「自分はまだまだ未熟だな」と言える人ほど自己肯定感が高い
このnoteではお馴染みのワード
自己肯定感
についての記事を書こうと思います。
自己肯定感というワード自体
日本人の心に引っかかるワードなのか
ここ数年
廃れることなく
いまだに様々な場面で
見たり聞いたりする機会があります。
その理由の一つに
完全無欠の自信や
自分大好きだと言えるような人が
あまりに少ないからだと思うんです。
何かができること
得意なことがあること
強みがあること
人の迷惑をかけないこと
周りのために動ける人
そういう人になることが
美徳とされているというか
大事であるという価値観があって
周りにいる
いわゆる〝優秀〟な人に
自分を近づけようとしたり
比較していたり
または
自分が負けていないことを
確かめるように
強がったり
マウントを取ろうとしてしまう。
結果として
本当は自信がないけど
横柄な人
強がりな人
見栄っ張りな人
偉そうな人
が多いのだと思います。
ですが
タイトルにも書いた通り
本当に自己肯定感が高い人は
自分の未熟さや
足りない部分に目を向けても
ネガティブな感情にならないんですよね。
◯ダメな自分を認知しないと自己肯定感は高まらない
若い人にも
自己肯定感が低い人は
多いわけですが
自分が苦手なこと
自分ができないことを
客観的に受け入れられないから
余計にプライドが高く
それでいて落ち込みやすい。
昔からそうですが
新人とか若手って
同期が怒られていたりする内容を
ものすごく見てたりするじゃないですか。
自分が怒られないようにするため
同じ失敗をしないようにするため
なので悪いことではないんですけど
見方を変えると
自分が低い評価をされることに
とてつもないストレスを感じる人が
たくさんいるんですよね。
ダメな人だと思われたくない。
劣っている人と思われたくない。
変なイジられ方をされたくない。
という
強がりな自分を
コントロールできないんです。
そういう間は
自己肯定感なんて高まるはずがない。
人なんて欠落だらけで
完璧な人なんていないと
思っていた方が良い。
ましてや自分自身が
完璧な人になれるとは
思わない方が良い。
メディアやSNSなどに出ている人なども
近くにいる人から話を聞くと
色々と欠落している部分を
持ち合わせている人が多いものです。
当然自分のことを
嫌っている他人だって
いるわけです。
その客観的な事実を
「そんなもんだよねー」
と淡々と受け入れられることをしないと
自己肯定感を高めようと
勉強したり経験を積んだり
強みを作ろうとしても
無意味です。
◯未熟だからこそ人生は楽しい
人間って大人になるにつれて
感動しなくなったり
喜ばなくなったような
気がしませんか?
体力の問題もありますが
子供の頃って
うまくいかないことばかりなのに
楽しかったと思うんです。
うちの娘を見ていても
下手っぴだった絵も
どんどん上手になり
今では5歳にして
自分で化粧をするようになり
毎日本当に楽しそうなんですよね。
できる状態が楽しいのではなく
できるようになる過程が
楽しいんだったよなー
と改めて思い知らされた気がして
できない未熟な状態から
どうやって、できるようになるか?
という視点で
自分を見てみることが
大事なんだと思います。
今でも改めてうつ病について
勉強し直したり
精神薬について
整理していると
まだまだ知らないこともあったり
忘れていたこともあって
自分の未熟さを感じるんですけど
その瞬間少し
自分の知識が増えたり
患者さんに提供できる情報が
増えたと思えるときは
メンタルは安定するんですよね。
「なんでこんなことも知らないんだ…」
ではなく
そんな未熟な自分を知れて
自分の伸び代だと捉えられる人が
自己肯定感が高まるのだと思います😌
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