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短編・ショートショート

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小説を載せていきます。
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#掌編小説

不眠症の街

不眠症の街

「なあ、愛ってなんだと思う?」

 後ろのコンビニで買ったペヤングが出来上がるのを待っているとき、おもむろに達也が言った。

「随分難しいことを訊くね、それはお前のほうが明るいんじゃないか?結婚してるわけだし」俺はそう言ってからアルコールが回った頭で考える。「そうだなぁ、あー、そりゃ、まあ、あれだ――」

「――人がそれを『ある』と信じたいもの、あるいは『信じている姿そのもの』なんじゃないのか?」

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嵐の前

嵐の前

「さあ、じきに来るぞ」

 翼を無くしたペガサスがぼくに言った。ぼくは窓を開けて乾いた静寂に包まれた空を見上げた。そこには何もなくて、それだけが全てだった。

 頭蓋骨に響く「あらゆる憎しみをエネルギーに!」という声が、何らかの予感とともに心を通り過ぎていく。煙草を吸っても苦いだけだったけど、それでも吸っていないよりはマシだった。

 窓を閉めてそこにもたれかかった。ペガサスはあくまで己のプライド

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EMANON

 私に名前は無い。あったとしても必要ない。私はいつも誰かの代わり。別に私でなくてもいい。たとえるなら数学でいうx。

 たとえば会社。末端の私は、誰でもいい。でも、誰かが居なければいけない。会社という組織ならば、私以外の誰にでも当てはまる。

 友達。

 私にも友達はいる。

 でもたとえば遊びに誘われたときに私が断ったとしても、その友達は別の誰かを探す。私でなくてもいい。

 恋人。

 私に

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昨日と同じ今日、今日と同じ明日

昨日と同じ今日、今日と同じ明日

 日付が変わった。おれは家で夕飯を兼ねた晩酌をやりつづけていた。トリスクラシックのハイボールをひたすら飲んでいた。まるでそういう業務かのように。もやし炒めの盛られていた皿にはもう何もなかった。一時間前に寝る前の薬を飲んだが、眠気はやってこない。そもそも眠りたくなかった。

 レキソタン五ミリ一錠、リスペリドン三ミリ一錠、デエビゴ五ミリを二錠、ラツーダ二十ミリを二錠にサイレース二ミリを一錠。この五種

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HOPELESS

HOPELESS

 ちょっと待ってくれ、酒を用意するから。俺はね、酔わないと喋れないんだよ。ああ、これ? チューハイだよ。スーパーのプライベートブランドの。安くてすぐに酔える。俺のエナジードリンクだよ。ハハハ。ストロングゼロなんて高級品だよ。ストロングゼロが五百ミリリットルで二百十円だろう? そう、税込みで。そうそう。これは税込みで百三十円だからね。度数は九パーセント。まあ、中になにが入ってるかなんて知ったこっちゃ

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不思議な犯罪

不思議な犯罪

 1

 都内のあるビルの谷間で、歳は三十代半ばと見られる男の死体が発見された。争った形跡はなく、かといって自殺かと思えば、遺書も見つからなかった。死因は死体の状態からしてビルからの落下だと考えられた。しかし手がかりはなにもなく、原因もわからぬままで、ただただ不思議な死であった。

 不思議といえば、男の身元がわからないということもある。男はスーツを着て革の鞄を持ったまま落下したと考えられているが

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女は二人だけでも姦しい

女は二人だけでも姦しい

 吐き気とともに目が覚めた。起き上がり時計を見ると、いつもより十分早かった。それでももう、昼前だ。まあ、どうせ毎日日曜日だし、時間通り起きる必要はどこにもないのだが。

 口の中はウイスキーとゲロの臭いで充満している。頭痛もする。カーテンを開けると、わたしを馬鹿にするかのように青空が広がっていた。それから便所に行き、ゲロを吐いてから脱糞した。多少は気分がマシになった。

 冷蔵庫からミネラルウォー

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僕が人間であるために

僕が人間であるために

 深淵と、目が合った。

 僕を僕たらしめるすべてのものが壊れていくなか、深淵が僕を抱擁した。そこには温もりは無く、安心感も無い。愛情なんてあるはずがない。あるのはただ、絶望。底の底にある絶望。しかし僕にはそれが必要だった。それしか無かった。

 そのとき、僕は笑っていた。

「どうですか?」

 診察は主治医のその一言から始まる。どうもこうも毎日やるべきこともなくただ死ぬのを待っているだけの人生

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イッツ・ア・スモール・ワールド

イッツ・ア・スモール・ワールド

「10時になりましたので訓練を開始します。姿勢を正してください。おはようございます」

 皆がぼそぼそとおはようございますと復唱する。それからラジオ体操。そして訓練が始まる。

 おれはこの就労移行支援事業所に通い始めて半年になる。半年のあいだ、徹底的に自分を洗い出した。いわゆる自己分析というやつだ。自分史を書いてみたり、日々の体調をシートに記入したり、通院したりハローワークに相談に行ったらそのと

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My Happy Ending

My Happy Ending

「主文。被告人を懲役六年に処する――」
 もう、どうとでもなれ。
「――理由。被告人は――」
 あいつのいない人生なんて……。
「――被告人は山岸菜摘、当時三十一歳を殺害し――」
 でも、これでよかったんだよな。

 なあ、菜摘。



「佳祐、おはよー」
 眠たそうな目をこすりながら、菜摘は家から出てきた。
「おっせえよ!遅刻すんぞ!」
「女の子にはいろいろあるの! そんなんだと彼女できないよ

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翌日

翌日

「ねえ、こんなところで寝たら、風邪ひいちゃうよ」

 なんて言葉をかけてくれる人もいない。そうだ、おれは酔っている。酔っているときだけが、自分を自分でいさせてくれる。

 女なんて、とおれは思う。ホワイトホースの水割りを飲みながら。

 女なんて資本主義社会の権化じゃないか。自分の利にならなけりゃオサラバだ。しかし、それはただ単に男よりも女のほうが順応できる能力があるだけじゃないのか?

 おれは

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未来

未来

 就職が決まった。と、同時に彼女と別れた。「大学の受験勉強に専念したい」と言っていたが、どこまでが本当なのか。おれは一応、がんばってね、とLINEで送っておいた。

 やれやれ。祝ってくれるのは両親だけか。アホみたいなペルソナで就活を乗り切ったおれに、お疲れ様の一言でもあってもいいもんじゃないか?

 おれは来週には引き払う学生向けのアパートでアブサンをソーダで割って飲んでいた。つまみはない。そん

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イマジン

イマジン

 おれは不思議でしかたがない。

 ケンイチのスマホを返すと、おれはビールをすすった。

 こいつはこれで幸せなのか? 大したことのない大学を出て、就職に失敗して、やっと見つけたのは給料の安い仕事だ。恋人もおらず、友達も少ない。これじゃ底辺じゃないか。しかしそんなことこいつに言えるわけもない。

「この時期は花が安いから、つい買っちゃうんだよねえ」

 ケンイチは笑いながら芋焼酎のロックを飲んだ。

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純恋――スミレ――

 ダメになるとわかっていても、いざそうなるとこたえるものだ。

 肌を寄せ合うたびに、12月の夜風のようなむなしさが互いの胸をかすめていた。スミレが下着をつけるのを見るでもなく見ながら、おれは煙草を吸っていた。言葉は無かった。そしておれたちの関係は3年で終わりを迎えた。

 風の強い夜だった。街はやけにシャイなムードで、独り身となったおれは、吹き抜ける風に、なにかを掠め取られるような気がした。妙に

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