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日常に小さな楽しみを |【短編小説】


わが子と普通に話せなくなって、かれこれ半年。大して広くない自宅マンションの中でも、会えなくなってから、3ヶ月が経過するだろうか。

口を開けば喧嘩になる。
だから家でも隠れられてしまうのだろうということは、察してはいるけれども、お互いに意地の張り合いで、自分たちではうまくいかない。

父親として不甲斐ないという思いから、今日は仕事に行けなかった。


『はあ…。これじゃあ、不登校な息子と同じ状態じゃないか。』

なす術なく、ため息をついた。息子にも、示しがつかない背中だ。

この状態で、家に帰るわけにはいかない。

今は、どこにも、自分に居場所がない気さえしてくる。

とりあえず、公園のベンチに腰掛けて時間を潰すことにした。


どれほど時間が経ったのか。街には、昼食を求めて飲食店に向かうサラリーマンの姿が増えてきた。時計を見ると、ちょうど正午を回ったところたった。

こんなに悩んでいても、答えが出ないことがあるものだろうか。お腹も空いてきたような気もするが、今の自分が食事をするに値しないような気もして、食事のことを考えるのは自重したほうがいいのではないか。


にゃあ。


『えっ?』
驚いて、つい声が出てしまい、とっさに口元をおさえた。足元にいた黒猫が、こちらを見ている。


この黒猫は見たことがないのだが、なぜ自分に寄ってきてくれたのか。撫でてみると、自分の心が少し落ち着きを取り戻してきた。

少しは親しくなれるタイプの黒猫かと思ったが、ヒョンと離れて、歩き始めてしまった。

なぜだか、少し歩いても、こちらを見返してくる。やけに気になってしまい、ついて行って見ることにした。


黒猫に導かれて、歩き始めて10分ほど。小さな建物の前にたどり着いた。そこまで怪しくは見えないが、なにかのお店なのだろうか。

まるで黒猫が到着する時間を見越していたかのように、扉が開く。  

「いらっしゃいませ。良ければ、休んでいかれませんか?」
扉の向こうにいる男性から声をかけられた。

『えーっと…。ここは、何かのお店ですか?』

「申し遅れました。ここは、nanohanacafeと言います。日常をちょっと楽しく穏やかに過ごすための休憩所です。コーヒーや軽食とスイーツ、多少のアルコールを提供しています。もしかして、そろそろ休憩が必要なのではないてすか?」

な…なんのはなしですか??と問いたかったが、口に出すよりも先に、「まあ、ひとまず中に入って」と言わんばかりに、席に案内された。

こちらをひと通り見た店主と見られる男性から話しかけられた。

「ちなみに、今日はお仕事ですか?」

『あ…いえ。実は今日出勤拒否状態になりまして、休みを取ったんですよね。』

「そうでしたか。少しアルコール飲まれます?それともノンアルコールにされます?今日は、もうお客さまが来ないから閉めようかなと思っていたところ、みーちゃんが帰ってきたので、これもご縁かな。良ければ、乾杯しませんか。ちょっとしたおつまみなら、出せますよ。」

『ありがとうございます。家族に申し訳ないような気もするので、ノンアルコールで…』

「承知しました。少しお待ちください。」



流れで入店してしまって、お料理までお願いしてしまったけど、お客も入っていないみたいだし、この店は大丈夫なのだろうか。

店内を見回してみても、特段悪い印象はない。カフェなら、今どきの女性であふれそうなのに、なぜ客入りが少なく見えるのか。

メニューは見当たらなかったが、お店のおすすめとして『ちょっと寄り道セット』があるらしい。ドリンクとその日の気まぐれメニューがついて、1200円。なかなか良心的な価格だ。

ここに連れてきてくれたみーちゃんと呼ばれる黒猫は、水を飲みながら休んでいた。



目の前にカトラリーが並べられ、その後数分で、食事が運ばれてきた。

「お待たせしました。ノンアルコールのビールに、和風カルパッチョサラダに、魚介のアヒージョ、ジェノベーゼパスタです。サラダは、玉ねぎのドレッシングをかけています。最近知り合いの方にオススメされて食べてみましたが、美味しいですよ。本当は、サラダの後で、熱々の状態のアヒージョを提供すべきところなのですが、一緒に食べたかったので。さあ、乾杯しましょうか。」

『あ…はい。それでは、お疲れさまです。乾杯』

初めて会う人と相席でご飯を食べることなんてまったく想像していなかったが、気負いすることもなく、居心地良く食事ができたことが不思議だった。他愛もない会話で笑えるなんて、改めて思い返してみたら、久しぶりだったかもしれない。最近、家でも、仕事でも、張り詰めていたからなあ。

そして、何より、食事が美味しいということに驚いた。

自宅で妻が作ってくれるご飯以上に美味しいものはないと思っているけれども、味覚とは違う何かが反応している気がした。



テーブルの上にあった食事と飲み物は、気付くと、もうなくなるところだ。

時計は、16時を回っていた。
そろそろ…帰らないとな…。

『ごちそうさまでした。今日いただいたものは、こちらのちょっと寄り道セットでしたか?』

「あ、メニューも出せずに、お出ししてすみません。実は、新メニューの開拓中で、これはまだセット名がついてないものだったんです。気まぐれちょい飲みセットにしようかなと思うんですけど、これにいくらなら出しても妥当ですかね?」

『それ、客に委ねていいんですか。(笑) そうですね。夜間価格ということで、2000円でどうでしょう?』相手の提案に笑いながらも、まじめに考える自分に笑えてくる。

「いいですね。そうします。次、いらっしゃることがあれば、ぜひまたよろしくお願いしますね。」



『あの、最後に聞いてもいいですか?』

「はい。どうぞ。」

『あの黒猫は、自分に何かを気づかせたくて、連れてきてくれたんでしょうか。すごく楽しい時間を過ごさせてもらいましたけど、今から帰る場所は、そんなに楽しくないなと思ってしまって。現実に戻るのが、ちょっと億劫なんですよね。』

「今日の食事が楽しかったのは、いろんな距離感があったからじゃないですかね?家族とはいえ、別の人ですからねぇ。わからないものですよ、人って。でも、だから興味深いというか、知りたいなと思えるんじゃないですかね。」

『と、言いますと…?』

「今日、一緒に食べる予定で食事を準備しましたけど、大皿ではなく、一人分ずつ盛りつけました。飲み会とかだと大皿で提供して、お客さんに取り分けてもらうことが多いですが、今回はそれをしなかったです。もちろん初めてお会いしたからという理由もありますが、一番は、あなたというひとりの人を大切にしたかったからです。あと適度に居心地の良さを感じてもらうためには、距離感と心の余裕を保てたらいいなぁと思っています。毎日忙しいと思うので、なかなか難しいかなと思いますが、今日みたいな日があってもいいんじゃないですかね。あなたもですし、ご家族それぞれもですし。」

『なるほど…』

「まあ、焦らずに目の前のことを大切にしていきましょう。何もしなくても毎日太陽は昇りますし、そのうち春だって来ますけど、よーく見れば、ちょっとした楽しいことが転がっているかもしれないですよ。」 

『焦らずに…ですかね。』

「はい。帰り、お足元お気をつけてくださいね。」


店主の男性にお礼を言い、お店を出た。黒猫もお見送りしてくれていた。


『ちょっとした楽しいことか〜。毎日、1つずつ探してみようかな。』

自宅までの道中の景色が、いつもよりも明るく見えた。



noteの街に、こそっと生まれた不思議な喫茶店で起こるお話の集合体です。

合言葉は、「#なんのはなしですか  」です。


今回前後編分けずに投稿してみたのですが、一つの記事としては、ちょっと長過ぎる気もしています。

分けるのと、一つの記事で投稿するの、どちらが読みやすいですか?

回収のことを考えたら、言わずもがな、一つの記事にした方が、課長にお手数はかけないだろうなあと思っています。




【ちょっと寄り道 なおまけ話】


この物語の登場人物たちの多くは、noteの街にいるクリエイターからイメージして生まれています。

クリエイターさんからいただいているのは、わたしが勝手に想像する登場人物のイメージのみです。関係性はまったく異なっておりますので、悪しからず。


本日のお客様のイメージは、この方。

普段女性視点のお話を書きがちなもので、父親的なお客様に登場していただきたいと思いました。イメージをどなたから借りようかなと思った時に浮かんだのは、マイトンさんでした。

イメージを勝手に拝借しております。
ありがとうございました🍀


nanohanacafe店主のイメージは、この方。

皆様ご存知、noteの路地裏でなんのはなしです課を取りまとめているコニシ木の子課長です。
2025年初回収に合わせて、喫茶店をオープンしようと思いました。
間に合って、よかったです。
(回収、本当にお疲れさまですっ🍵)


黒猫のイメージは、こちら。

このアカウント主をモチーフにして創作しています。ふらふらしているのが好きです。普段は、創作ではなく、日常を多めに書いています。


黒猫の元飼い主のイメージは、この方。

※飼い主さんは、ただいま旅に出ていらっしゃるので、店主のもとに黒猫が預けられております。

※めぐみティコさんは、現在路地裏から離れられておりますが、ご本人からこの作品のシリーズ継続については、ご了解をいただいておりますため、お言葉に甘えて創作を続けさせていただいております。


最後までお読みくださり、
ありがとうございました!

ここまでお読みいただいたあなたに、
幸せが訪れますように🍀


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RaM
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