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詠むための一首評の練習(9)-もう君の望むことしか言えないよ灰皿に落ちる無数の蛍/岩瀬花恵
もう君の望むことしか言えないよ灰皿に落ちる無数の蛍
岩瀬花恵「木漏れ日」(「東北大短歌」第5号、2018年)
恋人同士であろうか。出口の見えない諍いに疲れ果てた男が、これ以上の議論はやめたくて「もう君の望むことしか言えないよ」という。彼が灰皿に落とす煙草の灰が、微かに燃え残り光っている。それが蛍のようだというのだ。まるでこれで消えていく2人の関係を表すかのように。ストレートな切ない青春の歌だ。儚さを煙草の灰の燃え残りに例えた下の句に心打たれる。
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「日々のクオリア」の評者は私とは全く異なるシチュエーションと読んだ。「もう君の望むことしか言えないよ」というのは、諍いの果てに、君のいうことに同意するから勘弁してくれ、ということで、これは私自身の個人的経験がそのように読ませているのかもしれないが、そう読んでしまう。すでに関係は壊れているのだが、評者はそうは取っていない。またこの歌を男女という関係に必ずしもあてはめずに読めるとも言っている。それについても「煙草の灰」という古典的な男女のシチュエーションの道具だし、ジェンダーフリーと読もうとするのは強引だと思う。評者はかなり多くを割いて評しているが、私は単純に別れを予感させる情景というメロドラマの一コマと読む。それでも、「灰皿に落ちる無数の蛍」というところで、陳腐さが救われていると私は思うのだが。
(練習の題材として過去に砂子屋書房のWEBサイトに掲載されている「日々のクオリア」で取り上げている短歌を使わせていただいた。日々のクオリア自体が一首評の記事だが書く前には読まぬようにしている。誰がどんな歌を詠んでいるのか、初学者にとって歌集を買うのに大変に参考になる記事である)