リラックス
夜の喫茶店、いつもより少し大きな音で、CDをかけてもらう。カウンターでそれを聴きながら、温かいコーヒーを啜っていると、
ねえ、CDの音大きくない?書き物に集中できないんだけど。
と、背後から大きな声が。振り向くと、1人の老女がこちらを睨みつけている。彼女は小さなコーヒーテーブルに座り、新聞も読めない程照明を落とした店内で、テーブルに置かれた小さなデスクスタンドの光の下、手紙を書いていたらしい。
お言葉ですが、喫茶店は書き物をする所じゃないと思いますけど。そういうことは、ご自宅でなさったらいかがですか?
そう私が言い返すと、彼女が、
そういうあなたこそ、こんな音量で音楽聴きたいなら、うちに帰んなさいよね。ここは貴方の部屋じゃないんだからさ。
と、更に言い返してきた。なんだよ!このおばさん、めちゃくちゃ腹立つ!私がこの老女に対して、更に反撃の一打を繰り出そうとしたそのとき、
ねえちょっと、これ飲んでみてよー。
と、マスターがガラスのティーカップと白いポットをトレーに乗せて運んで来た。そして、
僕が作ったハーブティーなの。
そう言うと彼は、不思議な色の液体をカップに注いだ。
何これ?香りはいいけど、なんだか色がイマイチね。
老女が訝しげにそう言うと、マスターが、
ところがね、これを入れると‥
そう言いながら、白いミルクピッチャーに入っているガムシロップをグラスに注ぎ込み、ゆっくりマドラーでかき混ぜた。すると不思議な色のハーブティーが
凄い!きれいなピンク色なった!
私たちは驚いて同時にそう叫ぶと、顔を見合わせ、ぷーっと吹き出し大声で笑った。
笑い声ってやっぱりいいね。さっきのギスギスした雰囲気も吹っ飛んで、店内もピンク色に染まった感じ。
マスターもそう言いながら笑い出した。
このハーブティーの名前は「リラックス」。
夜もふけ、音楽もスタンドの明かりも消した、薄暗い静かな店内で、「リラックス」が放つ、香りにふんわり包まれながら、私たちはその甘酸っぱい味をゆっくり楽しんだ。
(了)