
愛国少年漂流記 宮脇 修
歴史の複雑さをまざまざと感じさせる青春回顧
太平洋戦争中の学生生活を描いたノンフィクションに近いであろう小説です。
開戦間近、中学卒業後は大学予科進学を希望していた著者は、たまたま南洋学院の生徒募集を目にし、フランス領インドシナのサイゴンにあった学校に入学することになります。
そんな学校があったことを読んで初めて知りました。
当時、アジアの指導者となる人材を現地で育てる目的で国が後押しし、さすがに官立にするわけにはいかないので私立として創設された学校です。
思春期の少年たちが体験する歴史の激しいうねりとエキゾチックな日々の暮らしのコントラト
日米開戦の前年に当たる昭和十九年、著者たちはインドシナへと向かいます。すでにアジアの緊張感は高まっており、少年たちを輸送する船団は南シナ海で潜水艦の魚雷攻撃を受けます。彼らは戦争の時代に生きていることをまさに実感するわけです。
辛くもたどり着いたサイゴンは、色鮮やかでエキゾチックな南国情緒あふれる風土にフランスのコロニアル文化が刻まれた異国。今からおよそ八十年前の少年たちにとっては楽園そのものです。
スコールが去って日差しが戻ると、濡れた街の色とりどりがより一層鮮やかに浮かびあがります。そんな街で異文化に触れながら少年たちは学園生活を送るのです。
少年たちは転進という名の退却で、南方アジアを回遊魚のように彷徨う。
追い詰められた退却を転進と言い換えたのは辻政信だったと言われていますね。参謀だった瀬島隆三は、その場しのぎの言いかえを嬉々として受け入れていたことが、日本軍をあり方を象徴していると総括していた記憶があります。「太平洋戦争の実相」だったっけかなぁ…。
そんな転進の言葉が生まれたアジア戦線に、楽園の青春時代を過ごしていた少年たちが放り込まれます。そこから生き延びるための現実と向き合うことになります。
大きな話題になった本でも、たくさん売れたわけでもありませんが、令和の今もこの本のなかの戦争はとてもリアルに感じられます。
2003年の初版です。