見出し画像

高校の退学届を書く3

説得

都会で生活していると、高校生はたいてい一丁前に大人料金を取られる。でも世間的な扱いはまだまだ子供で、何をするにも保護者の同意が必須だ。
高校の退学や転入だってその限りではない。
私が高校を辞めるために、両親を説得することはどうやっても避けて通れない道だった。もちろん初めは聞く耳すら持ってもらえなかった。
そういうわけでまずは親以外の周りの人間を説得することにした。
最終的に保護者に転入試験の受験を認めてもらうまで、結局一年以上かかった。

当時、よく相談に乗ってもらっていた友達のお母さんがいた。
感情的にならず的確なアドバイスをしてくれながらも、私の考えを尊重してくれたし、意見に耳を傾けてくれた。
私が学校を辞めたいと言ったときは、もちろん親や学校の先生と同じように止めた。高校生という肩書きがなくなるかもしれない危険、将来履歴書に記載した時の印象、新しい環境に入っても馴染めるかわからない等々、そのどれもが正しかった。
それでも親よりも私の話をよく聞いてくれたから、私はどうして学校を辞めたいのか、辞めることでメリットはあるのか、その後自分がどうしたいのか、どうするつもりなのか、きっちりまとめてプレゼン資料みたいなのを作った。子供の戯言だと切り捨てないで、最後まできっちり聞いてくれた。本当はそれは親に見せるつもりだったけど、その頃には会話も成立しないほど喧嘩していたからやめた。
収穫があったのかよく覚えていないが、私の意思が固いことぐらいは伝わったんだと思う。

学校の教員とも繰り返し話し合った。
最初は遅刻が多いことで呼び出されていた。ちゃんと朝来ようねと言われるたびに、多分無理だろうなという気がしていた。どうせなら学校側から(こいつ出てってほしいな)と思われるのが手っ取り早いんじゃないかとさえ思った。色々と迷惑をかけて申し訳ない。
最初は引き留められた。今思えばありがたいことだと思う。こんな問題ばかりの生徒追い出されても文句は言えないのに。一緒に卒業できる道を模索して提案してくださったこともあった。それなのに私は差し伸べられた手を振り払った。
進路調査とか、将来何をしたいか、興味のある分野は何かみたいなアンケートがあるたびに、私はほとんど白紙で提出していた。
目を逸らしらかった。将来のことなんか到底考えられなかったし、今が終わればそれでよかった。
このままここにいて、どんどん崩れていく自分を見たくなかった。

一つだけ考えていたのは、失敗してもいいから、この世で誰一人応援してくれなくてもいいから、自分の選択を信じてみたいということだった。
最もらしいことを言っているけど、最後の方は半ば意地だった。両親や親戚に何かを言われたくらいで折れてしまうほど、自分の意思は弱くないんだと、それを証明したかった。それで後悔しても構わなかった。自分のした選択なら失敗に終わっても誰も責めなくてすむから。

一学期の最後はあまり学校に行かなかった。両親を動かすにはそれしかないと思ったし、それで叩かれても蹴られても殺されても最早どうでもよかった。
友達のお母さんも、学校の先生も、絶対に意思を曲げない私をみて、もうだめだね、みたいな感じだった。両親もついに折れた。失敗しても知らないからな、自己責任だからな、と言われたことだけは覚えている。想定していた返答だった。

心身

高一から高二にかけての私の精神状態は本当に良くないもので、それが露骨に体に現れていた。朝が来るのが本当に怖くて、夜は睡眠薬に頼らないと眠れないし、食欲もない。体重がどんどん減っていって、ひどい時は37kgまで落ちた。集中力や、好きだったものへの関心が消えていって、そこに焦りを覚えながらも、どうすればいいかわからず戸惑っていた。

「生きてたらもっと辛いことあるんだから」
うるさい
「甘えだ」「どこが頑張ったんだよ」
うるさいうるさい
「学校の先生にいつも一人でいるって聞いたけど。一人でいるのが偉いとでも思ってんのか」
子供になら何言ってもいいと思ってんのかよ、黙れよ

家族なんて何の支えにもならない。支えにならないどころか、
学校にも行けないなんて
とか
卒業しないでどうするの?
とか責めるようなことしか言ってこない。
行ってますよ?学校。週六日全ての授業に出るのができないだけで、週に何コマか休んだくらいで不登校扱いするな
卒業できなくてどうするの?
わかってるよそんなこと。でも未来のことを考える元気なんてもう残ってない。今が辛いの。今この瞬間何もできず、勉強にも集中できなくて好きなことへの関心も薄れていって、ただ虚無な日々を過ごすのが死にたいくらい辛い。放っておいてくれればいいのに。なんでこの人たちは余計なことしか言えないの?
死にたいと言ったら「じゃあ早く死ね」と返された。わかってるよ、私だってそうしたいよ

高校生の時に書いたものをマイルドにした

一番近くにいるはずの人が、一番遠くに感じられて、一番味方でいてほしい存在が自分に追い打ちをかけることに、高校生の私は耐えられなかった。

ついに

八月の頭に退学届を書いた。
退学するにしろ転入するにしろ、一度退学届を提出して、転入の場合のみ後日転入届を提出し、それを受理してもらう(退学届は学校側で破棄)ということらしかった。
学校の受付でそれ用の用紙をもらうのかと思ったら、家でコピーしてボールペンで書くだけだった。
なんの感情も湧かなかった。辞める実感だとか、ようやく楽になれるというちょっとした安心感とか、これから先への不安とか、一切感じなかった。
辞めると決めるまではあんなに大変だったのに、いざ薄っぺらいコピー用紙に必要事項を記入してしまうと全てがあっけなく思えた。
親友にだけそれを報告した。ほかの人間の反応なんか興味もなかった。

いいなと思ったら応援しよう!