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【創作小説コラボレーション】地上の楽園を巡る天使

こちらは、創作小説コラボレーションの本編です。

まえがきは、以下のリンクからどうぞ↓


本編に進まれる方は、どうぞこのままスクロールされてください。











🌸

人知れず、頑張っている者の目の前に、舞い降りる。
いにしえから存在するその天使は、相棒のあざらしとともに、世界を巡っていた。
彼女が創り出す装飾品は、身に着ける人を癒し、幸せをもたらすという噂があった。
これを知った権力者達は、彼女を求めて探したが、誰一人として見つけることはできなかったらしい。
そんな伝説が色褪せてきた頃、少女は天使を見つけた。
偶然にも、天使が再び地上に目覚めた、その日に。


🌸


イサベルは朝、海の波がうねる音で目が覚めた。
闇に飲み込まれるような不安を掻き立てるものではなく、潮騒が自然の営みを高らかに謳い、祝福を告げる鈴のような音色を響かせている。
しかし、この土地は漆黒の森に囲まれていて、木と花の香りが漂う場所であり、普段海とは縁のない場所。
外に出て、今も微かに聞こえる波の音を頼りに進み、森にいくつかあるうちの、ある湖で足を止め、わずかに揺れる水面をじっと観察していた。
水底をそっと覗き込むと、小屋の大きさはあるだろう大きな貝殻が、湖に差し込んだ太陽の光を反射し、それによって生成された水色の柔らかな光で、水の世界を照らす。
しばらくすると、口を閉じていた貝殻がわずかに開き、中から白くて小さなふわふわしたものが、こちらに向かってくる。
水面に身を乗り出し前傾した時に、バランスを崩して、身体が湖に傾いてしまった。
落ちる。
そのまま、水の中に吸い込まれそうになったところ、何かに支えられていた。


「きみ、だいじょうぶ?けがしてない?」
「あ……はい、大丈夫です。助けてくださって、ありがとう」


相手を見ると、驚くことに、白くてふわふわしたあざらしだった。
どうやら人間の言葉が理解できるらしい。


「よかった。そうだ、すなおちゃんにもあわせてあげたいな!きみ、とてもやさしそうなひとだから」
「すなおちゃん?……それは、あなたのおともだち?」
「うん、しろたんのいちばんのおともだち」
「あなたのお名前は、しろたん?」
「うん!きみはなんていうの?」
「私は、イサベルというの」
「イサベルちゃん、よろしくね!さっそくあんないするよ!」


しろたんは、イサベルにしっぽを掴むように言って、彼女を大きな空気のしゃぼん玉に包み、湖の底にある貝殻へと泳いでいく。
水の肌を撫でる感覚は、連日の戦いで疲弊している身体を癒すかの如く、潤いに満ち、柔らかな泡で人間を包む。
巨大な貝殻に近くなっていくにつれて、中の様子が見えてきた。
花の愛らしさを連想させる優しく淡いピンクと、穏やかな気持ちになれる爽やかな水色が、貝殻の中全体を彩り、所々に温かな黄金が灯ったり消えたりしている。
時々、その光の中に、漆黒と深紅の凛とした色合いも、明るく淡い世界の色彩の中に溶け込み一つとなる様子に、この空間を作り出した者の、大いなる意思を感じられるような雰囲気もある。
光沢が美しい白いテーブルには、イヤリングやピアス、ブックマーカーが、ゆったりと置かれ、壁にはサンキャッチャーが吊されており、水を通して届く太陽の光を散りばめ、周囲の空気をみずみずしい虹色に染め上げていた。
まるで、人間の喜怒哀楽すべてを、祝福しているかのように。
目の前に迫った貝殻が、わずかに口を開き、一人と一頭を吸い込み、水がクッションのようになって柔らかくその身体を受け止めた。
しろたんはその流れのまま、この貝殻に住まう、もう一人の住人の元にゆるやかに泳いでいった。
空気のしゃぼん玉がなくても、息ができることから、ここは水の中とは違う、また別の空間であるらしい。
イサベルはゆっくり立ち上がり、しろたんとしろたんを抱える人を目の前にした。


「しろたん、急に出て行くんだから……心配したんだよ~!」
「すなおちゃん、ごめんね。でも、そのこがみずうみにおちかけていたから、ついからだがうごいちゃって」
「その子?わぁ!久しぶりの人間さん!!」
「うん、そうなんだ~。このこはイサベルちゃん。さっきおともだちになったんだよ!イサベルちゃん、てんしのすなおちゃんだよ」


夕焼けを思わせる琥珀色の髪に、清水のように透き通った肌、薔薇色のチークとリップが、そこに可愛さを加えて、明るさと親しみやすさを引き立たせている。
神話に出て来る「天使」とよばれる存在の、厳格で堅い見た目とは対照的で、身近さと人間の温かさを感じられる雰囲気を纏っていることに緊張が解け、上がっていた肩がストンと降りた。


「あの、えっと……しろたんに、湖に落ちそうになったところを助けていただいて、それをきっかけにおともだちなって、こちらに案内していただきました。ごあいさつもなしに、貝殻の中に入ってしまって、すみません」
「ううん、いいの。久しぶりの眠りから醒めて人に会えるのは嬉しいし、それに、しろたんがなんの理由もなしに人間さんを連れてくるなんてこと、ないから。イサベルちゃんっていうのね。私はすなお、よろしくね」


挨拶を交わし、イサベルは、すなおとしろたんに連れられ、改めて貝殻の中を案内された。
ここに来る前から見えていた装飾品たちは、目の前で見てみると、繊細で優しい光を灯していて、人間をふんわりと包み込んでくれるような不思議で懐かしい心地に、胸がいっぱいになってくる。
「いつもたくさん頑張っているね」「笑ってくれてありがとう」という、光る石たちから、温かな声が聞こえる。


「ここに置かれている装飾品や雑貨は、すなおさんがお作りになったの?」
「うん、そうなの。誰かにとってのお守りとして、スイッチとして、癒しの存在になれたらいいなっていう願いを込めて、つくっているの」
「とっても綺麗ですね。それに、見ているだけでも心穏やかになりますし、癒されます」


すなおは、自分がつくったものを、あまりにも夢中になりながら、真剣に見ているイサベルを視た。
意図しているわけではないが、彼女の抱えるものが視えてしまうのだ。


「あなたは、どこかの国の王女さま?」
「え……どうしてそれを?」
「なんとなく。この世界に対して、あなたは自分が誰なのかを、示そうとしている。周囲はそれに反対しているけれど、それでも、自分の中で叫ぶ意思に従って生きている。きっと今まで、たくさんのご苦労を重ねて来られたのでしょうね」


イサベルは、そっと頭を撫でられて、目が潤んでしまい、泣きそうになっていた。
天使がこんなも優しく穏やかな存在であったことを、短い時間のやりとりの中で知り、今まで知識として教えられてきたそれとは違う雰囲気に、落胆よりも、自分と目の前いる天使との繋がりを素直に喜べる。
ここの装飾品たちが、どうしてこんなにも、あたたかな想いをまとい、持ち主を支え、共に歩もうとすることができるのか、それは、イサベルが今抱いている安心感と穏やかな気持ちでもって証明されていた。
ディスプレイを、改めてじっくり眺めていると、隅のほうにこっそり「ギフトラッピング承ります」の文字が、ちらっと花瓶に隠れながら、こちらを見ている。


「あの、これ……売り物ですか?」
「そうよ。自分へのご褒美にも、誰かへのおくりものにも、花を添えられたらいいなって思ってね」


誰かへのおくりものと聞いて、急にユウリを思い出した。
そういえば、ユウリもアクセサリーを見るのが好きで、いろいろな地方や外交先の店に立ち寄り、イサベルに似合いそうなアクセサリーや小物を見るのが楽しいと言っていた。
何回かに一度、お土産で買ってきてくれることもあって、その度に自分の好きなモチーフをきっちり押さえてくる彼女の情報検索能力に脱帽するばかりの一方で、自分には、そうした時間をかける人などできないだろうと思っていた。
頭が今、このアクセサリー達を前に、ユウリへのおくりものについて、早急に計画を立て始める。
ただし相手は、毎日のように王族貴族の子息や令嬢から、贈り物や貢物を受け取っているのに対して、自分はプレゼントを介したやり取りについて、全くの素人だ。
人になにかを贈るにも、どういうふうに決めるのかを正解を求めてしまう自分が、なんとも情けなくなってくる。


「なにか、迷っているの?」
「え?」
「なんだか、なにかに迷ってるような様子だったから。無理にお買い物しなくても大丈夫だからね。それにゆっくり見ていってくれたら嬉しいから」
「あの……すなおさん」
「なぁに?」
「自分が好きな人……その、恋愛関係ではないのですけど、お礼の気持ちを込めて相手にアクセサリーをプレゼントするのは、おかしいでしょうか?」
「そうね……時と場合、あとは相手との立場によるけれど、贈りたいと思っている人は、どんな人かしら?」
「私と仲良くしてくれている女性。彼女とは主従関係で、そもそも騎士ではないのに騎士になってくれて、複雑な立場でありながら、私に本当によくしてくださっているの。前に、彼女からブックマーカーをいただいたことがあって、そのお返しに、すなおさんのアクセサリーで選びたくて。恥ずかしいですけど、私、こうしたやりとりを全くしたことがなくて、なにをどう選べば正解なのかがわからなくて……不安なんです」


不安の上に恥ずかしさも加わって、うつむきかけた顔が、さらに下を見ようとする。
首が固まり、顔を上げにくくなって、逃げたいと思った時、しろたんが、イサベルに向かってぽよんという泡の音を立てながら、ぶつかってきた。
ほどよく冷えた白く柔らかいものは、熱に浮いた緊張をもみほぐしてくれ、刺激過多で震える身体の、やわらかなクッションとなって寄り添い支えてくれる。
身体の自然な流れに沿って、しろたんを抱きしめながら顔を上げると、天使がとても嬉しそうな眼差しで、イサベルを見つめていた。


「ふふふ、お相手の人は、よほどイサベルちゃんに大切に想われているのね。どんなものを贈れば喜んでもらえるか、迷って貰える人なんだ~」
「あの……変だって、思わないんですか?」
「全然変じゃないわ。むしろ、とても素敵。そうね……雰囲気から選んでみるのはどうかしら?例えば、その彼女はイサベルちゃんから見て、どう見えているとか、どんな雰囲気を纏っている人なのかを感じてみて、その感覚に似たアクセサリーをあげるのは、どう?」
「えっと……あっ……それなら!!」


そう言いながら、ある方向へと一直線に歩き出した。
実は、ユウリに重ねて見ていたアクセサリーがある。
絶対的な強さと美しさと、時折くしゃと表情を崩す無邪気な笑みを、そのまま装飾の宝石として体現されたもの。
手に取ったのは、オニキスとガーネットに白くて可憐な花が添えられたピアスだった。
「これを」と言いながら持っていくと、すなおは懐かしそうに言った。


「あぁ、それだったんだ!どおりで私とのお付き合いが長かったわけね~」
「あの……購入が出来ないものなら、棚に戻しますので」
「ううん、このピアスとの時間が長かった理由がやっとわかって、スッキリしたの。キミはイサベルちゃんの手に渡って、彼女の大事な人の元へ行く予定だったんだね。そっかそっか」


ラッピングのため、一旦天使の手に収まったピアスは、自分を創り出してくれた主に、今までのお礼と、これから行く先で楽園を作ってくると言わんばかりに、布で拭いてもらいながら輝いている。
白い台紙に載せられ、深紅と漆黒の2本のリボンでおめかしされたピアスが、しろたんによって持ち運ばれた。


「そのこ、イサベルちゃんからピアスをもらえるの、きっとよろこんでくれるね!」
「ふふふ……そうなったら、嬉しい」


ユウリを思い浮かべていると、なんとなく、地上に戻りたい気持ちになって、水面を見上げた。
店が、あちらこちらで生まれ出た真珠の泡にみるみる包まれ、建物が大きく柔らかい泡に姿を変え、縮小し始める。
泡は優しいピンクやふんわりした水色、温かな黄色などに変化して、湖の底を再び温かい空気で満たしていく。
突然起きた空間変異に、状況を把握しようと周囲を確認していたら、いつの間にか目の前には、しろたんを抱えたすなおが、優しく微笑みかけていた。


「すなおさん、これは……」
「私のお店はね、自分の内なる地上の楽園を追って、流れゆくの。固定されないのはそのため。ここでは、あなたにとっての、地上の楽園を作るお手伝いができたから、多分、次の地へ行きなさいって、言われているんだわ!」
「地上の、楽園?」
「ええ。イサベルちゃんが、日常の生活に疲れたときに帰りたくなったり、誰とも戦わなくていい、穏やかで優しい場所や人と一緒にいる空間こと。それは、目では見えなくても、心が行く先を知っているから」
「もう……行ってしまわれるのね」
「うん!いつも人知れずがんばっているやさしい人の元に、ね」
「ピアス、一緒に選んでくださってありがとう。必ず彼女に渡します。また……またいつか、会ってくださる?」
「もちろんよ!Heaven on Earth地上の楽園は、いつもあなたの心の中に。また会いましょう、イサベルちゃん」


ピアスを胸の前で大事に持っているイサベルを、すなおとしろたんが、とびっきりふわふわもこもこの泡で包んで、地上へと送り返す。
イサベルを柔らかく包んだ泡は、幾重にも七色のプリズムを見せ、目の前を、清らかな桜色と純白で、彼女を受け入れた。
それと同時に、イサベルの意識は、ゆっくりと遠のいていった。



鮮やかな翡翠色の草が、そよそよと気持ちよさそうに、風に靡いている。
湖から少し離れた野原に、自分は今倒れていると、認知する。
先程の出来事は、鮮明過ぎる夢だったのだろうかと思ったが、手には確かに、ピアスを持っている感覚がある。
漆黒と深紅は、イサベルのそばにいることを、その深い輝きを以て伝えていた。
もう一度、湖に近付き、店がなくなっていることを確認するため、身を乗り出した時だった。

「ちょ!危ない!」
「わっ……!」

肩をしっかり抱き止めている手には、深紅と漆黒のマニキュアが艶やかに輝く。
知っている感触とその声は、今、一番会いたかった相手。

「ユウリ……いつの間に来ていたの?」
「たった今。もー、はまるんじゃないかと思って、超びっくりしたんだから。湖に、なんかあった?」

心配して覗き込むユウリに、イサベルは真っ直ぐ見つめて言った。

「このピアス、あなたへのお返し。ユウリにとっての、お守りになってくれますように……」



🌸


しばらく経ったある日、すなおはしろたんと、美しく穏やかなピンク色の月を、のんびりと眺めていた。
2人で時々短い言葉を交わしながら、ゆったり流れて行く時間に浸っていると、物陰から人の足音がしたのを聞いて、急いで気配を消して、隠れて様子を伺った。
ここに来たその女性は、すなおの元を旅立ったオニキスとガーネットのピアスをゆらめかせ、麗しくもうっとりとした表情で、自分たちと同じく、月をのんびり眺めている。


「すなおちゃん、このひと…」
「しーっ!声をあげたら見つかっちゃう!そうよね。多分、イサベルちゃんのおともだち」
「あれ?誰かいる?」


すなお達の姿は見えていないが、1人と1頭がいる方向に向かって声をかけるユウリに、必死に息を抑えながら、視線を別の方向に向けてくれる時を待つ。
ユウリは再び月に視線を戻した。
その眼差しは、愛しさを含みながらも、恋焦がれているような甘さを纏っていることに、陰ながらその想いが成就するように、応援したい気持ちになる。


「ピアスをくれたキミ自身が、僕にとってのお守りなんだよイズー…………おかげで、今日はいろいろ助かっちゃった~。さて、残りの仕事ちゃちゃっと終わらせて、愛しの女王陛下に会いに行こぉ♬」


伸びをしながら、しばしまったりするユウリの姿を、すなおとしろたんはそっと見守っていた。
ピアスから伝わってくる感覚では、ユウリ自身も、大きな運命の輪が回る渦中にいることがわかり、イサベルのことも思うと、それぞれがお互いに対して思っている状態が、成就して欲しいと思わずにはいられない。
再び暗闇に戻っていく彼女の無事を祈りながら、新しい行く先を決めた。


「すなおちゃん、つぎのいきさきはきまった?」
「うん!しろたん、今回の旅も楽しく行きましょっ❤」
「わぁーい!たのしみー!!」


天使と相棒のあざらしは、ふわふわの泡に身を預け、水の流れがゆくままに、次の地へと向かっていった。
彼女たちは、今日も誰かの楽園を巡り、この世界をたゆたい行くのだった。



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禧螺
クリエイターの活動費として、使わせていただきます。 また、日本を中心とした、伝統文化を守り後世にも残して参りたいですので、その保護活動費としても使わせていただきます。