第50回 第4逸話『カリュプソ』 その8
肝臓肉を調理しながら、レオはミリーからの手紙の封を切った(中身は後ほど)。
そして、盆の上にパンとバターと砂糖とティーポットを乗せ、妻のところへと向かう。
愛する妻のセリフ
「遅かったじゃないの」(ところでモリーは朝からまだベッドから離れていない)。
「ところで君宛の手紙は誰からだった?」「ボイラン。プログラムを持ってくるんですって」
ボイランとは、興行師で、モリーの仕事の世話をしている男。
わざわざ手紙? ブルームん家はまだ電話がないらしい。
「君は何を歌うの?」「JCドイルと『あそこへ行って』を歌うの」
また実在した歌手の名が使われている。ご本人の許可を得ているのか不明(今もyoutubeで音源が聴ける。そんな歌手と共演できる人なのかモリーさんは)。
モリーはパンをむしゃむしゃ。
「葬式は何時なの?」「11時かな」
この後ブルームはかつての友人故パディ・ディグナム氏の葬儀に参列する。それにはスティーブンの父サイモン・ディダラスも同席する。
「それ見せて」
モリーは徐に何かを指差す。それは本らしい。室内便器の横腹に寄りかかっていた。
し、室内便器…。
そうブルームの家にはトイレがない。ここは集合住宅だが、トイレは庭に据えられた別の小屋にある。もちろん風呂もない。ブルーム夫妻は共働き。収入も悪くない。これは当時のダブリンでは平均的だったらしい(サリーおばさんが娘を風呂に入れてるって、先ほどスティーブンの独白だったけど、あれもなんかタライとかそんな物なのかな)。
だからといった寝室で用を足すモリー。外へ出るのが面倒なだけのとも言える。
話を戻して、モリーは本を捲りながら印をつけて置いた箇所を探す。
「あここ、Met him ~」
レオが返す「Met him what?(彼に会った、って?」
「違うこれよ。どこの誰?」
「あ〜これ人じゃない、輪廻転生(metempsychosis)だよ。元はギリシャ語らしいよ。人は死んでも魂は転生し続けるって意味」
「何それ?マジわかんねぇ!」
つまりmetempsychosisという聞きなれない言葉をモリーはうまく発音できなくて、レオはMet him(彼に会った)と聞き間違えた。
レオはその時見たモリーのぽかぁ〜んとした横顔に、昔付き合い始めた初々しい頃の彼女の面影を見た。ドルフィンズ・バーンは彼女との思い出の地(作者ジョイスの思い出の地でもあるらしい)。
レオはその本をめくってみた。エイミー・リード著『サーカスの花ルービー』。この本は実際にあった本です。サーカスの花形ルービーが、ショーの最中落馬事故で亡くなるというもの。
本には挿絵が付いていた。
”獰猛な男。鞭でルービーを打つ。サーカスなんて残忍なものだ。(昔見た)ヘングラー・サーカスの空中ブランコ。あれは目を背けたかった。口をあんぐりな群衆。(落っこちて)首でもへし折れば面白いのにって(あいつらどうせそう思ってんだろ)。(まあどうせ死んでも)輪廻転生ってか。
(ジョイスの書いた原文では、metempsychosisがmetamspychoisisになっている。
無い言葉。ジョイスは意図的に綴りを換えた。さっき”metempsychosis”を”Met him pike hoses”と聞き違えたことで、ブルームもそれに引っ張られempsyをtamspyと発音してしまった(脳内で)。
ジョイスの細かい言葉遊び。)
〜するのだから。
死後か…。人間の霊魂。
(三日前に死んだ)ディグナムの霊魂も…。
…続く。