#120 笑って老いる人生でありたい
図書館に勤めていると、人生の先輩たちと接する機会が多くある。
その人のことはほとんど知らないし、本を貸し借りする間柄でしかない。
けれど、顔のしわを見ていると、その人の人となりがなんとなくわかる。
目尻に深いしわが刻まれている人ほど、僕ら図書館員に感謝の言葉をかけてくれることが多い気がする。
その目尻の深いしわこそ、今までの人生でたくさん笑って、たくさん感謝してきた証なのだろうと思う。
いいな、素敵だな。こういう人生歩みたいな。
しかしきっと、そういう人もさまざまな苦労をしてきたのだろう。
だけど、笑うことが苦労を乗り越えるために必要なのだと、心の底から理解しているのかもしれない。
映画「パリタクシー」に出てくるお婆さんも、まさにそんな方だった。
波乱万丈な人生でも、世の中を恨む瞬間が何度あったとしても、
笑顔を忘れないそんな素敵な人生が描かれていた。
「パリタクシー」はこんな話
パリでタクシー運転手をしているシャルルは、金に困っていた。
愛する妻と娘のため、週に6日もタクシーの中にいるものの、なかなか生活が上向くことはない。
彼は生きづらい世の中に怒り、常に眉間にしわを寄せ今日もタクシーを走らせていた。
そんな矢先、一つの依頼が彼に舞い込んでくる。
客を拾う前からメーターを回していいという太っ腹な依頼だったのだ。
どこか違和を感じるものの、金を稼ぐためなら背に腹は代えられない。
さっそくメーターを回し、依頼先の住所へ向かうと、現れたのはスーツケース1個をそばに置いた華麗な92歳のマダムだった。
向かうは老人ホーム。終活の場所だった。
そのまま行けば早く着くものの、マダムはことあるごとに「寄り道してくれない?」とお願いしてくる。
客の要望だし、距離も稼げるので仕方なくタクシーを走らせるシャルル。
その道すがら、マドレーヌは自身の人生を語るのだった。
甘く、切なく、そして苦しく――それをマダムは笑って語る。
その笑顔に、シャルルの表情も徐々に砕けていくのだった。
怒れば老いて、笑えば若返る
この映画はとてもシンプルだ。
登場人物もほぼシャルルとマドレーヌの2人。
場面もパリの街とタクシーの中と過去の回想のみ。
だからこそ、とても真っすぐに人生の苦難だったり喜びだったりを感じることのできる映画だった。
とりわけマドレーヌの人生は、本当に苦難の連続である。
初恋の相手である米軍の軍人とは離れ離れになるし、
その後結婚した別の男からは、子ども共々激しいDVを受けるし、
その男へ報復した結果、当時の男女格差に苦しむことにもなるのだから。
もし仮に僕がマドレーヌの立場に立ったら、生きることを諦めてしまうかもしれない。
もう生きていたっていいことがないと思ってしまうかもしれない。
それでも彼女は笑うのである。
そして、仏頂面に運転するシャルルにこう語り掛けるのだ。
この言葉を伝えるのは映画の序盤なのだが、マドレーヌの人生を知っていくごとに、この言葉の重みを強く感じるようになった。
辛いことがあっても一生懸命に生きてきたマドレーヌが言うのだ。
どんな苦難も、笑っていればきっと乗り越えられる。
笑うことは、人生における武器なのだと教えてくれるのである。
笑えるものを、自分で見つける
以前僕は他人の笑顔に気持ちを救われ、なおかつ笑顔になることでいかに自分の心をも豊かにするかという記事を書いた。
映画「パリタクシー」は、この記事に書いたことを再確認させてくれるような作品だった。
とはいえ、仕事が忙しかったり、シャルルのようになかなか人生が思い通りに行かなかったりすると、人は笑いから遠のいてしまうものだ。
メンタルが落ちていると、笑うことに拒否反応を起こしてしまうことだってある。笑顔の人を見ると憎いと思ってしまうことだってある。
僕は、そんな状態を否定しない。
なぜなら笑うことができないというのも大切な人生の一部だから。
ただ、それでもせっかく生を受け、限りある長い時間が与えられたのだ。
それを楽しくするために、自分から笑っていかなくては損だなとも思う。
そして自分が老いたときに、目尻に深いしわを刻んだ顔でありたい。
感謝を伝えてくれるご高齢の利用者や、マドレーヌのように。