤ 「イヤ、なんか、すごすぎて、言葉が出なくって」
カメラ:舞台はできるだけ映らないように
マナカ 廊下を歩いている
「視聴覚室、開いてたらいいんだけど」
視聴覚室入り口まで来る
ドアノブ確認して
「あ、開いてた。ラッキー」
カメラ:視聴覚室内からメンバーの間にドアがくるように写す
カズヤ 「イヤ、なんか、すごすぎて、言葉が出なくって」
マナカ 「失礼しま~す」
カズヤ 気付く
アヤとリクトに
「先輩」
奥を示す
リクト 振り向いて、マナカに気付く
「あ、どうしました?」
マナカ「すいません。部活中だったんですね。あの~、忘れ物、しちゃって」
アヤ 「どうぞ、どうぞ。入ってきてください」
マナカ 「ありがとうございます。すぐに出ていきますんで」
リクト「で、さっきの話だけどさ、まあ、気持ちは分からなくもないね。俺だってもっと上手くなりたいし」
カズヤ 「ああいうプレイヤーになって、大会で活躍できるようなりたいです。後輩も入れないとだし……」
マナカ「すいません、見つかったので、わたし、失礼します」
アヤ 「あ、見つかった?良かった~」
マナカ 「はい。コテタン……」
古典単語帳を見せる
リクト「ああ、あるあるだよね」
マナカ 「ですよね……」
カズヤ スクリーンを見て
「あ、また、優勝しましたね、ヤエさん」
アヤ 「あ~、見逃した!」
リクト「あとで、アーカイブ見れば良いじゃん」
アヤ 「そうだけど!」
マナカ 「……ヤエさん、優勝したんですね」
リクト「あ、ご存じなんですか」
マナカ 「はい、わたしの憧れの人です」
アヤ 「めっちゃ分かる! え、名前は? 何組? わたしは立花アヤ! よろしく!」
マナカ「羽村マナカ、2年6組です」
リクト「俺は木野リクトといいます。6組ってことは音楽科か、凄いですね」
マナカ 「いや、そんな。アヤさんもリクトさんも、理数科じゃないですか」
アヤ 「え?なんで知ってるの?」
マナカ 「いつも、表彰されてるので、それで」
リクト「俺たち有名人だな」
アヤ 「すごいね!」
マナカ 「じゃあ、わたしはこれで。この後レッスンがあって……」
アヤ 「あ、そっか! ゴメンね、引き留めて!」
マナカ 「いや、わたしが話しだしたので……」
アヤ 「いつでも遊びに来ていいからね。またゲームの話したいし」
リクト「すいません、うちの部長が」
マナカ「応援してます。頑張ってください」
退室
リクト「俺らってそんな有名なんだね」
アヤ 「もっと頑張らないと、だね」
〇視聴覚室前
カズヤ 「あのっ」
マナカ 「君は、さっきの」
カズヤ 「はい、1年3組普通科、藤原カズヤと言います」
マナカ「どうかした?」
カズヤ 「あの、間違ってたらすいません。多分、なんですけど、九条ユノ先輩のお友達、ですよね?」
マナカ「うん。そうだけど?」
ユノ 「あの、お願いがあります」
〇和解
ユノ 舞台上に腰かけている
マナカ 舞台下上手からやってくる
「お疲れ様!」
ユノ 「あ、来てくれたんだ、ありがとう」
マナカ「最近、どんどん強くなってきてるよね」
ユノ 「うん。でも、まだまだだよ」
マナカ「そんなに強いの、その……」
ユノ 「ミツリ」
マナカ「そう。その子」
ユノ 「うん。すごく強いんだ」
マナカ「そうなんだ……」
ミツリ やってくる
「なに? 人の噂なんかして」
ユノ 「あ、ミツリさん。来てたんですね」
ミツリ 「敵情視察よ」
ユノ 「ミツリさんくらいになっても、そんなことするんですね」
ミツリ「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず。基本でしょ?」
ユノ 「確かに……」
ミツリ「それに、ライバルがちゃんと強くなってるか気になるし」
ユノ 「え、それってつまり……」
ミツリ「ヤエが強くなったら、その分わたしも強くならきゃいけないでしょ」
マナカ「あの~、ミツリさん?」
マナカ 「ン、あなたは?」
ユノ ミツリに
「あ、紹介します。幼馴染のマナカです」
マナカ「羽村マナカといいます。ユ……ヤエちゃんがお世話になったみたいで」
ユノ 「マナカ?」
ミツリ 「お世話なんかした覚えないけど」
マナカ 「ヤエちゃんが、アナタに負けたって」
ユノ 「ちょ、マナカ」
ミツリ 「へえ、ヤエ、あなた、そういうこともペラペラ喋るのね」
マナカ「ミツリさん?」
ユノ 「マナカ?」
ミツリ「ン? ……ああ、なるほど」
ユノに
「あなたの幼馴染、いい人ね」
ユノ 「えっ」
ミツリ 「じゃあね」
ユノ 「も、もう行くんですか?」
ミツリ「ええ、二人の関係に水差すのも悪いし」
はける
ユノ 「?」
マナカ「嫌味な人ね」
ユノ 「そうかな? 悪い人ではない気がするんだけどなあ」
マナカ「……あのね」
ユノ 「あ、そういえばそうだったね。話したいことってなに?」
マナカ 「会わせたい人がいるの」
ユノ 「え、誰?」
マナカ 「こっちだよ」
カズヤ 出てくる
ユノ 「カズヤ……」
マナカ「ゴメンね、いきなり連れてきて」
ユノ 「いや、それは別にいいんだけど、なんで?」
カズヤ 「……俺、先輩が部活辞めて、ここで戦ってるの、ずっと観てました」
ユノ 「そうなの?」
カズヤ 「はい」
ユノ 「でも、わたし、みんなにバレたくないから、ログイン名も変えてたんだけど」
カズヤ 「多分、そういう理由かなって思ったんですけど、見た瞬間に分かりました。プレースタイルで」
ユノ 「マジで?」
カズヤ 「マジです。俺、ユノ先輩のこと尊敬してるんで」
ユノ 「そうだったの?」
カズヤ 「はい。だってかっこいいじゃないですか」
ユノ 「面と向かって言われると、結構恥ずかしいな」
マナカ カズヤに
「あの話、しなくていいの?」
ユノ 「あの話?」
カズヤ 「……あ、あの、ホント、個人的な意見というか、あくまで俺が感じたことというか、ホント気を悪くしたら申し訳ないんですけど」
ユノ 「いいから、早く言って」
カズヤ 「は、はい!あの、ウチの学校のeスポーツって、代々理数科の人がメインじゃないですか?」
ユノ 「まあ、そうだね」
カズヤ 「でも、先輩って、その、普通科じゃないですか?」
ユノ 「うん、そうだね」
カズヤ 「だから俺、この部活に入ったんですよ」
ユノ 「……どういうこと?」
カズヤ 「だから、その~、俺、昔っからゲームが好きで、だからこの学校の理数科に行きたかったんですけど、受験失敗しちゃって、それで、普通科に入ったんです。でも、代々理数科が強いeスポーツ部で、先輩が部長やってて、あ、俺もここでゲームやって良いんだって思って。だから、その、きっかけをもらったというか、勇気をもらえたというか。あ~、段々なに言ってるか分かんなくなってきた。つまりですね……」
ユノ 笑いだす
カズヤ 驚く
ユノ 笑いながら
「なにそれ、めっちゃオタクじゃん」
カズヤ 「すいません。上手く言えなくて」
ユノ 「大丈夫。推しを前に人は無力な生き物だ」
カズヤ 「え?」
ユノ 「ありがとう、ちゃんと伝わったよ」
照明:暗転
〇Awoniyoshi シンオオミヤ
字幕 『雨傘の乱』
『24世紀 香港』
SE:サイレン
カメラ:ユノの視線
:弟子たちが立ち話をしている
弟子1「連絡はついたか?」
弟子2 「いえ、まだですね」
カメラ:弟子3と孟子が画面に映る
:弟子3と孟子がせかせかと歩いているのを追う
孟子 「あとどれくらい、かかる?」
弟子3「そうですね。あと二時間もあれば大丈夫だと思います」
孟子 「二時間か……」
カメラ:ユノが映る
ユノ 「ここは、あのときの……」
部活の大会〈モンターグ杯〉のことを思い出す
「まさか、また同じステージとは……。いや、大丈夫。わたしは強い」
自分に喝を入れる
周りを見渡す
カメラ:ユノの視線
:左→右→真ん中
:真ん中で孟子の姿を捉える
孟子 ユノの視線に気づく
「待ってたよ。ヤエ」
ユノ 「あなたは?」
孟子 「わたしは孟子だ」
ユノ 「あ、名前は聞いたことがあります」
孟子 笑う
「そうか、そうか。とにかくよろしく頼むよ。あ、そうだ。今から先生に報告があるんだが、一緒にどうだ?」
ユノ 「あ、ぜひ」
孟子 「ヨシ。ではこっちだ」
場所:舞台傍まで移動
孟子 持っていたタブレットを広げ、床に置く
カメラ:舞台上に孔子がいる
照明:パーライトで舞台下から孔子を照らす
孟子 ユノに
「こちら、孔子先生だ。もうすでにお亡くなりになっているが、メモリに人格移殖を施し、今もなお、ホログラム体となって、わたしたちの精神的支柱となってくださっている」
ユノ 「“ヤエ”といいます」
孔子 「君がヤエか。こうやって会うことができて、実に光栄だ」
ユノ 「いえ、こちらこそです」
孟子 「では、先生。現在の状況を報告させていただきます」
孔子 「わかった」
孟子 「現在、秦政府直轄の紅炎兵がここ、クーロン図書館を取り囲んでいる状況です。敵の指揮官は李斯。全蔵書をアーカイブ化するためには、あと二時間ほどかかるそうで……」
孔子 「耐えるしかないな」
孟子 「そうですね……」
弟子4「孟子さん」
孟子 「どうした?」
弟子4「仲麻呂と連絡がつきました。今はベトナムにいるそうです」
孟子 「良かった、無事だったか!」
孔子 「ベトナムなら安心だ」
ユノ 「あの、仲麻呂って誰ですか?」
孟子 「共に秦と戦っていた仲間だ。少し前に戦いの中ではぐれてしまったんだが、どうやらベトナムに亡命したようだ。またいつか歌合ができる日が来ればいいのだが」
弟子4「大丈夫ですよ。仲麻呂さん、強運ですし。絶対どこかでしぶとく生きてますよ」
孔子 「ヤエ」
ユノ 「はい、なんでしょう?」
孔子 「このゲームは楽しいか?」
ユノ 「えっ、はい。楽しいです……」
孔子 「そうか、ならば安心だ。之れを知る者は之れを好む者に如かず。之れを好む者は之れを楽しむ者に如かず」
ユノ 「ど、どういう意味ですか?」
孔子 「今のヤエなら、大丈夫だと言ったんだ」
孟子 「ヨシ、そろそろ行こうか」
殺陣開始
ユノがいる場所がメタモルフォーゼする
ユノの姿がアバターに変化している
周りには誰もいない
カメラ:ユノの目線
ユノ 舞台下手から入る
客席手前で味方が敵二人に囲まれている
ユノ 部活の大会〈モンターグ杯〉のことを思い出す
画面:写真が映る
写真1:アヤが敵二人に追いつめられているところ
写真2:ユノが四人の敵に囲まれているところ
写真3:大立ち回り中に、アヤがユノを置いて逃げるところ
ユノ 自分を奮い立たせるために、首を横に振り、頬を二回叩く
客席へ降りる
カメラ:横から
ユノ 敵が味方を斬ろうとしたときに、割って入って、敵を弾く
「お怪我は?」
司馬遷「うん。大丈夫だ」
カメラ:ユノ目線
ユノ 敵二人と睨みあいになる
敵がもう二人、舞台下手から現れる
ユノ 味方を庇いつつ、客席手前から、客席右へ移動する
四人に囲まれる形になる
大立ち回りで四人撃破
司馬遷「ありがとう、助かったよ」
ユノ 「一人じゃ危ないですよ。何をしてたんですか?」
司馬遷「ぼくはこの図書館の司書なんだ。だから、燃やされる前にアーカイブに残しておかないと」
ユノ 「なるほど。そういうことだったんですね」
司馬遷「まあ、もう出来てるんだけどね」
USBメモリを取り出して見せる
ユノ 「出来てるんですか!?」
司馬遷 「えっ、うん。そうだけど」
ユノ 「不用心過ぎますよ!」
司馬遷「じゃあ、きみ、ぼくを守ってよ」
ユノ 「ええ!?」
ユノのスマホが飛び回る
ユノ スマホを捕まえて、見る
カメラ:暗転
:字幕が高速で流れる
字幕『現在は二四世紀です。この時代の香港は咸陽を首都に置く秦に事実上の併合を迫られていました。法家思想をもとに国家づくりを進める秦にとって、香港の儒家たちが中国統一の阻害になると考えたためです。そこで始皇帝は儒家を一掃するために、焚書官で編成された紅炎兵を組織し、香港へ進出しました。以前までは言論の自由、すなわち一国二制度が認めらていましたが、焚書官が香港へ上陸することは、これが崩壊することを意味します。これに対し、孔子は儒家を集め、図書館に立てこもります。あなたは孔子の弟子のひとりとなって、アーカイヴを所持した司馬遷の護衛をしてください』
ユノ 「あなたは孔子の弟子のひとりなって、アーカイブを所持した司馬遷の護衛をしてください……」
司馬遷に
「あなた、司馬遷なんですか!?」
司馬遷 「あ、まだ、名前言ってなかったか。そう、ぼくは司馬遷だ。よろしく、え~~~~~~~~……」
名前を思い出せない
ユノ「ヤエです」
司馬遷 「ヤエ。ぼくを本部まで送り届けてくれないか?」
ユノ 「……。分かりましたよ」
字幕 『勝利条件変更』
『司馬遷を本部まで護衛しろ』
殺陣再開
司馬遷 背負っている傘型の銃で応戦
ミツリ 舞台上に登場「ヤエ!」
ユノ 「ミツリさん!?」
ミツリ 「まだ残ってたの、良かった」
ユノ 「おんなじ気持ちです」
司馬遷 「ヤエ、紅炎兵と知り合いなのか!?」
ユノ 「まあ、因縁の相手ってところです」
司馬遷 「援護するよ」
銃を構えようとする
ユノ 「手だし無用です。これは自分の問題なので」
司馬遷 ユノの表情を見て
「わかった」
殺陣再開 ユノVSミツリ
ミツリ撃破
司馬遷「ヤエ、こっちだ!」
ユノ 「分かりました!」
二人 はけていく
画面:暗転
字幕 『雨傘の乱は紅炎兵に鎮圧されました』
『しかし記憶はまだ残っています』
『それはいつか再び想起され新たな歴史を紡ぐでしょう』
『またのログインをお待ちしております』
殺陣終了
〇試合後
ユノとミツリがいる
大きな歓声と拍手
画面:たくさんのメッセージが流れていく
ミツリ「お疲れさま」
ユノ 「お疲れ様です」
ミツリ「強くなったね、ヤエ」
ユノ 「はい。ミツリさんのおかげです」
ミツリ「そう。楽しかった。あなたと戦えて良かった」
ユノ 「……ありがとうございます」
ミツリ 「さ、行きましょ。記者会見、遅れる」
暗転
ユノ 「はあ、やっと終わった」
アヤ 「ユノ!」
ユノ 振り返る
そこには部活のメンバーがいる
ユノ 「どうして……」
カズヤ 「すいません。ぼくが言いました」
リクト「ユノにさ、謝りたくて。……。ユノの気持ちも知らずに……。ゴメン」
ユノ 「……」
アヤ 「私もゴメン! 原因は私のミスだったのに。助けてもらったのに。あんな酷いこと言って……」
ユノ 「もう、いいよ。済んだことだし」
アヤ 「えっ」
ユノ 「わたしもゴメンね。今思えば余裕なかったんだと思う。絶対勝たなくちゃって、勝たなきゃ意味がないって気負い過ぎてたんだと思う」
アヤ 「……試合観たよ」
ユノ 「どうだった?」
アヤ 「相変わらず強かった。でも観ててすごく楽しそうだった」
ユノ 「ありがとね。来てくれて」
リクト「じゃあ、打ち上げでもしますか! ユノの優勝記念に!」
カズヤ 「いいですね!」
ユノ 「ええ~、いいよ~、そんなの~」
ユノのスマホが飛び回る
ユノ スマホを捕まえて
「あ、お母さんからだ。ちょっとゴメンね」
「もしもし。……。エエ! マナカが!? 分かった、すぐに行くから!」
スマホを切る
暗転
◇第四幕
〇Awoniyoshi シンオオミヤ2―1
照明:薄暗い
ユノが膝を抱えて座っている
レコーダーからマナカの声が聞こえてくる
レコーダー「あ~あ~、聞こえますか? 羽村マナカです。今から、活舌練習をします。……。(深呼吸)あめんぼ あかいな アイウエオ うきもに こえびも およいでる かきのき くりのき カキクケコ きつつき こつこつ かれけやき ささげに すをかけ サシスセソ……」
ユノのスマホが鳴る
スマホの画面『ユーザーネーム:ミツリさんがあなたを待っています』
ユノ 「……。行くか」
画面:暗転
奈良役人「おお! 誰かと思えば、ヤエ殿ではないか。久しいな。かれこれ一ヶ月ほどログインしていなかったようだが、まあ、お主も忙しい身の上であるからな。今日は息抜きにたんと遊ばれよ!」
ユノ 「うん。そうする」
奈良役人「ああ、そういえば、ミツリ殿がお主を探しておったぞ。確か……いまはギャラリー辺りにいると言っていたかな。良ければそこまで案内いたそうか?」
ユノ 「せっかくだし、お願い」
奈良役人「では、こちらへ」
三条通りを歩く
ユノ 「一ヶ月も来てないと、結構変わってるね。知らない店も多い」
奈良役人「左様。最近は毎日のようになにがしかがアップデートされておるゆえ、一ヶ月前と比べ、外観は様変わりしている。日ごとに出店数も増えているようで、eコマースも以前よりも増して充実しておる」
ユノ 「なるほどね。eスポーツの方は?」
奈良役人「いまは、イベントとして〈長屋王の変〉が開催されているようで……」
カメラ:マナカらしき人影が通る
ユノ 振り向く「マナカ?」
奈良役人「どうされた?」
ユノ 「マナカが……」反対方向へ歩き出す
奈良役人「ヤエ殿、反対でございますよ!」
ユノ 「マナカ!? マナカ!?」
駆け出して、人混みをかき分け、マナカの人影を追いかける
ユノ マナカらしき人物に後ろから声を掛ける
「マナカ!」
そこにいたのはマナカではなく、ミツリだった
ミツリ 振り向く
「あ、ヤエ! 久しぶり!」
ユノ 「ミツリさん……」
〇Awoniyoshi シンオオミヤ2―2
ミツリ 「どうしたの?」
ユノ 「い、いえ。お久しぶりです」
奈良役人 走ってくる
「ヤエ殿! やっと追いつきました……」
ユノ 「すいません。急に走りたくなっちゃって」
奈良役人「ミツリさんとは……合流できたようですね。良かったです。では、わたくしはこれで」
ユノ 「ゴメンね。ありがとう」
奈良役人 軽く一礼し、はける
ミツリ「もう出ないの、試合?」
ユノ 「分かりません」
ミツリ「ヤエなら、次の大会でも優勝できる」
ユノ 「すいません、プロ入り断って」
ミツリ「他にやりたいことでもできた?」
ユノ 「いや、ずっとゲームだけだったんで……」
ミツリ「まあ、ゲームとの関わり方は色々あるんじゃない? ほら、作る方とかおもしろそう」
ユノ 「実は、わたし、ずっとエンジニアになりたかったんですよね……」
ミツリ「そうだったの?」
ユノ 「もともとそっちの口だったんです。諦めてプレイヤー側になったって感じで」
ミツリ「じゃあ、原点回帰だね」
ヤエ 「そうかもしれませんね」
ミツリ「ヤエが作ったゲームをわたしがプレイするのか。いいね」
ユノ 手に持っていたレコーダーを眺めながら
「一緒に仕事できたら、絶対楽しいですよね」
ミツリ 「それは?」
ユノ 「マナカのレコーダーです。病院行ったとき、マナカのお母さんが譲ってくれましたんです」
ミツリ 「……。そう。ねえ、マナカちゃんって、どんな子だったの?」
ユノ 「マナカは、幼稚園から、いや、もっと前からか。多分、お互い覚えてないくらい頃からの付き合いで」
ミツリ 「ウン」
ユノ 「小学生の頃に、将来何になりたいかみたいな話を一度したことがあって、その頃から、ずっとあの子は、歌手になりたいって言ってました」
ミツリ 「ウン。それでヤエはエンジニアって言ったの?」
ユノ「ハイ。まあ、正確には「ゲームを作る人」って言ってたらしくて。最近まで忘れてたんですよ」
ミツリ 「まあ、小学生の頃の夢なんて、そんなものよ」
ユノ 「そうですよね。……。でも、マナカは違ったんです。その話をしたときには、すでにレッスンに通ってて、そのまま高校でも音楽科に入っちゃって」
ミツリ 「ウン」
ユノ レコーダーを眺める
「ホントウに凄くて、優しくて、わたしのこと何でも分かってて……。ここに連れて来てくれたのもマナカなんです。わたしが部活辞めて、心配してくれたのもマナカで。ここで良い成績出したら、プロになれるかもって……」
ミツリ 黙って聞き続ける
ユノ 「今から思えば、おかしい所もあったんです。強引だし、体調も悪そうだった。でも自分のことでいっぱいいっぱいで気づかない振りしてた。マナカが死んだのは、多分、わたしのせいで……」
ミツリ「それは違う」
ユノ 「どうして、言い切れるんですか!?」
ミツリ「分かる!」
ユノ ミツリの大きな声に驚く
ミツリの顔をじっと見つめる
その目には涙が浮かんでいる
ミツリ ユノの顔を見て、ハッと我に返る
「アア、ゴメン。びっくりさせた。……。でも、絶対にヤエのせいじゃない! 理由聞かれても、上手く言えないけど、絶対にヤエのせいじゃない!」
ユノ いままで我慢してたことが、堰を切ったように溢れだす
ミツリ ユノを抱きしめ
「よくやったよ、ヤエは」
ユノが落ち着くまで、ミツリはそのまま受け入れる
ユノ ひとしきり泣いたあと、少し落ち着いた
「わたし、これからどうしたら良いと思います?」
ミツリ「ヤエのやりたいことをやれば良いよ」
ユノ 「わたしのやりたいこと……」
ミツリ「ヤエのやりたいことは何?」
ユノ 「マナカと一緒に仕事がしたいです……」
ミツリ 「できるよ、ヤエだったら」
ユノ 「ハイ」
ミツリ 「わたしはここで待ってるから」
ユノ 「……ハイ。必ず二人で戻ります」
〇Awoniyoshi ナラ
ユノ 居眠りしている
目が覚める
「寝ちゃってた……」
マナカ 「おはよう。着くよ、もうすぐ」
ユノ 「マナカ!? (どうしてここに?)」
マナカ「(急にいなくなって)ごめんね。驚かせちゃって」
ユノ 「ホントだよ(起きたら隣にいるんだもん)」
マナカ「(ユノちゃんは、こんなわたしを)許してくれる?」
ユノ 「許すもなにも……」
マナカ「そっか、良かった」
しばらく沈黙
ユノ 「あのさ、マナカ」
マナカ「なに?」
ユノ 「わたし、エンジニアになるから」
マナカ 「あれ、プロゲーマーは?」
ユノ 「それも良いんだけど、他にやりたいことができたんだ」
レコーダーを出す
マナカ「それ、わたしの」
ユノ 「もらったんだ。これで一緒に仕事ができる!」
マナカ 「……うん。そうだね」
アナウンス「まもなく終点、ナラ、ナラです」
電車がだんだんとスピードを落としていく
マナカ 「あ、もうすぐ行かなきゃ」
立ち上がる
ユノ 「え、イヤだよ! まだ行かないで!」
マナカの手を握る
マナカ「ユノちゃん……」
ユノの持ってるレコーダーを取って
「わたしは、ここにいるから」
ユノ 「マナカ?」
マナカ ユノを手をとってレコーダーを握らせる
「一緒に夢叶えるんでしょ。ずっと、ここにいるから。ずっとずっと、わたしたち一緒に行こう」
電車が完全に停止
アナウンス「ナラ、ナラです。お降りの方はお忘れ物のないよう……」
電車のドアが開く
マナカ 「じゃあね。楽しみにしてるから」
ユノの手を離して電車を降りようとする
ユノ 声が出ない
マナカ ホームに降りる
ユノ 「羽村マナカ!」
マナカ ユノを振り返る
ユノ 「わたしたちは! ずっと一緒だ!」
レコーダーを見せる
画面:暗転
字幕『またのお越しをお待ちしております』
〇ユノの家
ユノ 膝を抱えて座りながら寝ている
飛び起きて
「マナカ!」
周りを確認する
立ち上がって
「どっからだ……?」
レコーダーを握りしめていることに気付く
自分の部屋から出る
「お母さん、ちょっといい?」
ユノ母「なに、どうしたの」
ユノ 「進路のことなんだけど」
ユノ母「あんた、プロゲーマーになるんじゃなかったの?」
ユノ 「断った」
ユノ母「どうして? こんなチャンス滅多にないよ」
ユノ 「わたし、エンジニアになりたいんだ」
ユノ母「どうしたの、急に?」
ユノ 手に持っていたマナカのレコーダーをユノ母に見せる
ユノ母「なに、そのレコーダー?」
ユノ 「もらったの。マナカのお母さんから。わたし、約束してたこと思い出したんだ。でも、どんな学校が良いのか、全然分かんなくて。それに、学費のことも相談したいし……」
ユノ母 少し安心した表情を見せ
「そっか、分かった。一緒に考えよう」
ユノ 「……ありがとう」
母親のスマホが鳴る
ユノ母 スマホを確認する
「ア、お父さんからだ。来週には日本に戻れるかもって」
ユノ 「そっか。向こうも感染者減ってるもんね」
ユノ母「帰ってきたら、お父さんにもちゃんと話すのよ」
ユノ 「ウン。分かった」
ユノ母「さ、お母さん、今から買い物行くけど、一緒に行く?」
ユノ 「そうしようかな」
ユノ母 出掛ける準備をしながら話し続ける
「晩ご飯なにが良い?」
ユノ 「クリームシチューが良いな」
ユノ母 「アンタの味覚、ホント子供の頃から何にも変わんないね」
ユノ 「そう、子供のままなんだ~」
ユノ母 冷蔵庫の中を確認する
「ア、牛乳ないじゃん。買わないと」
ユノ 「忘れちゃダメだよ~」
ユノ母「アンタも覚えといてよ」
ユノ 「ハ~イ」
カメラ:玄関を出る二人の後ろ姿
:扉が閉まり、施錠
終幕
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