さんかく窓の外側は夜
「なんて言ってやりゃあ分かるんだ…人が人を助けたいってのがどういうことか…」
コミックレビュー第6弾はヤマシタトモコの「さんかく窓の外側は夜」です。
今季アニメ化(放映中)されたし、すでに実写化もされていて有名な作品なので、今更レビュー?とも思ったんですが。
「BLだから読まない」というコメントを目にしてショックを受けました。そんな(?)理由で遠ざけるのはあまりにも勿体無い!!
この作品には男性同士の性描写はありません!
主人公、二人の間に恋愛感情は(たぶん)ありません。
……ただ。
グレーゾーンな描写はある。それも結構な頻度で。作者もそれを意図してるし、まんまとそれに乗せられて喜んでいる腐女子が多く居ることも事実。
迷っている人の一助になれればと思います。
これは、人を憎むことで出来た心の檻に囚われている人たちと、そこから助けようとする人たちの物語です。
①謎の男、除霊する。
主人公は三角康介(みかどこうすけ)。書店員。幼い頃から死者が見え、そのことに密かに悩んでいた。怖くて堪らないのに対処の仕方が分からず、誰にも言えない。
店に死者が現れた時、突然、謎の男が馴れ馴れしく康介に近づき……
男は“何らかの方法で”死者を遠ざける。
↓※(下のコマの女の人が「死者」)
謎の男は冷川理人(ひやかわりひと)と名乗る。
紆余曲折あり、康介は冷川の助手として働くことになった。冷川に胡散臭さを感じるものの、決め手になったのはこの言葉だった。
②初めての“特殊清掃”
霊障がある事故物件。
彼らが部屋に入ると、はっきりと死者の姿が見える。
冷川曰く、康介が側にいると、はっきり死者が見えて力もより増幅され。なにより気持ちがイイらしい。
除霊方法は、冷川が康介の身体に“霊的な手”で侵入し、霊を掴んで投げる、というもの。
……霊的な部分が「身体に入ると」魂が直接触れ合って「お互いに性的な快感がある」らしい。
「セッ○ス」を連想させるワードてんこ盛り。(はいここがポイント!グレーゾーン!)
誰かをブースターにして除霊、てのは今までの漫画にもあったと思うんですが、何せ斬新なのは「快感が伴う」という部分。
目から鱗がバラバラと落ちました。快感に身悶えしながらの除霊……エロ過ぎるでしょ!その手があったか!!
ただ、力説したいのは「エロさ」だけではなくてですね。
③警察に恩…売っとくといいですよ
霊と戦う漫画ではない、のですね。
霊障の物件とか、困ってる人の依頼を受けて、死者をそこから追い出したり、困り感の元を特定してそれを排除するのがお仕事です。
その方法論や描写が独特でリアル。ここに凡百の作品との違いがあります。
ある日、半澤(はんざわ)という刑事から「バラバラ殺人の被害者の、まだ見つからない身体の一部を見つけて欲しい」と依頼されます。
犯人の男は多くの証拠を残していて自供もあったが供述に不明な点が多く、被害者との接点もなし。勾留中に自殺してしまい、被害者の一部が今も未発見のままらしい。
冷川と康介は犯人の家に入って、手がかりを探すことに。
康介「なあ探すってさ……どうやんの。警察犬じゃないんだぜ。い、遺体…の部分…なんか、探せるかよ……しかも一年前の」
冷川「うん、あのね、これまでは一方的に入り込んで君の感覚に私の方を同調させる感じだったんだけど」
康介「? うん」
冷川「君をもう少し引きずり出して私の感覚も共有してもらう」
康介「へえ……?なんでちょっと楽しそうなの?」
冷川「やってみようか。これね、私もすごく気持ちいいんですよ」
(略)
冷川「何か聞こえる?耳は私の方が…いい」
康介「ふ」
冷川「三角くん」「私の聞こえているものが君にも聞こえますか?」
……聞こえたのは、何かを解体しているような物音と『非浦英莉可(ひうらえりか)に騙された』という声。
複数の現場をまわり、“被害者の”言葉から可能性が高い場所を探り出し、半澤と共に二人は現場に踏み込みます。……そして、幾つかのパーツを集めて作られた死体を発見。
康介 (ぼくの目に「あれ」が見えるということは …ぼくの頭がただおかしいのでないのなら かつては生きて死んだ人物がいたということだ ただの 人間が かつては)
(かつては)
(僕にはわからない) (かつては生きて) (そして死んだ)
(……化け物だったわけじゃない)
(人間だ)
(とはいえ……怖いものは怖い)
作品の見所①……今までにない“描写”
「除霊もの」の漫画のセオリーって、ひと昔前なら霊と「戦う」+「話し合って成仏してもらう」だったと思います。相手(霊)とコミュニケーションが取れることが前提になっている。
康介の「霊と話して説得する」という提案に対して冷川は「有害かつ無意味」と切り捨てます。死者は、基本的には意思疎通できないものとして描かれています。
物語の中盤では、依頼の大半は「生きている人の念や呪いが原因で起こる障害」。無自覚だけど、ある程度、霊能力がある人が、負の感情やストレスから霊障(生霊障?)をひき起こしている、というもの。
発端となった人も無意識なのです。これって結構怖い。原因が自分、という事だってあるかもしれないわけで……。
↑母親を極度に恐れている女性。彼女は夫に母親は死んだと嘘をついていた。無意識レベルでは未だに母親の支配下にあり……。
「除霊」場面には、現代ならではのお悩みや、ネットやメールを利用した呪いの描写も数多く出てきます。まさに“令和版ゴーストハント”
↑パソコンのメールや、郵便物など、会社宛のものを見ようとすると、一瞬、別のもの(グロテスクな画像など)が見える。
↑仕事のストレスをトイレで愚痴っていたら、負の感情の残滓が溜まってしまい。
康介の隣にいるのは「エセ占い師」迎(むかえ)くん。
物語には「霊障」や「呪い」に作品独自の解釈があり、描写や台詞に反映されています。それがこの作品の大きな魅力になっています。
非浦英莉可は、とある新興宗教団体の教祖「先生」に命じられて、呪いを行なっている女子高生。
彼女の「呪い」の描写が圧巻。表面の言葉の裏に『強い気持ちを込めた呪いの言葉を心で重ねる』ことで、相手に呪いをかける。
弁護士「東西線でひとつよ」
英莉可「あ、パスモの残額少なくて (私の名前は非浦英莉可です)」
「あ、ていうかごめんなさい、ひきとめちゃって (これからあなたを呪います)」
弁護士「ああ全然全然 あのね皇居沿いに北に歩けばいいのよ」
英莉可「えと北っていうことは (絶対に助かることはありません)」
「左手に皇居見て歩けばいいんですね (お前は死ぬ)」「(呪われて死ぬ)」
↑康介の耳から「呪い」を吹き込み、増幅したものを口から出させて自分に取り込む実験(?) ビジュアルがまるっきり……グレーゾーン。
なぜか冷川は、呪いや憎しみなどの感情を自ら積極的に取り込んでいる。
↑無意識に“不安の虫”を撒き散らす彼女に対して、康介の口から「呪わせ」ようとする。
冷川「だって彼女 こんな中途半端に能力があって気の毒じゃないですか」「そういう人を私はたくさん見てきたけど」
「かわいそうですよ だから沈めてあげた方がいい」
……この出来事から、康介は冷川に対して不信を募らせてゆく。
作品の見所②……魅力的な人物造形
なんだかんだで、主人公ふたりが作品最大の魅力であることは間違いないわけで。康介よりも、やはりユニークなのは冷川理人。
超絶マイペースで他人の意見を聞かない。垣間見える冷酷さと浮世離れした言動。丁寧だけどぎこちない言葉遣い。
それは彼の過去に関係しているのではないか。と作中、何度も示唆されます。
冷川は幼少時、とある場所に幽閉されていた。
彼をそこから助け出したのが半澤刑事だった。
冷川は康介を手元に置こうと“霊的に束縛を強める”も、康介が冷川の心に歩み寄ろうとすると拒絶反応を示します。
康介からすれば、冷川が何を考えているのか知りたいだけなのに拒絶され、でも「君が必要だ」と縋りつかれて離れることが出来ない。
無自覚ツンデレ乙女……とてもたちが悪い。しかし(康介は気の毒だけど)めっちゃ萌える。
冷川と英莉可、そして康介には、実は意外な繋がりがあります。
物語後半にクローズアップされるのは謎の新興宗教団体「掌光の教え」。
そこの教祖である「先生」。物語が進んでゆくにつれて、教団内の異様な支配の実態が明らかになってゆきます。そして三人との繋がりも。
冷川、三角、英莉可。彼らの戦いを支える魅力的な大人たち
半澤刑事……冷川の恩人であり良き理解者。そして強力な「霊的なものを信じない力」の持ち主。
迎 系多(むかえけいた)……エセ占い師。死者を観る力と“話しを聞くことで”鎮める力は本物。特別な力を持ちながら、世の中と上手く折り合いをつけて生きている大人の見本的な存在。
逆木(さかき)……英莉可の雇われボディガードで元ヤクザ。無愛想でぶっきらぼうだけど、まともな人間。
……いかがでしょうか。BLの香りはあるものの……この物語の面白さが伝わりましたでしょうか?
現在、最も旬な漫画家の作品ですよ!
これは、絶対に、面白いっ
「何かを心から憎んだとき
もう大切なものなんて何も持っていないのよ
そうしたら何だって壊してしまえる
それが呪うということ
憎しみが人を生かすこともあるのよ
それだけを支えになんとか生きていけることもある
……その人から呪いを
その人を生かしているかもしれない憎しみを奪って……
あなたはどうするのかしら
憎しみがその人の全てだったら?
あなたは憎しみのかわりになれるのかしら」