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呉海 憂佳(yuuka kuremi)
2024年10月25日 21:24
爽やかな、という文字が道端に落ちていた。 トキコはぎょっとして、制服のスカートを押さえながらしゃがみ、手に取ってみる。「チラシの切れ端?」 見れば、畑に囲まれた田舎道の上にぽつぽつと白いチラシの切れ端が落ちていた。〈いやいや、ヘンゼルとグレーテルかよ〉 心の中でツッコミながら、もう一度切れ端を見つめる。一体どんな「爽やかな」物を載せてたんだろう。〈爽やかな……後味のガムとか? イケメ
2024年9月27日 21:02
風の色に鉄錆のような赤が混ざり始めたのを見て、ムゥジは慌てて自宅へ駆け戻った。「赤風が来そうだ」 ムゥジが戻ってきたのに気がついたドリィは、「あら、今日はそんな予報あったかしら」 と首を傾げる。「最近は急に赤風が吹くことが多くなったからなあ。もうこの村も住めなくなる日が近いのかもしれん」 ムゥジは静かに眉根を寄せながらゴーグルとマスクを外すと、身体中に付着した赤風の粉を吸着シートで拭
2024年8月31日 13:20
流れ星が賑やかな夜、一つだけ仲間とはぐれたその星は、ツーと夜空を滑って湖に落ちるとたちまち虹色の閃光を広げて辺りを燃やしていった── 小夜子は胸の苦しさに目を覚ましたが、心は先程まで見ていた夢に抱かれたままだった。 星が湖をはげしく燃やし尽くす光景の、なんと美しいことか……しかし、そのえも言われぬ美しさにはどこか背徳の影が色濃く差していた。〈正吉さんに話したら何と仰るかしら〉 小
2024年7月12日 21:13
夏は夜。月を見たくて庭に出たけれど、今晩は新月だったみたい。でも、こんな夜は蛍が星のようで美しいのね。初めて知ったわ。夏は夜。こっそり家を抜け出して夜の森に忍び込んだら、妖精たちを見つけたんだ。悪戯好きの妖精のせいで森は大混乱だったけど、すごく楽しかったよ。夏は夜。最終列車に揺られて微睡んでいた時に、星が尾を引いて夜空にツーッと流れるのを見ました。まるで天を駆ける列車のようで、ふと、
2024年7月5日 21:14
手紙には、「あなたはだれですか」と線の細い字で書かれていた。わたしはだれだろう。人と話さなくなってから、二千年が経った。発音の仕方も忘れてしまった。自分の声も、自分の容姿も、自分の名前すら忘れてしまった。忘れていたことすら忘れていたかもしれない。ずっとこの白くて明るい部屋の中で暮らしていて、決して外には出られない。誰かと連絡をとれるだなんて、思ったこともなかった。でもこうして、わた