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今井むつみ/秋田喜美『言語の本質』にて(オノマトペ)

認知科学には、未解決の「記号接地問題」がある。

認知科学者のスティーブン・ハルナッドは、人間が機械に記号を与えて問題解決をさせようとしたAIの記号アプローチを批判し、記号の意味を記号のみによって記述しつくすことは不可能であると指摘した。言語という記号体系が意味を持つためには、基本的な一群のことばの意味はどこかで感覚と接地(ground)していなければならない、というのが彼の論点である。p.124

ハルナッドの提起した記号接地問題は、子どもが母語を学習する際に実際に起こる問題でもある。意味を知っていることばを一つも持たない子どもは、まったく意味のない記号を使って新たに記号を獲得することはできない。言語と感覚とのつながりをまったく知らない子どもが、辞書を用いて言語を学習することは不可能である。p.125

ハルナッドは、機械が辞書の定義だけでことばの意味を「理解」しようとするのは、一度も地面に接地することなく、「記号から記号への漂流」を続けるメリーゴーランドに乗っているようなものだと述べている。他方、永遠に続くメリーゴーランドに乗り続ける状態を回避するためにすべての記号が身体に直接つながっている必要はないとも言う。最初の一群のことばが身体に接地していればよい。身体につながっていることばをあるボリュームで持っていれば、それらのことばを組み合わせることで、あるいはそれらのことばと対比させることで、直接の身体経験がなくても、身体に接地したものとして新たなことばを覚えていくことができるのである。p.126

―― 永遠のメリーゴーランド 第5章「言語の進化」

そこで、オノマトペが、言語のグラウディングに役立っている。

 絵本の作り方もこれと同じ構造をしている。0歳の乳児の言語学習の主眼は、おもに母語の音や韻律の特徴をつかみ、音韻の体系を作り上げることである。0歳児の絵本は意味を伝えるよりも音を楽しむ。
 1歳の誕生日を迎える頃から、本格的に単語の意味の学習が始まる。意味の学習を始めたばかりで意味を知っていることばがほとんどない時期は、単語の音と対象の結びつきを覚えるのも簡単ではない。オノマトペの持つ音と意味のつながりが、意味の学習を促す。
 2歳近くになると語彙が急速に増え、文の意味の理解ができるようになる。しかし文の中でも動詞の意味の推論はまだ難しい。そのときに、オノマトペが意味の推論を助けるのである。子どもを育てる親たちも、絵本作家たちも、そのことを直感的に知っていて、子どもの言語の発達段階に合わせ巧みにオノマトペを使って、子どもが必要とする援助を無意識に行っているのだ。pp.100-101

―― 絵本の中のオノマトペ 第4章「子どもの言語習得1」

そして、アブダクション推論が、言語を進化させている、という話。

以上、言語学的制約から自由になるために。つづく。