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映画『海獣の子供』感想

予告編
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ミニマルな表現の美しさ


 「映像を “浴びる” なんて形容が適切かな」と思っていたのは、映画を観終わった直後ぐらいまで。帰り道や寝る前など、幾度も記憶を反芻する度に「もっと適当な文言がある気がする」と思い始め、浮かんできたのは、沈む、溺れる、浸る……。
 「耽溺する」が一番しっくりくるのかな?

 水中の “ゴポゴポ感” 史上一番かも、と思わせる本作のSEは、言い過ぎかもしれませんが胎内すら想起させてくれます。そんなSEのために以上のような言葉が出てきたのかもしれません。

 皆さんは、プールとかで何もせずにただ潜り続けたことはありますかね? (まぁ監視員さんとか先生から注意されちゃうことも多いんですけどね。)静穏の中、水が揺蕩うゴポゴポという音、そしてまるで現実世界からはぐれてしまったかのように不自然に耳に響く周囲の声。水面を境に遮断(屈折)され柔らかくなってはいるけど光は強く感じられ、息苦しいのに目は冴えている、あの不思議な感覚。それを思い出させてくれた作品です。


 確かに本作は、ストーリーを追っていくだけで「あ、そういうことか」と、作り手の真意を容易に汲み取れる作品ではないかもしれません。それはもちろん僕自身も。でも、それこそ本質的な意味でのファンタジーと言えるんじゃないかな。主人公・琉花の “上手く言えない” 姿は、言葉だけでは形容できない本作そのものを指し示しているよう。そしてそれはBGMも同様で、その時の登場人物の感情やシーンの状況に寄り添ったという感じがしないから、逆に引き込まれてしまう。“謎” とか “未知” なんて固い言葉より「なんだろう、これ?」という柔らかい表現がしっくりくる音楽は本当に素敵。久石譲さんが音楽を手掛ける映画では度々そう思わされます。

 音楽で言えばエンディング曲も素晴らしかった。米津玄師さんはあまり詳しくないから、他の楽曲との比較はできないんですけど、随分と声にエフェクト(リバーブ?ダブリング?ハモリ? よくわからない……)をかけていて、抽象的、哲学的、或いは芸術的な映画の世界観に耽溺している(酔っている?)感覚にリンクしているからピッタリ。そしてパートのラスト部分だけエフェクトがかかっていないのも、全てが終わって現実に戻ってきたように感じられ、これもまた物語と呼応しているようで、映画の締めくくりとしても素晴らしい。それはまるで、ずっと水中(物語)に潜っていて、最期の最後に水面に上がって(現実に戻って)きたような気持ち良さ。シンプルに感情に訴えかけるのではなく、どの視点からもある程度の距離を取った表現で統一された本作の後味は格別です。賛否両論の理由にも納得ですが、個人的には凄く好きな映画です。


 中でも “光” の用い方が素敵。まず、橋の下の陰に琉花が隠れるシーン。短いスパン(多分1、2カットぐらい)での反復シーンの中で光に変化を付けることで、“光” がある種のキーワードとなることを予期させてくれるし、しかもこのシーンが、彼女の中で何かが変わり始めた瞬間、それと同時に作品の毛色がファンタジーへとシフトしていく瞬間でもあるから、より印象的になっていた気がします。反復する中で部分的な変化を示すことでその変化を浮き彫りにする演出は活きていたと思います。

 また、中でも特に好きなのは堤防のシーン。夏休みの到来にウキウキしていた時は堤防の壁の上を走りながら太陽の光を全身に浴びていた彼女。しかし学校で嫌なことがあった帰りにはそんな元気も残っておらず、壁の横の歩道をトボトボと歩くのだけれど、この時、通行人、堤防の上で釣りをする人などがいる中で唯一、堤防の壁が影になることで彼女にだけ日が当たっていない。こういった形で登場人物の心情を表現できるのは、やはりアニメーションでしか作り得ない魅力だと思うし、このシーンでもまた、本作の中における “光” という存在を強く印象付けられます。


 ひとまず、一度目の鑑賞で感じたのは光に関するそんなこと。本作を好きに、というか凄まじ過ぎて取り敢えず「好き」と答えることに決めたのは二度目の鑑賞が決め手。
 「——“大切なことは言葉にならない” “一番大切な約束は言葉では交わさない”——エンディング曲の歌詞や作品のキャッチコピーにもある通り、本作の大切な部分はきっと言葉では語られていない。セリフなんか理解できなくても良い。そういうもんだ。」
 という心づもりで観に行ったせいもあると思いますけどね。こういう余白だらけの映画の良いところは、不明瞭な分、自分の都合の良い解釈ができるところかもしれません。


 序盤、琉花が部活に行って帰ってくるまでの一連のシークエンスは、おそらくすべて彼女目線。母親の様子も、周囲との軋轢も。14歳の琉花の体に起こったある変化が、彼女に不安や葛藤を生み、それがしっかりと映像に反映されている。二度目だったからこそどうにか気付けたけど、生命の誕生という大きなテーマはこの時点から既に描かれていたのだと脱帽です。終盤のぶっ飛んだ映像も素晴らしいですが、ここでの丁寧な心理描写と、それがあるからこそ活きる映像表現こそ最大の魅力。原作読み直してからもう一回観直そうかな?

 個人的にですが、客層を絞る意味でもPG指定を設けても良かったんじゃないかな、とも思います。


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