魚と海
帰りの満員電車。ホントにクーラー入ってるのかと疑いたくなるくらい、モワッとした暑さで車内は満たされている。あまりの暑さに意識が朦朧として来たその時、ふくらはぎに
何かひんやりとした物が当たった。
なんだろう?確かめたいが、車内は満員で下は向けない。後ろも振り向けない。
あ!まただ。またふくらはぎがヒヤっとした。一体何が触っているのか。
そう思ってたら、今度は足首に、何か冷たいものが触った。新しく下ろしたストッキングがびしょびしょだ。右足首、左のふくらはぎに、そのびしょびしょした物が張り付いていて、それはたまにスルスル動いているみたい。
ガタン!
車内が少し傾いたその時、私は床を見た。
床には魚群。足に当たっていたのは、魚だった。無数の魚達が、私の足の間をすり抜け、あるものは跳ねてふくらはぎに当たる。満員電車にいたはずの私は、今、一人海の浅瀬に立っている。浅瀬は遥か彼方まで続いていた。海の方から、ヒヤッとした海風が私の顔に吹き付ける。魚の群れはもう沖へ行ってしまい、今は細波だけがたっている。海の水は冷たく、火照った脚を冷やしてくれた。
はあ、いい気持ち。いつまでもこうしていたい。
そう言った瞬間に、また海からの風が、私の顔に吹き付けた。が、ちょっと生温い。
あれ?
良かった。目が覚めました?
私は知らない部屋の小さなベッドに寝かされていた。近くには扇風機が顔の方に向けられて、ブーンと音をたてながら回っている。
駅の階段から落ちて、気を失っちゃったんですよ。その時脚を強く打ったみたいなんで、湿布貼っておきました。
と、駅員さんが言った。
私は気を失って、医務室で寝かされてたみたいだ。
そして、ふくらはぎと足首には、ストッキングの上から冷湿布が貼られていて、私の横顔には
ブーンブーンと扇風機が、
音をたてながら、生温い風を送り続けているのだった。
(了)