「躁」のときは人と関わろうとする、単に調子がいい日はそれがない
以前の記事の再掲です。
「単に調子いい時」と「躁」との違い、それは
躁の時は「人と関わろうとする」
と仮定してみようと思うんです。自分を観察した結果、私は「単に調子がいい時」は、特に人と関わろうとしないように思います。
「単に調子いいとき」の私の関心は、「物事」に向いているようです。これからやろうとすることや、風が涼しいことや、あまりとらわれない感じの方に心が向いています。
一方、「躁」になると「スーパーでカートにぶつかられた」とか「街中で危険な運転をしている自転車がいる」がすごく気になり始め、
「行動」や「人」に目が行くように思います。
(さすがにカートにぶつかられた時は躁状態じゃなくても言うようにしています。これは言えない自分への訓練のためです)
更に、お店で店員さんに普段は黙ってることを言ってしまうことも。
・すみません、今日小銭がいっぱいあるから、それでお支払いしてもいいかしら?
・このお店初めて来たから、お支払いの機械の使い方が分からないわ
・ここの紅茶は△△かしら?とってもおいしいわ(これはいつも切実に聞きたいことでもあるのですが)
など。
マスクをしていても言ってしまう時があります。
躁でも軽躁でも、人と関わることで更なる気分の高揚を呼んでしまうことがあるので、「人と関わろうとしているか」「更に関わろうとしていないか」も目安になればいいなと思います。