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先生への手紙、とでもしておこうか。

「教師として、これ以上の喜びはない」


結婚式の招待状を送ったとき、返信ハガキに添えられていた言葉。

もう二度と、会うことのない先生からの言葉。




私は、俗にいう問題児だった。
制服がかわいいというだけで選んだ高校にはろくに行かず、そのくせ先生への暴言や喫煙で何度も謹慎処分を受けた。

お察しの通り、家庭環境もよくなかった。わざと校則違反をしたり、大人に歯向かっていたのは、未熟な私なりのアンチテーゼでもあったのだ。


学校が大嫌いだった。

先生も、それに媚びるクラスメイトも。




その先生は、変わっていた。

まず、生徒に好かれようとしない。だからといって、嫌われてでも教育者として正しいことをするんだ! という熱意があるようにも見えない。いつもへらへらしていた。近所のおじいちゃん、という言葉がしっくりくる人だった。
誰も聞いていなくても授業を続けていたし、実際、生徒の態度には関心がなさそうだった。

何度目かの喫煙がバレて生活指導員に呼び出されたとき、担任であったその先生も同席した。頼むから辞めてくれと退学届を取り出した指導員に、いやぁ、なにもそこまで、とへらへらしながら返し、先生、笑い事じゃないんですよ! と怒られていた。

生活指導室を出たあと、でもなぁ、確かにタバコはやめたほうがいいぞ、身体に毒だからなぁ、と独り言のように言っていた姿を覚えている。

このことがきっかけで心を入れ替え、勉学や行事に打ち込んで楽しい学校生活を送りました。とはならない。

こいつ、生徒だけじゃなくて教師陣にも下に見られてるんだろうなーくらいの感想を持ち、それからも生活態度や染髪などで何度も謹慎となった。
やっぱやーめた、と大学の内定を辞退し、学校生活最後のテストではカンニングがバレて追試になった。

ギリギリで卒業が決まったとき「良かったなぁ!」と、抜けた歯も気にせず笑う姿を見て、初めて教師との別れを寂しいと思った。



(他の先生にハブられてるんじゃないの?)
(一人暮らしだけど、野菜食べてんのかな)
などと心配した私は、卒業してからも時折連絡をするようにしていた。
「ほかのヤツらにも、食生活の心配されてるよ」と電話口で笑う声を聞いて、この人は孤独じゃないと嬉しく思ったのである。



卒業から5年後、結婚式を挙げることになり、先生へ招待状を送った。

そして冒頭の言葉である。
繰り返しになり先生には申し訳ないが、プライドを持って教職に就いているようには見えなかった。それがわざわざ「教師として」なんて書くから驚きである。
そして「これ以上の喜びはない」。
先生はずっと、生きるのがヘタな私のことを案じていたのだ。こうしろ、ああしろと言われたことはないが、いつの間にか「この人は裏切れない」という気持ちが芽生えていたのだろう。
そういえば、一緒に怒られたあの日から、校内でタバコを吸うこともなくなっていた。

結婚式の中座は、サプライズで先生に声を掛けた。もはや、親孝行をする娘の気分である。
「なぁんで俺なんだよぅ!」と言いながらも、歯抜けのままの口を大きく開けて笑う。このときの写真は、今でも宝物だ。



2022年11月23日、スーパーの精肉コーナーにいたときのこと。高校時代の友人から電話がかかってきた。

「先生、亡くなったって」

センセイ、ナクナッタッテ??

「久々に電話したら先生の妹さんが出て……先月末に亡くなったって言われた」

あまりの衝撃に、電話を切ってからしばらく呆然としてしまった。近所のおじいちゃん、などと書いたが、実際にはまだ60半ばだったはずだ。

最後に会ったのはいつだったか。いつもこうだ。もっと連絡をして、もっともっと会いに行けばよかったのだ。失ってから大切さに気づくなんて陳腐な言葉がぴったりの、最低な親不孝ものだ。


その後、先生の妹さんとお話する機会があった。

部屋の片付けに訪れた際、残されていた卒業アルバムは私たちの代だけだったこと。一番「この人らしい笑顔だね」と、卒業アルバムから遺影を選んだこと。私たちの担任でいた期間が、長い教師生活で最も楽しかったと言っていたこと。
教え子のみなさんが、独身であった兄の子どもたちでした、と。



先生の死をもって、この物語は終わる。先生の意思は私の中で生き続ける、なんて言わない。私は先生のことを全然分かっていなかったのだから。



ねぇ先生、タバコはやめたよ。校則だから、未成年だから、じゃなくて、身体に毒だからって言ってくれて嬉しかったよ。
優しい夫と、かわいい息子二人に恵まれて毎日穏やかに暮らしてるよ。当時の私みたいな、壮絶な反抗期がいつか息子にもくるのかなって思うとこわいけど、先生みたいに大らかに、へへへへって笑っていられる自分でいたいって思ってるよ。


「故人を想うと、その人の周りに花が降る」という。
大量の花びらに埋もれ、なぁんだよこれ、歩けないじゃないかよぉ! とへらへら笑っているのだろう。
いまも。

これからも。


#忘れられない先生
#眠れない夜に


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