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キックボクシング3章~初めてのジムへの入会~

 卒業から一週間、二週間と月日は流れ、高校の入学式が迫ってくる。大翔の侍刀会ジムへの入会予定日は、高校の入学式の前日。なぜ『高校受験が終わった直後から入会しなかったのか』についてなのだが、卒業式後でも三月の間はまだ中学生なので、柚奈先生がまだ大翔のキックボクシング部の顧問だ。
 今まで散々お世話になっていて、自分の進路が決まった途端に、柚奈先生とは別の人から教えてもらう。というのは、何だか柚奈先生を見捨てているような気がして、何と言うか、こう・・・・・・違和感があった。それで、大翔は高校生になってからジムに入会することにし、その趣旨を会長に話すと、会長がいる日が丁度高校の入学式の前日だったので、入学式の前日にジムに入会することになった。
 大翔はジムへの入会までに、できる限り戦える体になるように自主トレーニングを積み、鋼のような肉体を作り上げていた。
 今日の朝は10㎞走った、腹筋300回やった、背筋300回やった、あとは懸垂100回か。あと昼からはダンベル上げと50メートルダッシュと、・・・・・・。
 大翔は、日々のトレーニングは欠かさず行い、自分を極限まで追い込んだ。心なしか、中学生の部活をやっていた頃に比べて筋肉の付き方が違うような、少し付きやすくなったような気がした。高校生になるまでのわずか数日の間に、徐々に大人の体になってきたという事なのだろうか。
 大翔は、自分の体を姿見で見て自信が付き、更なるステップアップをするためのジムで行うトレーニングの日が待ち遠しかった。それでもジムに入会するまでの間は柚奈先生が顧問。ジムに入会するまでの間はしっかり自主トレーニングを重ねた。そして、いよいよ侍刀会ジムの入会日である入学式前日になった。
 侍刀会は、午後十五時半から二十三時までの営業で、幅広い年齢層が集まる。八王子周辺では最大手のジムだ。
 大翔は、当日十六時にジムに来てほしいと言われている。部活では経験できなかった強者とのスパーリングではどれくらい戦えるだろうか。本気で世界を狙って集まっている他の選手と互角以上の力で渡り合えるのだろうか。など、様々な不安を抱きつつも、予定していた時刻と同時にジムに顔を出した。
 先輩方や、プロの方に変な奴だと思われないように、最初の挨拶が肝心だ。落ち着いて、礼儀正しく、尚且つハキハキとした挨拶をしよう。
 大翔は扉を開けると、真っ先に挨拶をした。
「今日から新しく入会させていただきます。黒川大翔です。よろしくお願いします」
 大翔はゆっくりと頭を上げると、衝撃的な光景を目の当たりにした。
 そこでは、十人近くのキッズたちがキャーキャー言いながら走り回っていた。
「あれ? 幼稚園? プロ? 先輩? あれ?」大翔が混乱していると、中にいた二十代くらいの男性会員の方が声を掛けてくれた。
「はははっ。君、相当緊張しているみたいだね。今日が初めて? もう一回名前良い?」
「はい、黒川大翔です」それを聞いた会員さんの顔つきが変わった。
「君が黒川君か、会長から聞いてるよ。今日から入会するんだよね。僕は戸田(とだ)宏(ひろし)、よろしく」戸田さん右手を出したので大翔も右手を出した。
「よろしくお願いします」そう言い、大翔がその手を握った瞬間、その手のゴツゴツした手の感触から色々なことが頭を過った。
 何でこんなに手が分厚いんだ。どれだけ練習と重ねたらこうなるだ⁉ 今からこの手になる程の厳しい修練が待っているのか⁉
「戸田くん、何をしているんだ」別室から大翔をスカウトしてくれた、会長の庄川(しょうかわ)康(こう)太(た)さんが顔を出した。
「会長が言っていた黒川君ですよ。もう来てくれましたよ!」会長は大翔に気が付いたようで、驚いた様子だった。
「おお! 黒川くんか! そうか、もうそんな時期か、そうかそうか」そいう言いながら会長が大翔の所に来たので、大翔は会長に挨拶をした。
「自分のこと誘ってくれてありがとうございます。黒川大翔です。よろしくお願いします」
「うむ、それじゃあ早速なんだが、カバンをロッカーに入れてグローブを嵌めて来てくれるか?」
「分かりました」大翔はカバンをロッカーに入れ、タオル、グローブ、バンテージ、水を持ってロッカールームから出た。
 大翔はバンテージを巻きながらも、若い大人が戸田さん一人しかいないことが気がかりで仕方なかった。ジムの殆どの人がキッズ、中には見るからに幼稚園児(ベイビー)でおむつを履いている子もいた。バンテージを巻いている戸田さんに、このジムの不可思議な状況を聞いてみることにした。
「あの、戸田さん、このジムって大人の人いないんですか?」
「いや、そんなこと無いよ。この辺りじゃ他のどのジムよりも多いし、プロの選手もたくさんいるよ。殆どの人が今はまだ仕事中で来てないだけだよ」
 そっか・・・・・・この前まで中学生だったから気にしていなかったけど、キックボクシングだけで食っていける人は殆どいないって聞くし、多くの人が仕事と掛け持ちだって聞いたことあったな。あれは本当だったんだな。
「それと、俺の事は戸田さんじゃなくて宏さんって呼んでくれる? その方が親近感が沸くからね」
「分かりました。そうします!」
「じゃあ、俺も大翔って呼ぶよ。それとも苗字の方が良かったかな?」
「いや、大翔でお願いします!」
「うん。それにしても大翔は随分聞いていた印象と違うね。礼儀正しいし、真面目そうだしびっくりしたよ」
「印象? どういう風に聞いていたんですか?」
「喧嘩っ早くて、自分にたてつく奴だったら誰にでも手を出す奴だってことかな。もしかしたら人違いだったのかも」
 何⁉ 俺が喧嘩していたことがバレているだと⁉
「・・・・・・申し訳ないです。・・・・・・それ、俺かもしれないです」大翔は上を向いて、涙目になった。そして、ジムの人から真面目で頑張る印象を持たれることを諦め、やばい奴認定される覚悟を決めた。
「やっぱりそうか(笑)、そんなに気にしなくていいよ。ここにはヤンキー上がりの人だって沢山いるし、そんなに珍しいことじゃないからね。それに、大体の人がキックボクシングをやるなら、何があっても手出しはしないって覚悟を決めるから問題も起こらないしね。大翔も明日から高校通うんだろ? そしたら退学になるリスクを負ってまで喧嘩なんかしないんじゃない?」
「勿論です。喧嘩は中学までって決めていました。高校は結構偏差値の高い進学校に入れたので、高校入ったら絶対喧嘩はしないつもりでした」
「やっぱりそうなんだ。因みにどこ校?」
「雷ノ辺(らいのべ)高校です」
「雷ノ辺⁉ 偏差値65くらいあるよね。そんなに偏差値の高い進学校によく入れたね。中学時代に相当勉強していたんじゃない?」
「まあ、元々授業はちゃんと出ていたんですけど、勉強はぼちぼちですかね。あと、このジムからスカウトが来たので、ジムから一番近い高校に通おうと思って、受験期には相当追い込みましたよ」
「なるほどね。よいしょっと」宏さんは立ち上がった。
「そんじゃあ、そろそろやろうか」
 大翔は宏さんがバンテージを巻いていたのを見て、真っ先に自分とスパーリングすることが分かった。
「分かりました。何オンスですか?」
「とりあえず十四かな。練習だけど試合に限りなく近い状態でやろうか」
 大翔はグローブを受け取ると、脚に脛当てをつけ、グローブをはめた。そして、リングに上がると子どもたちがリングの周りに集まってきた。
「今から試合するの~?」
「この人知らな~い」
「ぼくも知らな~い」
「お兄さん、宏くん強いから気を付けてね」子どもたちは二人のスパーリングに興味津々だった。
「ありがとうキッズたち」大翔はそう言い、キッズたちに手を振った。
 キッズたちは、嬉しそうに、何人かが手を振り返してくれた。鼻水をすすって返事をしている子もいた。
 この可愛いキッズたちのためにも、良いところを見せないとな。
 大翔がそう思っていると、会長がゴングを用意して、ゴングの前に立った。
「それじゃ、とりあえず三分一ラウンドで行こうかの」
「「分かりました」」二人はそう言うと、ヘッドギアを宏さんから受け取り、グローブを構えた。
 カン というゴングの音と同時に、二人はグローブを合わせた。

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