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キャリコン課題図書「イルカと否定神学」斎藤環

本書『イルカと否定神学』を読んで控えめに言って感動して手がプルプルした

一般的に趣味と仕事が一緒だったら幸せだろう。絵を描くのが好きで、それで食っていけるような才能と運がある人はホントに幸せな人生だと思う。僕は10年くらい会社でマネジメントとして人材育成やキャリアのメンターをし、昨年キャリコンを取得してからは自分の会社を設立し対人支援を始めている。一方で趣味として読書、特に小説、哲学、漫画、アニメ、音楽、アートなどカルチャー系などに触れることを若い頃からしてきた。ただ自分の仕事と趣味は別物だと思ってきて、それはそれこれはこれ状態だったのだが、キャリコンの勉強の中で心理学などに触れて、これは趣味と仕事が一致するかも、、という予感がしていた。

僕は評論家斎藤環さんのファンであって『生き延びるためのラカン』とか読んできた、それは僕にとってあくまでも趣味だった。斎藤さん自身は精神科医(つまり医者)としての顔と、評論家としての顔の二つがある。本人も例えばラカンは社会評論や文化批評には使うが、臨床では使い物にならないと言っているので、斎藤さんの中で精神科医と評論家は完璧には一致して来なかったのではないか。
これは仕事と趣味が一致してこなかった自分としてもよくわかる。まあ、斎藤さんのような偉い先生と何者でもない自分を比べるなという話だが、笑

ところで、本書『イルカと否定神学』を読んで控えめに言って感動して手がプルプルした。それは斎藤さんの中で精神科医の仕事と評論の仕事が高次元で一致しているのをみたからだ。ここではラカンは臨床で使えないラカンではなく、オープンダイアローグの理論的バックボーンに組み込まれているのだ。まあこれは僕の個人的な感情かもしれない、自分自身が仕事と趣味が一致しそうなところに来ているからこそそう読んだのかもしれない。

オープンダイアローグ(OD)とは聞きなれない人もいるかもしれないが、フィンランド発のケアの手法で、統合失調症に対するアプローチとして開発されたグループでの対話型の治療法である。本書によるとすでに確実な成果を上げており、薬物の投与なしで患者が治る事例が出てきている。
対話を重視し、対話者は倫理的であること、主体の回復、治そうとしないこと、目標を定めないこと、、などを特徴とする。斎藤さんとしては確実に成果が出ているのだが、なぜ”対話ごとき”で回復するのか、その理論的な探究のために本書を書いたのだった。

ここで中心となる概念がタイトルにもある否定神学だ。シンプルにいうと逆説的な言明のことであり、例えば「急がば回れ」のような表現のことだ。ODは治療を目的としないことで治す、というまさに否定神学的なプログラムが中心に組み込まれている。この否定神学はラカンの重要なモチーフであった。フロイト派のラカンによれば、人は去勢という欠如によってその本質が規定されており、欠如に対し言語という象徴で補っている。言語自体が対象そのものではない象徴なのだった。斎藤さんによれば、言語そのものが否定神学的なものでありODは言語の使用、つまり対話によるものだから否定神学を理論的なバックボーンに見立てることができるのではということだ。

この辺りの記述を読み、斎藤さんがODの実践を通じて精神科医の顔と評論家の顔が完全一致した悦びに溢れていると読めた。それで感動したし読んでいて元気が出たのだった、僕もまだまだ人生でやれることがある、50代後半にしてそう思えたのだった。

中動態についての考察も本当に素晴らしい。これは國分功一郎『中動態の世界』のレビューを別途書きます

個人的な読みだが、本書ではもう一つの一致があると思った。それは精神科医と心理カウンセラーの世界の一致だ。
僕のような一般人には分かりにくいが、医学部系の精神科医と、教育学部系の心理カウンセラーの世界は同じように心理職ではあるが一応別の世界だ。分かりやすくいうと心理カウンセラーは血液検査とか、薬の処方など医療行為はできない。

歴史的に昔は溝が深かったようだ。今はそんなことはないのかもしれないが、、、ロジャーズの伝記などを読むと心理カウンセラーの大家となったロジャーズに対し、アメリカの精神医学界からあなたは違法に医療行為をしている!と訴えられたりした。これにはロジャーズが反論して勝ったのだがこのエピソードからも精神医学と心理学の溝の深さはわかる。

ロジャーズの創始したパーソン・センタード・アプローチ(PCA)と、オープンダイアローグ(OD)とは成立した背景は違うものの理論的な枠組みは驚くほど似ている。

精神科医の斎藤さんがODに”転向”(本人曰く)したことで、PCAの世界との一致も見えてきたのではないか。これも嬉しいのだった。キャリコンといえば兎にも角にもロジャーズのPCAであり、それがODに近いなんて斎藤ファンとしてはとても嬉しいのである。

この辺の専門的なことは、シンリンラボという心理系の専門サイトを参照してほしい。PCAとODの一致点についてよくわかる。

それにしても医学書院の「ケアを開く」シリーズは注目すべき名著だらけである。まだ数冊しか読めていないが、執筆陣も精神科医、心理士、作家、哲学者、当事者など多岐に渡りつつも、全体を貫く確実なコアがある。編集の白石正明さんの知性とセンスが光る。今後も読みたいもの、読むべきものがいっぱいあって嬉しい限りだ。キャリコン課題図書にもたくさん登場する予定です。

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