【インサイトコラム】令和に際して思うこと
元号が令和に代わり、気が付けばもう12月。いよいよ年の瀬に入りました。次の時代にどういう変化が待ち受けているのか。何年も経って振り返ったときに初めて、あの時がターニングポイントだったのかと気付くものだと思いますが、その変化の総量(分量・重量)はいまよりも加速度を増し、激しく波打つことは間違いないと思います。昨日とよく似た今日が来ると考え、変化を嫌うという姿勢が、これまで以上に枷になりリスクに成り得るであろう次の時代に、企業・ブランドは勝敗/成否/賢愚/善悪/美醜など、何に重きを置き、自身を評価し、市場・社会を牽引していくべきなのか。そして個人は挑戦/冒険/創造/権威/協調など、どのような価値観を大切にし、社会・企業組織と共存していけばよいのか。
「人類の意識が新しい段階に入ると、人々の協力体制にも大変革が起こり、新たな組織モデルが生まれていたのである」(「ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現」フレデリック・ラルー 著,2018年,嘉村賢州 解説,鈴木立哉 訳,英治出版)とあるように、我々リサーチャーも社内外を含めた新たな協力体制、存在目的(組織自体が何のために存在し、将来どの方向に向かうのかを常に追及しつづける姿勢を持つ:同著より引用)をいま以上に意識し行動に移さねばならないと思います。当然そこにはマーケティング・リサーチ”そのもの“の存在目的も問われており、模索・変革していかねばならないと思います。
顧客志向・クライアントファーストと言うは易く行うは難し
世間に流通している製品・サービスは、バリューチェーンやサプライチェーンに関わる多くの人たちの分業による協業により、生み出され市場に届けられています。もし、関係者が自らの利益や都合だけを考え、独り善がりな判断・効率化を図った場合、総体としてそれは“ムラ”を生み、他関係者に“ムリ”を強いることとなり、当初の目的・意図とはズレた結果になるなどの“ムダ”が出ることにつながりやすいと考えられます。各部門や個人が部分最適で判断・行動してしまう/所詮は顧客不在の最適化などは社内外含め今でもよく見聞きすることです。
その昔、水口健次氏(実務家,1932年~2008年)は以下のように語っておられます。
「製造、物流、調達、開発、研究、訓練、宣伝。これらは全部コストだ。会社というのは、コスト以外のなんでもない」
「この“全コストの負担者”を消費者という」
仮に、これらのバリューチェーンに関わる機能・部門間(つまり事業側)において“ムラ・ムリ・ムダ”が発生した場合、これは消費者(お客さま)と事前に約束していない事業側都合のコストとなります。そして最終的には商品価格に跳ね返ってきます。消費者(お客さま)が商品・サービスを購入する=コストを負担頂くわけですから、そのコストを負担して頂けなくなった会社・業界は必然的に潰れていきます。この原理原則は誰もが納得できるものでしょうが、残念ながら、組織が「顧客志向・クライアントファースト」という共通の価値ベクトル(大きさと方向を持つ力)で進もうとしていても、個々人が日々の仕事の中で忙殺され、この根本を失念し、責任ある判断・決定をしていない・わかったつもりになっていることが多いのではないでしょうか。
そして、リサーチ業界にも“ムラ・ムリ・ムダ”は、やはり存在します。特に“ムラ”はムリ・ムダの根源ですから、できるだけ排除しなければなりませんが、なかなか難しいのが現状です。
たとえば、Aさんが作成提案したリサーチ企画で案件を受注し(企画営業)、Bさんが実際に案件を担当する(実務担当)という縦割機能組織の場合、案件の難易度やマーケティング課題の抽象度が高ければ高いほど、クライアント側と企画側、そして実務担当側における理解齟齬(ムラ)が生まれやすくなります。なぜなら業界知見やリサーチ経験値、解析技術の熟練度、はたまた一般常識などの個体差があり、この個体差(暗黙知など)が案件理解度の齟齬につながりやすくなるからです。この個体差は“ムラ”を生む悪玉という側面があり、組織としては標準化・仕組化を促進させたいところではありますが、逆にこの個体差ゆえに“この人でなければならない”というその人ならではの強み・差別優位性を生むものでもあり非常に悩ましい問題です。リサーチ(主に定量)は統計ですから人によって得られるデータが大きく異なるということはありませんが、“分析解釈も誰でも同じ(金太郎飴)”ではリサーチ会社の差別化は図れないでしょう。
マーケティング・リサーチはマーケティングと共に発展する
今も昔もマーケティング・リサーチの主な存在目的のひとつは「マーケティングの意思決定に寄与すること」です。マーケティングあってのマーケティング・リサーチであり、その逆はありません。リサーチャーはマーケティングの意思決定を支援する黒子的存在ではありますが、近年では「リサーチ結果からマーケティング戦略・施策への示唆、見解を述べるべき」という考え方も広がり、その期待役割はFactという素材の提供に留まらず深くなっています。必然的にリサーチャーが必要とされる能力要件も広がっており、特にデジタル・マーケティングが拡大してきている現在、この能力要件の拡大は必須です。
人間の労働力による業務割合が大きい“労働集約型産業”の代表といわれるリサーチャー業務において、リサーチ案件数を「量的水準:リーチ」、案件難易度・案件深耕度を「質的水準:リッチネス」として捉えると、リーチ(X軸)とリッチネス(Y軸)は通常右肩下がりのトレードオフの関係にあります。案件難易度・深耕度が高いものは、1人当たりの投下する時間も多くなりますし、一方で、案件数が多いとリサーチ会社総体としてのリーチは高くなりますが、1案件当たりに投下できる時間は低くなりがちで、クライアントからの期待値を超えることが困難な状況に陥りやすくなります。こうしたトレードオフは、リサーチ価格の値付けが、質問数×サンプル数による従量課金的なものが主である現在では尚更顕著な現象です。
この「リーチ(情報の量的水準)」と「リッチネス(情報の質的水準)」という考え方は、日本マーケティング本 大賞2019 大賞を受賞した「1からのデジタル・マーケティング」(西川英彦・澁谷覚(編著),2019,碩学舎)にわかりやすく説明されており、インターネットの普及によってデジタル社会となったいま、トレードオフの関係にあった「リーチ」と「リッチネス」が分離できるようになったと言われています。また図1のように「デジタル・マーケティングが伝統的マーケティングに代わるべきものではない。2つは、認知、検討、行動、推奨という顧客の購買意思決定プロセスと企業との接点をみるというカスタマー・ジャーニーの全段階で、役割分担しつつ共存することが重要だ」(前出同著)と述べられています。この分業による協業(共存共栄)もその通りだと思います。
さらに消費者が信頼する情報源は「Fファクター」(Friends友達、Families家族、Facebook Fansフェイスブック・ファン、Twitter followersツイッターのフォロワー)といわれ、企業が発信するオウンド・メディアではなく、実際に購入し使用したユーザーボイスなどが信頼に値する情報とに変化してきています。
このFファクターやECのレビュー評価などの影響力を、近年、再燃しているアウトドア・キャンプ用品の購買を例に考えてみたいと思います(私自身の経験も含まれますが・・・)。キャンプ用品(テント,タープ,シュラフ,ランタン,ランタンスタンド,ペグ,焚火台など)は、当たり前ですが日用品ではなく、知識と経験がないと購入前の吟味が難しく実際に買って使用するまで、その善し悪しがなかなかわかりません。ですが、EC購入レビュー評価等を見れば購入前に知識を蓄えることができ、実際の使用感(重さ・サイズ感・強度・体感性など)や、テント設営方法・ロープの結び方までWeb上で知ることが可能になっています(実はキャンプ場探し・予約はもっと大変なのですが)。敷居が高かったアウトドア製品の購買がWeb上で完結できるようになり、モノよりコトという経験的消費が重視される中で、アウトドア・キャンプという経験や感動体験がSNSで“コトを共有”されることで、(他者の)欲望を掻き立て、繋げ、ひと昔前ならほぼ存在しなかった“女性キャンパー”という新規ユーザー層や、SNSで参加者を募り自由に集まり自由に解散する“部族キャンプ”と呼ばれるセグメントまで出現してきました。現在のデジタル社会だからこその再燃だと捉えることができます。
このように他者の経験上に自身の検討と行動を重ねることができる現在、「商品力で優位な立場を形成しようとするメーカー」よりも、「品揃え力と集客力で優位な立場を形成しようとする卸・流通小売」よりも、「知識と選択眼を持ち、且つ情報を拡散することが出来る消費者」を知る重要性は以前にも増しています。リサーチャーの可視範囲は実在するリアル空間(非Web空間)の消費者の発言・行動だけに留まらず、Web空間上の消費者同士の発言やつぶやき内容を知る・モニターすることも含まれるようになりました。その代表的なリサーチ手法に「ソーシャル・リスニング」があります。主にWeb上の会話・Buzz(バズ)を観察する「ブランドモニタリング」と、ある特定の調査目的に合わせて主にクローズドでプライベート・コミュニティを作り傾聴するMROC(エムロック:Market/Marketing Research Online Community)がありますが、自然発生的に生まれたSNS上の発言を分析する場合は、所謂調査を意識しない、消費者の生の声・批評などが分析対象となるため、(1)調査主体者が意図していなかった有益なFindingsが得られる、(2)競合動向も掴むことができる、(3)自社・競合のマーケティング施策(TVCM,キャンペーン,販促・イベント,新商品発売など)のインパクトを時系列的に把握することができるなどの様々な効果が認められています。たとえば、
1.実売結果が出る前に、認知や興味関心、理解・購買検討意向のアッパーからミドルファネルが強く育っているか
2.新製品・ブランドはポジティブに受け止められているのか等のパーセプション確認
3.興味関心から理解促進を生むような情報拡散は起こりそうか、そしてそれが消費者の“自分事化”に繋がりそうか、否か
などの判断につなげることが可能です。さらにはWeb空間という限定的ではありますがリアルタイム性が高いSNS上の動きからリアル空間でも多くの共感を獲得・派生し、結果として消費が生まれ、狙ったポジショニング、パーセプションが確立するというブランディングKPIのひとつとして考えることも出来うるでしょう。
マーケティング及びマーケティング・リサーチを取り巻く環境の変化は、言わずもがなインターネットとスマホ(アプリ)の出現が強く影響しています。インターネットは情報の流通量を飛躍的に増やしただけでなく、その情報提供者の価値をも高めました。消費者サイドでもSNS上でどれだけのフォロワーを有しているかがその人のメディア的価値を左右する判断基準になり、蓄積された情報の量・質が、フォロワーを含む仲間内における地位を決定することもあります(例:マイクロインフルエンサーなどのレベル分け)。さらに、Web上の消費者間ネットワークでは、情報が最も重要な価値となり、人気のスポットや流行りの食べ物・動画、仲間同士の噂話、世間のゴシップetc…。それを知っている者と知らない者の間に線を引き、様々な種類・レベルのグループ形成の基点となっています。これは従来の画一的なマス・マーケティングの行き詰まりを意味します。つまり、マーケティングの出発点であるSTPは、従来のデモグラフィック属性で括られる顧客属性単位(性別、年代、地域など)だけではなく、顧客の嗜好等を反映した多元性を横串にするインサイトを発見することが重要であり、そのインサイトからMM(マーケティング・ミックス)の策定までを見据えなくてはならないということです。そして特にデジタル社会では消費者理解だけではなく、施策策定(MM)までもが複雑になっております。
「行動経済学はマーケティングの別称にすぎない」フィリップ・コトラー
唐突ですが、ここで以下の問いに答えてみてください。
【1】
リンダは31歳の独身女性。外交的でたいへん聡明である。大学時代に哲学を専攻し、学生時代には、差別や社会正義の問題に強い関心を持っていた。また、反核運動にも参加したこともある。
Q.現在のリンダの姿を予想して、次のうち、どちらの可能性が高いと思いますか?
a.リンダは銀行員である
b.リンダは銀行員で、フェミニスト運動の活動家でもある
【2】
Q1.あなたは、まず10万円をもらった上で、次のうちどちらを選びますか。
a.50%の確率で10万円をもらう
b.確実に5万円をもらう
Q2.あなたは、まず20万円をもらったうえで、次のうちどちらを選びますか。
c.50%の確率で10万円を失う
d.確実に5万円を失う
【3】
Q.あなたは、どちらの手術を選びますか。
a.この手術は100人中10人が失敗する手術ですが、受けますか?
b.この手術の成功確率は90%ですが、受けますか?
【1】で可能性が高いのは「a.リンダは銀行員である」です。「b.リンダは銀行員で、フェミニスト運動の活動家でもある」はaの部分集合だからです。これはエイモス・トヴェルスキーとダニエル・カーネマンの有名な「リンダ問題」ですが、確実にa>bという確率であるのに「b」と答えてしまう人が多いのです。それはリンダが「外交的で聡明で哲学を専攻し、差別や社会正義の問題に強い関心を持っているなら、フェミニスト運動の活動家だろう」という「そのもっともらしさ」が、無批判的に適切な確率判断と置き換わってしまうからです。これはあるカテゴリーにおける典型的なイメージや代表例を直感的・主観的、しかも経験的に過大評価し判断や意思決定に用いてしまうということを指しています。我々がここから学ぶべきことのひとつは、新製品開発でよく使われるペルソナは、確実に仮説検証型リサーチ(定量・定性)を踏まえて作成すべきだということが挙げられます。ダニエル・カーネマンは「そのもっともらしいシナリオに基づいて予測をしようというときには致命的である」と警鐘を鳴らしており、リサーチを経ていない商品企画担当者の思いと仮説だけでは危険だということ、また分析結果の解釈は解釈する人の常識に左右されてしまう危険性があるということです。
次に【2】はQ1は「b」、Q2は「c」と答える人が多くなります。これは「プロスペクト理論」(Q1は損失回避性、Q2はリスク志向性)です。【3】は「フレーミング効果(文脈効果)」といわれるもので、表現の仕方ひとつで人間の判断・選択は大きく左右される事例を紹介しました(先のふたつの文章は同じことを述べていますが、当然bを選択する人が多くなります)。
これらの【1】~【3】は行動経済学において実証されている事例のほんの一部ですが、伝統的な経済学が“経済的合理性のみ”に基づき個人主義的に行動するといった前提に対して、それでは説明のつかないことを極めて興味深く説明しています。人間(消費者)がいかに状況依存的で、どれだけ多くの矛盾を抱え、無意識的に判断・行動しているのか、そのことに改めて気づかされますが、これはデジタル社会ではさらに増加している現象です。先のFファクターやECレビュー評価などが、デジタル社会の拡大により消費者が接する情報・接点が増え、消費者理解の総量自体が増しています。
このような環境変化において、消費者を取り巻く様々なデータ(オンライン上の情報およびオフライン上の情報)の統合・集積・分析はややもするとプラットフォーマーと呼ばれる企業(例:GAFAやBATHに代表される海外勢)が率先して進めていますが、人間の考え方・パターン・判断・行動を明らかにすることは、本来はリサーチ会社が行うべきことではないか?と思っています。マーケティング・リサーチとは従来型のアンケート調査だけではなく、ビッグデータ分析をも含めるべきであり、リサーチャーに寄せられる期待はますます大きくなっていることは間違いありません(期待を寄せられる存在にならねばなりません)。
冒頭に述べた” 挑戦/冒険/創造“という言葉群(個人の価値観)が予測不能で刺激的な出来事への旅路を意味するなら、我々リサーチャーはその可能性を持っています。しかし、そのような旅に出られるか否かは、我々の選択の結果であり、そのためには我々自身の能力を開発し、対応力を強化し、そして”ムラ・ムリ・ムダ“を生まないリサーチ組織であらねばならないと思うところです。
【参考文献】
西川英彦・澁谷覚(編著), 2019年, 1からのデジタル・マーケティング, 碩学舎
ダニエル・カーネマン, 2012年, 村井章子 著・訳, ファスト&スロー, 早川書房
フィリップ・コトラー, 2013年, 私の履歴書, 日本経済新聞 朝刊
フレデリック・ラルー, 鈴木達哉 訳, 嘉村賢州 解説, 2018年, ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現
古川一郎, 2018年, マーケティング・リサーチのわなー嫌いだけと買う人たちの研究, 有斐閣
古川一郎, 守口剛, 阿部誠, 2003年, マーケティング・サイエンス入門, 有斐閣
藤井保文, 尾原和啓, 2019年, アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る, 日経BP社
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