銀河鉄道は雨の中 其の八
八 宙に見える星の瞬き
雪の降るポラリスを抜けてまた雨の降る町まで戻ってきた。
汽車は再び北斗七星駅に立ち寄り、さっきよりも短い停車時間で発車していく。
「次は~牛飼い座町~牛飼い座町~アルクアゥルス駅に止まりまーす。」
車内アナウンスが響く、二兎吉はそのアナウンスを聞きながら窓の外を見続ける。
もう雨は殆ど止んでいる。
窓の外には白や赤や青や黄色など、多彩に彩られた星々が遠くで瞬いている。
視界の直ぐ目の前に広がるのはガスを纏った大きな天体や小さな岩石惑星、地球のような青く輝く星など色々な星達が居座っている。
それが幾千幾億と目の前に現れる。
目で追い切れないほどにたくさんの星達が現れる。
外を見ている二兎吉は目を輝かせながらずっとそれを眺めていた。
「ものスッゴい迫力と、ものスッゴい美しさ!惚れちゃう」
二兎吉はそう呟きながらホッとため息を漏らす。
「たまらない、こんな圧巻な景色を見れるなんてたまらない!ずっと見てても良いくらい、飽きない!!」
もう視界は外の景色に釘付けである。
二兎吉の顔にはもう曇りはなくなっていた。
今の自分を認めることが出来たから、もう、自分はこれで良いんだと認められたからそうなれたのだろう。
だから外の景色を精一杯楽しんでいる。
「ねえ、ニッちゃんもう少しで目的地に着くけど不安じゃないの?」
「ん?ニッちゃん??」
「ああ、ごめん貴方の名前は〝二兎吉〟だから女の子だったらどう呼ぼうかなって考えてたらこうなっちゃった。」
「んっ、そっか、私ね不安はあるけどあまり気にしないようにしてる。考えすぎちゃうと自分も暗くなるし、考えすぎずにいた方が気持ちが楽だって知ったから」
ヌラはそんな二兎吉の言葉を聞いてハッとした。
今までとは雰囲気が変わっていた。
女の子になったからとかそんなのではなく、二兎吉に纏わり付いていたマイナスな雰囲気が綺麗さっぱり無くなっている感じがしたのだ
何故か二兎吉の体がいつもより大きく見える気がする。
そう思いながらニコニコしている二兎吉をヌラはじっくりと見ていた。
すると二兎吉は椅子から飛び降りてヌラを見てニッコリ笑った。
「ねえねえ、そう言えばこの汽車展望デッキあるんだよね?私そこ行きたいから一緒に行こう」
そう言ってきたその時だった。
二兎吉の後ろから急にヌッと現れた何者かの影にヌラは背中の毛を逆立たせ飛び退いてしまった。
それに反応するように後ろを向いた二兎吉はその影の主を確認した。
「邪魔だガキ!どけろ!!」
そう言って二兎吉の頭をわしづかみにして払いのけた。
「あいつは〝くだん〟だ!ニッちゃんあの妖怪は達悪いから絶対絡んじゃだめだから!だから早く展望デッキ行こう」
「イヤっ!あんな投げ飛ばされ方されて許せると思う?私は嫌!言ってくる。」
「え!ちょっ!ダメだって!!ニッちゃん」
二兎吉の気持は大きくなってた。
気持ちがさらっと晴れたから、ありのままの自分でありたいから、自分の気持ちに正直になりたくて許せない気持ちをくだんにぶつけにいった。
「ぬえおじさん!なんであんなことするんですか、「どいてくれませんか」くらい言えないの?」
「ああっ?なんだぁこのガキがぁ!」
くだんの威圧は異常だった。
何かにイラついてる感じで、誰彼構わず殴りたいみたいな雰囲気が出ていた。
ヌラはそれを察知して二兎吉の前に立ちはだかって守ろうとしたが、くだんはヌラを見下ろして鼻で笑った。
「ふんっ、アホくさい!お前らには用事は無い!消えろ」
さすがに子供と猫に手を上げることはしなかったようでヌラの姿を見て手を引いてきた。
ヌラはホッとして二兎吉と共に立ち去ろうとした。
だが二兎吉はくだんを睨んでその場を動こうとしない
「ねぇニッちゃん!」
「ちょっとおじさん!一言謝るくらいしたらどうなの、人のこと投げ飛ばしておいてよくそのまま立ち去れるわね、非常識!!」
「ちょっ!なに言ってんのよ!そんなこと言ったらくだんが!」
二兎吉の言葉にイラッとしたくだんは一度二兎吉を睨み付けたが「チッ」と舌打ちをしてその場にあった椅子を殴り壊して何処かへ立ち去って行った。
「ちょっ!なんか言えこの非常識!」
二兎吉はそう言って立ち去るくだんをじっと見ていた。
「ねえニッちゃん、頭くるだろうけどさ、とにかく展望デッキ行こう!」
ヌラはそう言って二兎吉の肩に飛び乗った。
二兎吉は強ばった顔をほどいてニッコリと笑ってヌラを見た。
「ごめんね、止めようって言ってたのにからみに言っちゃって!許せなかったの」
「ううん、大丈夫!ヒヤヒヤはしたけどなにもなかったから良かったよ」
二人はそんな気持ちを互いに伝えて展望デッキへ向かっていく、ヌラは肩に乗りながら二兎吉の横顔をずっと見ていた。
「キリッとしたなぁ、迷いが無い顔してる。」
ヌラはそう心に思っていた。
しばらく歩き展望デッキに着くとそこには壮大な景色が広がっていた。
360度何処を見ても星だらけ、壁も天井も無いように見える。
いったいどうなっているのか気になる構造だ。
二兎吉とヌラは圧巻なこの光景を見上げながらノロノロと展望デッキを歩いていた。
すると二兎吉は何かにぶつかり尻餅をついた。
「いったぁ!ごっごめんなさい」
思わず謝った二兎吉はその目の前にさっきのくだんを見た。
さっきのように、いもいわれぬ表情で二兎吉を睨み付けていた。
二兎吉はハッとし飛び起きるとくだんを睨んで何かを言いかけよいとした。
「ああっ・・・さっきは悪かったよ、謝るからもう許してくれ!」
くだんはため息をついてそう言ってきた。
二兎吉は想定外な事が起きてポカンとしていた。
ヌラもまたおこってしまった状況にヒヤッとしていたが拍子抜けした返答にビックリして鳩が豆鉄砲をくらったかのような表情をしていた。
「悪かったよ、俺は牧場主でな!昨日誤って逃がしてしまった牛の事考えてイライラしてたんだ、もう取り返しなんてつかないのにどうにかしようと思って考えすぎてた。」
二人はそんなくだんの理由を聞いて表情がかわった。
「いいえ、誤ってくれたからもういいんです。そこまで話してくれてありがとう」
二兎吉は強ばった表情をほどいてそうくだんに投げかけた。
するとくだんはその場にあった椅子に体の力を抜くように座り込み空を見上げた。
「綺麗だよな!イライラしてたからさ、これを見たくてここに来たんだ、この景色を見てると落ち着くからな」
「綺麗ですよね。見とれちゃう、私もこの景色好きだな!ずっと見てたいくらい」
二兎吉はそう言いながらくだんの隣にそっと座った。
二人はなにも言うわけでもなくただひたすら外の景色を眺めていた。
次の駅に着くまでずっとずーっと
ポラリスから牛飼い座街までは5時間以上ある長旅だ、二人はその間なにも喋ることはなかった。
ただ景色を見てため息をつくばかりだった。
二人から出るため息の色はまた違う
くだんは仕事へのストレスによるため息
二兎吉は綺麗な景色に見とれてしまてのため息
人によってその色は違う、ヌラはそんな二人を見ながら周りにポツポツといる人達を眺めそんなことを考えていた。
それからしばらくての事、汽車がアルクアゥルス駅へと着いた。
二人はまだまだ景色を眺めていたが、展望デッキの空の一面が扉のように開いたかと思うと、そこには牛が立っていた。
いったいどんな状況なんだと思っているとその牛は口を開き精一杯の声で「もぉ~」と鳴いた。
「ん?今の声は!!」
牛の鳴き声に反応したくだんは景色を見上げていた首をさっと下ろし出入り口を見た。
「あ!おめぇハナコけ?昨日逃げたハナコけ?今までどごさいだったんだず!いがったぁ~ほんといがった!すんぱいしったったんだぞ」
くだんは急に東北なまりの言葉になってその牛の下に駆け寄っていった。
「ハナコ、逃げでねがったよ!牧場さずっといだった。お父さん勘違いしったったんだ!
はやく帰んべ、心配してハナコとむがえさきたんだよ」
そこにはくだんの奥さんらしき人も立っていた。
牛に繋がるリードをしっかり掴み、大人しく隣に立っているハナコという牛と立っていた。
そのハナコとかいう牛、奥さんにもかなり懐いてるようだし、大人しい雰囲気があるから到底逃げ出しそうにない感じがする。
きっとこのくだんは何処かへ隠れてしまったハナコが牧場から逃げ出したかと思って大騒ぎしていたのだろう
勝手に一件落着したくだん夫婦は、牛を連れて牧場へ帰って行く、ヌラはそんな二人を見届け、二兎吉が居る椅子へと歩いて行った。
「ちょっと!いつまで景色に見とれてるの!くだんさん、帰っちゃったよ!」
「え、ああ、うん・・・」
こりゃダメだ、二兎吉は完全にこの景色に溺れている。
周りが見えなくなっている。
ヌラは少し苦笑いし二兎吉の膝に乗った。
そして二兎吉の顔を見上げて一つ話をした。
「次はニッちゃんの目的地の乙女座街、そこまでの旅路は実は銀河鉄道最長で、一日ちかくかかる距離なの!だから心いくまで景色を眺めててもいいよ!」
ヌラはそう言って二兎吉の膝の上で眠ることにした。