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第81回 『ユリシーズ』第6逸話『ハデス』その1

 時刻=午前11時。サンディマウント(海岸沿いの町)にある故パディ・ディグナム家の前。

 故人を入れた棺を乗せた霊柩馬車を先頭に、会葬者を乗せるための馬車が2台停まっている。
まずマーティン・カニンガムが乗り込んで、次がジャック・パワー、「乗れよサイモン」と促されたサイモン・ディダラス、最後に遠慮気味なブルームが馬車に乗り込む。

マーティン・カニンガムとジャック・パワーは本書初登場だが、彼らは『ユリシーズ』の姉妹編とも言える『ダブリン市民』の中の一編『恩寵』の登場人物。サイモン・ディダラスはスティーブンの実父で、『ユリシーズ』の前編『若い芸術家の肖像』にて登場済み。
 棺を乗せた先頭車と2台の会葬馬車はダブリン市を横断し墓地へ向かう。

 墓地に向かうブルームは冥界へ向かうオデュッセウスに対応している。
 ディグナム氏および彼の葬式にはちゃんと元ネタがある。1904年7月10日に亡くなったマット・ケーンという人です。ジョイス親子とも知人で、二人は葬儀に参列している。


窓の外に目を向けるブルーム。
”みんな(近隣の家々)ブラインドを下ろしてる。隙間からおばちゃんが見てるぞ。気になるのかな。女は死体が好きだから。死ぬのが嬉しいのか。生む時は散々苦労させられたからな(出産)(うちも)モリーが支度するのだろう(自分の葬式を想像して)。ん? ああ石鹸か(尻に何か当たると思ったら、さっき買った石鹸だった)

  出発する馬車。

「どのルートで行くの?」とパワー氏。
「アイリッシュタウン。でリングズエンド、ブランズウィック通り」とカニンガム氏。

 通行人は皆、霊柩車に気づくと帽子を脱いで敬意を示す。
「奥ゆかしい習慣だねぇ」
 
 出発してすぐ馬車はアイリッシュタウン道路に入る。ブルームは何かに気づく。
「ディダラス、君の家の跡取りだよ」「どこだ?」
二人の視線の先には通りを歩くスティーブン・ディダラス。向こうは気づいていない。

 時刻は今午前11時10分ぐらい。”ユリシーズ時刻”で言えば、第3話『プロテウス』が終わった後ぐらい。じゃあスティーブンはこれから居酒屋「シップ」でマリガンたちと一杯やる訳だ。


「あのマリガンとか言うやつと一緒かい?」「一人みたい」「じゃおばさん家でも行くんだろ。グールディング一族さ。飲んだくれのケチな訴訟費用見積人(リチー・グールディング。おばさんの夫。サイモンの亡くなった妻の兄弟)。娘はクリシー、可愛いバカ娘。利口な子で、なんとパパが誰なのか知っている!(馬鹿にしたジョーク)」
ブルームは苦笑い。

 サイモン・ディダラスの元ネタはもちろん作者ジョイスの父ジョン・ジョイス。陽気でお喋り、ジョークが得意だった。

 ”リチー・グールディングの鞄。「グールディング・アンド・コリス・ウォード弁護士事務所」の名前入り(リチー・グールディングの元ネタはジョン・ジョイスの妻メアリの実兄ウィリアム・マレー。弁護士事務所の会計士だったが、見栄を張りたいがため自作の名札を貼っていた(ダサっ))
リチーも話にキレがなくなってきてる。歳だね。いつだったかイグネイシャス・ギャラハー
(この後も名前が出る新聞記者)とワルツを踊った時なんか腰をやられて、今も痛むらしい(3話での持病はこれ?)

「息子が付き合ってるマリガンとか言うガキは墜落しきった悪党だ。今度母親に手紙で訴えようかと思ってる」

 ”ベラベラうるさいやつだ。息子のことで頭がいっぱいなのさ。ルーディがもし生きていたら(ブルームの息子。1893年生後一週間で死去)…。成長を眺めて…、家の中を声が響き…、スーツを着てモリーと並んで歩く。息子の目に映った俺”

”俺から出たもの。偶然。多分あの日だ。モリーが窓辺で。外でオス犬とメス犬がやってて。横にいた巡査がにやり。ねぇちょうだいポールディ(ブルームの愛称)。あたしたまらないわ(その時のセックスがルーディを産んだと考えている)


 『ユリシーズ』の中心人物スティーブンとブルームが、一つの場所で確認できる最初。


 霊柩車と会葬馬車は、サンディマウント地方の故ディグナムの家から発車する。
『ユリシーズ』執筆時の作者ジョイスは、この家(ニューブリッジ通り9番地)が当時空き家なのを確認してここに設定した。
 そもそもサンディマウントをディグナムの家に設定したのは、霊柩車が市内北西にある墓地を目指す経路にて川を4本跨がせたかったから(ドター川、グラント運河、リフィ川、ロイヤル運河)。『オデュッセイア』第10歌でオデュッセウスがまたぐ冥界の4本の川と対応させるためだ。
さらにその後、”スティーブンとブルームがすれ違う”
というシーンを描くことを思いついたジョイスは、第3話で描かれたようにおばさんの家を南東のサンディマウント付近とし、そこから市街地へ向かうスティーブンを馬車上のブルームが見かけると言うシーンを作った。



続く。





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