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いっとう先に見つけたい~『とこちゃんはどこ』
『とこちゃんはどこ』
作 松岡享子
絵 加古里子
福音館書店・1970年
絵本の素晴らしい点は「遊び」を混ぜ込めるところだ。
しかもその「遊び」は大人がやるような遊びではなく、子どもが遊ぶ「遊び」でなければならない。
そうなると子どもがどんな遊びをしているのか、何に夢中になっているのかを観察する大人が必要になる。
『とこちゃんはどこ』はそんな子どもを見つめる目が確かな大人が、絵本に遊びを取り入れた元祖「さがしもの絵本」だ。
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図書館でこの本を見つけた瞬間、思わず懐かしい!と声がもれた。
幼いころ、実家で兄をふくめて読んだ記憶がある。しかしいつの間にかなくなっていたところを見ると母が図書館で借りてきたものだったのかもしれない。それでもこの「とこちゃんはとことこ かけだして――」という言葉はずいぶんと印象に残っていた。
出版は1970年。兄が生まれるよりも少し前だから、当時としてはけっこう新しい本を読んでいたことになる。
かこさとし氏の絵で記憶していたから作者も同じだと思い込んでいたが、書いたのは松岡享子氏だ。日本における絵本・児童書界の重鎮だ。卓越した翻訳力で洒落たデザインの外国絵本をいくつもわたしたちに届けてくれた功績は比類をみない。
写真で見たやわらかな表情の女性を思い出す。
一体、この人はどうしてこの本を作ったのだろう。
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絵本の内容は目を離した隙にすぐにひとりでとことことかけだしてしまう“とこちゃん”を探すというものだ。
1977年出版の安野光雅氏の『旅の絵本』や1987年にイギリスで生まれた『ウォーリーをさがせ』の母型にあたる。現在はさらにたくさんの「さがしもの絵本」が増えていることから、人気のジャンルのひとつと言えるだろう。絵本は座って話を受けとめるだけではなく、能動的に参加する“遊びともだち”の役割も持ったのだ。
この絵本の母型にあたる「遊び」は「宝探し」や「カルタ」だろう。
“どこかにあるお目当てを探す”
そんなお題を与えられたら子どもは皆、我こそは手柄を立てようと躍起になる。
きっと松岡氏は「たからもの」を探そうとする小さなトレジャーハンターたちをたくさん見てきたのだろう。キラキラ光る眼。見つけたときの嬌声。発見したお目当てを指し示すちいさな指。
そんな姿を絵本によって生み出したかったに違いない。
小さな目を大きく開けて、見逃すまいと本に顔を近づける。とこちゃんのトレードマークは赤い帽子。しかしよく似た帽子をかぶった子が数人混ざっている。見つけた!と思った次の瞬間、違うことに気づいてがっかり、という感情の起伏。小さな頭を寄せ合って、手分けをして探すこともあるかもしれない。絵本の見開きは一気に魅力的な遊びの場になる。
この楽しさは「宝探し」を母型にした松岡氏の鋭い観察眼だけが生み出しているのではない。
加古氏が画面の見開きいっぱいに埋め尽くす群衆を書き出す画力と胆力がそれを力強く支えている。とこちゃんが紛れている見開きは実に100人近くの人物が描かれている。宝を隠すための大事な「脇役」たちに宝の100倍の労力をかける。こういう手間は人を感動させる。
加古氏は3年後にあの有名な『からすのパンやさん』を描きあげる。見たこともない形のパンがびっしりと描かれたページにくぎ付けになった人も多いはずだ。こういった骨の折れる作業を、惜しみない手間暇をかけて描く姿勢は加古氏の真骨頂とも言える。
この二人の見事な共創によって、この絵本は半世紀も子どもたちに変わらぬ「遊び」の場を提供し続けることに成功したのだ。
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とこちゃんを探すために絵本の中を走り回り、ようやくいたずら小僧をつかまえたところで、パタンと本を閉じる。本の表紙が目に入る。
古くも懐かしい昭和の子どもたちが大勢の近所の子どもたちと遊んでいる様子が飛び込んできた。
馬飛び。鬼ごっこ。花いちもんめに、おままごと。
令和になった今、近所でこんな子どもたちの「遊び」を見ることはない。
でもこの絵本は、昭和の子どもも令和の子どもも、変わらずその目を輝かせる一冊なのだ。
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~松岡享子のその他の絵本~
『しろいうさぎとくろいうさぎ』(松岡享子:訳)
『おやすみなさいフランシス』(松岡享子:訳)
『おふろだいすき』(松岡享子:作)
~加古里子(かこさとし)のその他の絵本~
『からすのパンやさん』
『だるまちゃんとてんぐちゃん』
~さがしもの絵本~
『旅の絵本』
『ウォーリーをさがせ』