支度
祭囃子が聞こえている。今夜は近所のお祭りだ。縁日もたくさん立つ。ちょっと行ってみようかな。
久しぶりに浴衣着ちゃおう。
着付けをする前に、まずは下駄を並べて置くこと。帯を巻くと屈むの大変だからね。
一番はじめに着付け教えてくれた、ご近所の奥さんのこの言葉を思い出す。
随分前に亡くなった奥さん。着物姿が粋だったな。
衣紋を掴み、襟先を揃え中心を決め、また浴衣を開き直し袖に手を通す。
そうそう。着物を着るときは、シャツを着るみたいに腕を振り上げちゃダメ。カッコ悪いからね。
今度は呉服屋の奥さんのキリッとした声が、頭の中に響く。彼女は2人目の着付けの先生だ。思えばこの人からいろんなことを教わった。
腰紐を巻き、尾羽処理を作る。
長かったらたくしあげて、みんな真ん中に集めてさ、補正にしたらいいよ。
ママ友の声が聞こえる。去年の夏、退屈だからと着付けを教えに来てくれた。2人でキャーキャー言いながら、汗だくで練習したっけ。
帯を巻き前で縛る。鏡を見ながら形を作り、それを後ろに回して、最後にギュっと、帯が弛まない秘密を捩じ込んだ。
これをやっておけば、帯が緩まないからね。
秘密を私の帯にねじ込みながら、ニコッと笑ったお姉さんの顔を思い出した。
私は帯板を差し込み、ポンっとお腹を叩きながら、
はい!イッチョ上がり!
と言うと、用意しておいた下駄を引っ掛け外に出た。
着物を着たときは、背筋をピンと伸ばして、前を向いてカッコよく歩かなきゃね。縁日楽しんで来て。
先生たち全員の声が、祭囃子に混じって聞こえてきた。
(了)