この料理家のレシピが天才すぎる⑬はらぺこグリズリーさん編/高山惠
私はフリーライターとして仕事をするかたわら、夫・高校生・小学生の子どもとともに生活しています。ありがたいことに原稿などの締め切りに追われる毎日ですが、夜になるととりあえず仕事を切り上げ、台所に立って夕食をつくっています。
そんな自分にとって日々助けになっているのが、SNSなどでみかける「誰かが作った美味しそうなレシピ」。簡単で美味しそうなレシピをみつけては「いいね」を押して、いつでも確認できるようにするのがライフワークとなっています。
2020年の「ポテサラ論争」を覚えていますか?
コロナ禍真っ只中だった2020年夏、インターネット界隈で「ポテサラ論争」が話題になったことを覚えているでしょうか?
ざっくり説明すると、スーパーのお総菜コーナーでポテトサラダを購入しようとしていた子ども連れの女性が、「母親ならポテトサラダくらいつくったらどうだ」と見知らぬ高齢男性から言われたというもの。現場を目撃していた人がこの一連の出来事をTwitter(現X)に投稿したところ、「なぜポテサラつくるのが“母親”じゃなきゃダメなのか?」とか「そもそも余計なお世話だ」といった批判が相次ぐ中、こんな指摘もありました。それは、「ポテサラはいかに手間がかかる料理なのか分かっていない」という指摘です。
これは私が作ったものではなく、フリー素材サイトにあった「ポテトサラダ」の写真です。これがおそらく一般的にイメージする、王道のポテトサラダといえるのではないでしょうか?
こういった王道ポテサラの作り方の手順は、ざっとこんな感じです。
① じゃがいもの皮をむいて適当な大きさにカットし、火にかけてやわらかくする(レンジでチンでもOK)。
② その間にきゅうりを輪切りにして軽く塩もみをする。タマネギを入れる場合は薄くスライスをして水にさらす。
③ ハム、にんじん、ゆで卵などポテトサラダに入れたい具材を準備し、適当な大きさにカットする。
④ ①に水気を切った②と③をあわせて、マヨネーズと砂糖、塩を加える。最後に全体を混ぜ合わせれば完成。
いかがでしょうか? 「ポテサラはいかに手間がかかる料理なのか」分かっていただけたでしょうか。特に私が面倒だと感じるのは②。きゅうりはあらかじめ塩もみして水気を切らないと、マヨネーズとあえた時の塩気で水分が出てしまうのです。ゆで卵はコンビニなどに売られているものを使えばわりと簡単ですが、それだとコスパはイマイチ。にんじんなんて一度皮をむいて火を通すという手間も発生します。
が、これだけ手間をかけてもポテトサラダのポジションはメインになれない“サブおかず”。コスパはもちろん、最近よく耳にするタイパ(かけた時間に対する満足度)も非常によろしくない。どう考えてもお総菜コーナーで購入するほうが効率的なのは当然でしょう。
しかし、我が家のポテトサラダは以下のレシピのおかげで、いつも手作りです!
我が家のポテサラに革命が起きた!
私がここ最近、気が付いたらTwitter(現X)に「いいね」する率がかなり高いのが“手間抜き料理研究家”という肩書で活躍する「はらぺこグリズリー」さん。このポテサラがツイート通り、すごく簡単ですごく美味しい。コスパもタイパも抜群なんです。
https://twitter.com/cheap_yummy/status/1275764251404075008
具材はじゃがいもとゆで卵のみ! きゅうりを輪切りにして塩もみしたり、玉ねぎをスライスして水にさらす手間も必要もありません。必要なのはじゃがいもの皮をむいてカットしてレンチンすることと、ゆで卵の皮をむくこと。これができれば作業の9割は終わったも同然です。
ハムとかきゅうりとかないと物足りないかも? 最初は私の中にあった王道ポテトサラダの概念がそんな不安を抱かせました。しかし家族の食いつきが王道バージョンより明らかにいい! さらに夫に至ってはこんなことを言い出したのです。
「長年、ポテサラのきゅうりは邪魔だったんだよね」
そしてそれに同意する息子2名。なんと、あんなに手間がかかるポテトサラダのきゅうりが、彼らにとって不必要だったとは! ちなみにその後、試しにはらぺこグリズリーさんの同じレシピにハムを加えたバージョンも作ってみましたが、不思議とハムが邪魔な気がしました。やっぱりゆで卵だけのほうが好評だったのです。
なぜ王道のポテトサラダはあんなに手間がかかるのか
そこで改めて考えさせられたのは、長年日本の家庭で親しまれた家庭料理である「ポテトサラダ」はなぜあんな手間がかかるレシピなのか? ということ。確かにきゅうりやにんじん、ハムなどはポテトサラダの彩りを良くしたり、栄養価が高くなるのは間違いありません。もちろん、きゅうりなどの触感や味があったほうが美味しいという人も多いでしょう。でも、なくても十分美味しいし、家庭料理だったらそこを省いたって構わないはずです。
家族のために手間暇をかけて料理をすることを幸せに感じるお母さんがいて、それを当たり前に享受する家族がいる。おそらく昭和の時代はそんな関係性が当たり前だったのでしょう。だからこそ「ポテサラ論争」で高齢男性はお惣菜でポテトサラダを購入した女性に文句を言ったのだと思います。
そして改めて感じるのは、現在SNSなどで手間をかけずに美味しいレシピを発信してくれる方々の偉大さ。その皆様は昭和世代から脈々と受け継がれる「手間暇かけることが素晴らしい」という料理の呪縛から解放してくれる救世主といえます。手間をかけなくたって美味しい料理は手作りできる。はらぺこグリズリーさんのポテサラレシピで、そのことを改めて再確認しました。手間抜きって本当にありがたく、最高です!
(つづく)