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勝てる市場の見つけ方 - プロダクトマネージャーが実践する事業戦略の思考法
1. 序論: ブログの目的と背景
成功する新規事業の多くは、クリアな事業戦略を持っています。しかし、その策定は簡単ではなく、仮説を立て、検証を行い、必要に応じて軌道修正を繰り返すプロセスが求められます。
事業戦略は一つの要素だけで成立するものではなく、いくつかの要素が重なり合うことで有効性を発揮します。また、事業戦略はプロダクト戦略、マーケティング戦略、セールス戦略、オペレーション戦略、組織戦略、技術戦略といった領域にも影響を与える基盤です。
プロダクトマネージャーは主にプロダクト戦略を策定する役割を担いますが、一定の事業戦略を策定する能力も求められます。また、事業戦略を深く理解し、適切にフィードバックを提供する能力も重要です。さらに、事業戦略はプロダクト戦略の重要なインプットとなり、プロダクトマネージャーは事業戦略からプロダクト戦略に落とし込むべき要素を見極める必要があります。
特にIT系の新規事業では、初期段階で事業戦略とプロダクト戦略が重なる部分が多くあります。本記事では、プロダクトマネージャーの視点から、良い事業戦略の要素について考察します。
2. 本論: 事業戦略の核となる要素
A. WHY: 事業の目的を定める
すべての事業戦略は「なぜこの事業を行うのか?」という明確な目的から始まります。企業が新規事業を起こす理由には、売上を稼ぐことや既存のアセット(例: 顧客基盤、独自技術、データ)を活用して新たな収入源を作ること、新規市場への参入や新規顧客セグメントの獲得など、多様な目的があります。
目的が曖昧であれば、戦略は効果を発揮しません。すべての戦略の出発点として、この目的を明確にすることが重要です。
WHYの言語化ができると、会社のビジョンや事業のミッションなどもクリアに見えてきます。
B. WHAT: 市場選びの基準
1. 狙う市場自体が大きい
新規事業への投資判断において、その事業が攻める市場の将来価値が重要な判断基準となるケースが多く見られます。前回の記事でも触れましたが、市場規模はコントロールできない要素である一方、プロダクトの内容は我々がコントロールできる変数です。そのため、プロダクトマネージャーは新しい課題に取り組む際、まずその事業が狙うべき市場の規模や成長率を把握することから始める必要があります。
ベンチャー企業であれば比較的小規模なTAM(Total Addressable Market)でも参入を検討できますが、大企業の新規事業では状況が異なります。大企業では、TAMが一定規模に満たない市場は魅力的とみなされず、たとえ初期投資が行われても、その後の追加投資を獲得することが困難になりがちです。
市場規模の正確な判断は、経験豊富な経営者や事業責任者でさえ苦心する課題です。プロダクトマネージャーは、事業責任者ほど詳細な市場規模の算出ロジックを持つ必要はありませんが、少なくとも自社のプロダクトが十分な規模の市場を狙っていることを確認する責任があります。
また、TAMが把握できても、SAM(Serviceable Available Market)やSOM(Serviceable Obtainable Market)などのより実践的な市場規模は、常に実績に基づいて修正が必要です。プロダクトの観点から見ると、市場規模を判断する一つの実用的な指標があります:プロダクトの成長速度と市場規模には一定の相関関係が存在するのです。
プロダクトが一定の規模に達した後も持続的な成長を示せているなら、そこからそのプロダクトが獲得可能な市場規模を推測することができます。ただし、これはリリース後、ある程度の期間を経て初めて判断できることなので、プロダクト開発の初期段階では過度に気にする必要はありません。
一つの事例をあげます。
freeeは会計領域で大きな成功を収めていますが、さらなる企業価値向上のためには、他の領域への進出が必要とされています。その文脈で興味深いのは、freee受発注、freee販売、freee請求書など、一見すると機能的に重複するような新規プロダクトを次々とリリースしている点です。これは表面的には似通ったプロダクトに見えますが、その背後には特定の事業領域を確実に攻略するための戦略的なアプローチが垣間見えます。
2. 市場集中度はある程度必要
市場規模が大きくても、市場集中度が低い場合、大きな事業を構築することは困難です。
生活によく出てくる業界のITプロダクトで例えると、これがよく理解できます。旅行や飲食の予約サイトにおいては、売上がTOP3社以内に集中しています(高級なホテルでも一般的なホテルでも一つのプロダクトで簡単にカバーできる)。一方、不動産業界は異なります。物件種類によって、財閥系が握っているものとそうでないもの、投資物件でも1棟とコンパクトマンションでは、プレイヤーが全く異なる、かなり細分化された市場となっています。
市場集中度の指標としてよく使われるのがCR(Concentration Ratio)です。典型的にはTOP3社の市場シェア合計(CR3)で測ります。
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例えば左側のチャートでは、上位3社が市場全体を完全に支配しており、極高位集中型になります。
中間は上位3社が市場の大部分を占めていますが、その他の企業も一定のシェアを持っているため、中程度集中型です。
右側では市場シェアが広く分散しており、多くの企業が競争しています。競争型になります。
これは理論的に聞こえますが、プロダクトマネージャーとして重要なのは、参入する市場で最終的に何社が勝ち残るかを予測することです。
例えば、旅行OTAでは、Booking.comでもじゃらんでも楽天でも一社独占することができず、かといって、7社も8社もの大手が同時に存在しているわけではありません。
一方、メッセージアプリや検索エンジンには排他性があり、独占的なプロダクトが存在します。日本のメッセージアプリと言えばLINEが圧倒的なシェアを誇り、検索エンジンも以前はYahoo!が強かったものの、徐々にGoogleへと集約されていく流れは否定できません。
このような市場特性を理解した上で、新規事業を立ち上げる際には、その市場に何社が生き残れるかを予め見極める必要があります:
もし最終的に1社しか残らない市場であれば、競争優位性を早期に築くことが重要です。時にはプロダクト戦略以外にも、プロモーションや営業、オペレーションに一気に投資し、マタイ効果を生み出すことが先決となります。
2-3社が残る市場では、少なくとも2番手か3番手のポジションを確保する必要があります。それ以下のポジションでは、消費者の認知も得られず、VCや社内からの投資も途絶え、事業が立ち行かなくなります。旅行OTAはその好例で、toCレベルのプロダクトが同質化する中、SEOで上位表示を確保することが今でも有効な戦略となっています。
複数社が残る市場では、差別化ポイントの構築が不可欠です。例えば不動産投資市場では、1棟物件とコンパクトマンションで異なるプレイヤーが存在する状況で、M&Aやアライアンスを通じてそれぞれの強みを活かしながらTAMを拡大していく戦略が有効でしょう。
C. HOW:市場の攻め方
マクロ的に見ると、同じ市場に参入する場合でも、その市場をどのように攻めるか(HOW)が重要になります。
多くのプロダクトマネージャーに見られるのは、ボトムアップ的なアプローチです。これは、自身の原体験や、身近な顧客の課題・ニーズや自分たちの持っている強みから出発して何ができるかを考えていく方法です。
一方、上級のプロダクトマネージャーや事業責任者は、このボトムアップに加えて、市場的な視点から出発するトップダウンのアプローチも必要だと理解しています。そして、このトップダウンで市場を選ぶ際には、以下の視点から考察することで、有効な攻め方のヒントを見つけることができます:
参入タイミング
利用頻度と顧客単価
規模効果
それぞれの視点について詳しく見ていきましょう。
1. 参入タイミング
ものごとはすべてタイミングが重要です。一般的に「早すぎず遅すぎず」と言われますが、これは主に大手企業向けの考え方です。ベンチャーのような体力の限られた組織では、異なる戦略が必要になります。
最も重要なのは、市場そのものの将来性です。大きな市場、特に現在成長中で将来さらなる拡大が見込める市場(例えば現在の生成AIやAIエージェントなど)で戦うことが賢明です。
先発と後発では、それぞれ異なる特徴があります:
■先発プレイヤーの特徴
イノベーターとしての認知獲得
優秀な人材の獲得機会
業界知見の早期蓄積による競争優位性
参入障壁の構築のしやすさ
■後発プレイヤーの特徴
ビジネスモデルの実証済み
投資家からの理解を得やすい
先発の経験からの学習機会
より効率的なビジネスモデル構築が可能
ベンチャー、大企業の中のR&D部署/プロジェクトでは、先発プレイヤーに向いており、大企業、資金力のあるスタートアップは後発のほうが投資ROIがよい傾向があります。
ただし、先発プレイヤーになれる組織は限られています。先発には、純粋にイノベーションを追求する姿勢や、自社アセットを活用する視点など、後発とは異なる考え方が必要です。OpenAIの例を見ても、設立当初はNPOとして「AIの開発と利用を人類全体に利益をもたらすこと」をミッションとしており、現在の営利組織とは異なる姿勢でスタートしています。
事業責任者が常に考えるべきは「WHY NOW」です。なぜ今この市場に参入するのか、という明確な理由が必要です。自社の強みを活かせる新規事業であればよいですが、多くの場合、当初は差別化ポイントが見えない中でのスタートとなります。
プロダクトマネージャーとして最低限考慮すべき条件は:
大きい(成長する)市場であること
複数の勝者が存在できる市場であること
理想的なのは一発成功ですが、現実的には上記2条件を満たす市場に早期参入し、ドメイン知識やノウハウを蓄積しながら、将来の機会を確実に掴める態勢を整えることが重要です。
2. 利用頻度と顧客単価
新規事業は、最終的に大きな市場全体をカバーすることを目指しつつも、最初は必ず具体的な出発点を決める必要があります。STPフレームワークなどを用いて市場をセグメント化し、自社が攻めるべき市場を定義します。
この際に重要な評価軸が「利用頻度」と「顧客単価」です。この両方が低い市場は避けるべきでしょう。
1) 利用頻度の重要性
利用頻度の高いプロダクトには、以下の利点があります:
顧客獲得コスト(CAC)の回収が早い
チャーン(解約)率が低くなりやすい
他の領域への展開がスムーズ
典型的な成功例は、Tencentの電子決済サービスです。WeChat(メッセンジャー)の日常的な利用基盤があったからこそ、後発でありながら電子決済市場で成功できました。ユーザーの日常的な利用習慣を活かし、年玉機能やDidiとの提携など巧みな施策も展開。現在ではAlibabaの電子決裁サービスと同等の規模にまで成長しています。
ただし、これは絶対的な法則ではありません。日本では、LINE Payは高頻度利用のプラットフォームを持っていても最終的にサービス終了を迎えました。
■顧客単価の重要性
高い顧客単価を狙える市場があるならば、そちらを優先すべきです:
高単価のメリット:
高い利益率の確保
開発コストの回収が早い
技術投資や人材投資の余力
持続的な成長投資が可能
SaaS市場の例を見ると、Salesforceはエンタープライズ向けの高単価戦略で成功を収めています。一方、日本の多くのメガベンチャー(freee、MoneyForwardなど)は、エンタープライズ市場に参入できず、中小企業(SMB)市場を選択。特にスモール企業向けサービスでは、ユニコーン級の成長は難しい現実があります。
MoneyForwardの戦略変遷(個人向け家計簿を三井住友カードに140億円で売却した)からも、この市場選択の重要性が見て取れます。
3. 規模効果
規模効果とは、売上や顧客の利用量が十分に大きくなった際に生じる、顧客体験の優位性やコスト優位性のことを指します。規模効果と事業規模(取引額や顧客の利用量)の相関は、以下の3つのパターンに分類できます:
ネットワーク効果が強いモデル
臨界点を超えると競合との差が急速に拡大
最初に一定規模を確保できれば、その後の成長が加速
典型例:SNS。
線形的な規模効果のモデル
ユーザー間の競争関係がなく、ユーザー数と売上が比例的に増加
典型例:AmazonやOTA(オンライン旅行予約)
負の同方向効果を持つモデル
規模拡大に伴い、負の影響が出現し、一定規模で成長が頭打ちに
典型例:Uberや不動産売買。
不動産の流動性はAmazonや旅行OTAに比べて低く、基本ユーザーAが購入したら、売買に出さない限り買うことができません。
しかし、同じ事業でもフェーズによって異なるパターンを示すことがあります。例えば、ホテルや航空券の予約サービスを考えてみましょう。全くセグメントを区切らずに展開する場合は線形的な成長が期待できますが、新規事業として始める場合、BookingやSkyscannerなどの既存サービスがある中で、最初から全方位でのサービス提供は現実的ではありません。
そのため、多くの場合、高級ホテルに特化する、あるいは割安チケットのみを扱うなど、細かいセグメントを設定して事業を開始します。この場合、例えば割安航空券は人気が高く、ユーザーAが購入してしまうとユーザーBには販売できないため、いずれ成長の天井に突き当たります。その限界を超えるために、より広い市場へと展開し、通常価格帯のチケットも取り扱うことでTAM(総獲得可能市場)を拡大していきます。一休.comのホテル予約事業は、まさにこのような戦略を実践してきた好例といえます。
事業戦略を考える際には、自社が参入しようとする市場がどの成長パターンを示すのかを予め見極めておくことが重要です。それによって、どこで差別化を図るべきかがより明確になってくるはずです。
新規事業の成功は、市場選択から始まります。その選択には、WHY(事業目的)、WHAT(市場特性)、HOW(攻め方)という3つの視点が重要です。特に市場を選ぶ際には、規模の大きさだけでなく、市場集中度、参入タイミング、そして利用頻度と顧客単価、規模効果という要素を総合的に判断する必要があります。
プロダクトマネージャーには、これらの要素を深く理解した上で、自社の強みを活かせる市場を見極める目が必要です。完璧な市場など存在しませんが、適切な市場を選び、その特性に合わせた戦略を立てることができれば、持続的な成長への道が開けるはずです。重要なのは、市場を選ぶ際の判断軸を持ち、それを実践の中で磨いていくことです。