ただいま。
先日は突然姿を現すという謎ムーブをかました。
とりあえず、またnoteを再開しようと思う。
noteの更新を止めた理由としては、主に次の2つだった。
①noteから離れる事でどうなるか気になった
半年ちょっと前からほぼ毎日noteの更新を続けてきた。
そのため、noteがある生活が当たり前になっていた。
「今日も何か書かなきゃな」という義務感により記事を書いた日も、なかったと言えば嘘になる。
時間もあるしそれほど苦痛ではなかったのだが。
そこで、noteから離れる事による変化が気になった。
まぁ興味本位のようなものだ。
②◯の準備
noteの更新を止めた後は、あわよくば心臓の鼓動も止められればいいなという気持ちがあった。
実はnoteから離れる決意をした際、ショックというか衝撃的な出来事があった。
今度こそいなくなりたいと思った。
しかしその後に、持ち直すような出来事もあった。
そのため◯にたい気持ちとまだいいかなという気持ちが行ったり来たりしていた。
そんなこんなで、noteから離れた後の選択肢は終わりへと一直線へ向かうものではなかった。
別の道。
もうちょい生きてみるか。
結局、そちらを選んだ。
選んでしまった。
今までの人生と同じ。
時折絶望的な苦痛に襲われながらも、騙し騙し生きるという、そんな生活。
ただ、辛い事ばかりではなく、楽しい事があるというのも事実。
明日の生活に困窮しているわけでもないし、もう少しだけ続けてみるか。
もちろん、チャンスさえあれば終わらせたいという願いは常にある。
希死念慮はいつだって私の胸に燻っている。
今後も苦悩し、病みの記事や闇の記事を書くこともあると思う。
その時は無理のない範囲で見守ってもらえれば幸いだ。
あと、noteから離れたら離れたで寂しいというか、自分の気持ちをアウトプットする場は欲しいと感じた。
思考の整理もできるし、脳が衰えるのを防ぐというか…。
そんな意味合いもあったりなかったり。
noteから離れる表明をした記事には、たくさんのコメントをいただいた。
嬉しいコメントばかりだった。
直接連絡してくれた人もいた。
優しくて、あたたかくて。
励ましてくれたり、寄り添ってくれたり。
一人一人への返信はしませんが、この場を借りてお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
そんな優しいフォロワーさんばかりのnote。
R.Sというアカウント。
これは私が築き上げた、尊い財産だと。
そう思えた。
(自画自賛)
義務感で書くのは大変なので、更新頻度は気まぐれになると思う。
何はともあれ。
またよろしくお願いします。