第86回 『ユリシーズ』第6話『ハデス』その６
ヘンリー・メントンがランバートに聞いた。
「後ろでトム・カーナンと話してる男は誰だい？」
「ブルームだよ」
「思い出した。いつだったかやつと喧嘩したことがある。なんかどこかのパーティで。ゲームやっててなんかズルしたんだあいつ」
「奥さんがソプラノ歌手のモリー・トウィーディ（結婚前の名前）。知ってるだろ？」
「へぇ、確かあの時ちょっと踊ったな。確かいい女だったと思うけど。亭主は何してる人？」「新聞の広告取りさ」
「へぇ、何であんなつまんない男と」
メントンは昔モリーに気が合ったらしい。
墓地管理人ジョン・オコネルが一同が来るのを入り口で待っていた。
「また君に会いに来てしまったよオコネル（人が死んだことの遠回し表現）」サイモンが言った。
「よしてくれよ」
”オコネル。長い鍵二本も持ってる。誰も（死体）出ていかないさ。再入場の時の証明切符もいらないぜ（本当は墓泥棒予防の為の鍵）。人身保護令状（拘禁の疑いのある人を裁判所に提出する令状）は？ ここにいる人たち好きでここにいるんじゃないぜ（死人はみんないたくてここにいる訳じゃないからこれは拘禁にあたるんじゃないかとくだらない発想）。
二本の鍵。なんかキーズ商店の広告みたいだ。あそうそうあの広告の手配しとかなきゃ（この後7話で言及）。
あ封筒の宛先（キーズ商店の）住所ボールズブリッジと書いたっけ？ マーサ（文通相手）に手紙書いてたらモリー（妻）が不意に後ろにいて慌てた時あべこべになってやしないか？
あいつ髭を剃ればもう少しマシになる（突然オコネルの話に戻る）。この男の女房は、どうやって口説いたのかな。一緒に墓場で踊ろうよとか。初めは女もスリルを感じるかもしれない。周りを死者たちが囲む場所。墓場があくびをする時刻（ハムレットのセリフ）、亡霊たちが彷徨いでる。ダニエル・オコネル（政治家）の霊も。子孫らしいじゃんこいつ。
鬼火。死体から出るガス。そんな中じゃ妊娠（セックス）なんかできるか。女はひどく神経質になる。それでもうまく気をを引けばキスしてくれるかな。
墓場の中での恋。ロミジュリみたいに（ロミオとジュリエットのラストシーン）。
若いうちに始めとけば身につくのも早い（墓場でセックスして子供ができたら、生まれてすぐに死を学べるって？）。
死の只中において、我らは生の中にある。帳尻合わせ（生と死がひとつ？）。
でも見せつけられる死者たちには迷惑だぜ。飢えてる人の前で直火ステーキ。ネカフェでAV鑑賞（違うか）。モリーだって窓辺でやりたがる時があった（10年していない）。
とにかくあいつん家は子供が8人もいるんだ”
ここには一体何人の死体があるんだ。次から次へと埋められて。（死体を）立てて埋めればいいのに。その方がたくさん入る。やっぱダメか。
いつか地滑りで頭がにょっこり出てきたりする。
地中はすっかり蜂の巣状態。長方形の穴蔵だらけ。
でもこの墓地綺麗に整えてる。芝の手入れも縁も。ギャンブル氏（実在した人）は墓地を自分の庭と称してたっけ。中国じゃ墓地にケシの花を植えて最高級のアヘンが取れるんだって。
（人の）血が地面に染みこんで新しい生命（植物とか）を作る？
人によって価値が違う。保存のいい肥った死体。金持ち、美食家。
確かに死体肥料はいいだろう。骨に肉に爪から。
うっ、気持ち悪っ。
緑やピンクに変色しながら分解して。早く腐るのは湿った土地。痩せた年寄りは日持ちがいい。そのうち牛脂みたいなチーズになる。それからだんだん黒くなって糖蜜みたいものが滲み出て。
それから干からびる。
もちろん細胞とかは永久に生き続けるだろう。養分がなかったら、自分自身を養分にするのだ。
ものすごく蛆が湧くだろうなここ。あっちでもこっちでもうじが蠢いてるんだろうな。
この男（墓地管理人オコネル）はいつも朗らかな調子で眺めてる。自分より先に埋葬される連中を見て優越気分になるのさ。どんな人生観だよ、ったく。
故ジョンさん本日午前4時天国へ出発って。只今午前11時。渋滞にて未だ到着せずとか。
誰だって冗談も聞きたいし、最近の流行も知りたいだろ。果汁たっぷり梨とか欲しいもんだ。湿っぽくならずに済む。時にはこうやって笑った方が。ハムレットの墓掘りたちみたいに（オフィーリアの墓を掘る二人。掛け合い漫才みたいなやり取りをする）シェイクスピアはやっぱりわかっていたねぇ。
親父が死んだ時は2年ぐらい冗談を受け付けなかった（ブルームの父は自死）。
この男の死なんて想像つかない（墓地管理人の埋葬）。なんだか冗談みたい。
自分の死亡広告記事を見つけると寿命が伸びるらしい。
新規巻き返し、人生の契約更新ってね（てかない）”
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薄い知人の葬式に参列しただけのブルームさん。まあ出るわ出るわ迸る想像力！
続く。
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