【本紹介】冤罪について考える本3選
10月に袴田巌さんの無罪が確定したこともあり、今年は冤罪について改めて考えさせられた年となった。
というわけで、冤罪事件(疑惑含む)について知る、考えさせられる本をご紹介します。
1.袴田事件
まずは、今年大きな話題となった袴田事件から。
⑴事件概要
袴田事件は、1966年に静岡県で起きた一家4人殺害事件の通称。
元プロボクサーの袴田巌さんが逮捕、起訴され死刑判決を受けたが、自白の強要や証拠の信頼性が問題視され、長らく冤罪が疑われていた。
⑵袴田事件について知る・考える本
『【完全版】袴田事件を裁いた男―無罪を確信しながら死刑判決文を書いた元エリート裁判官・熊本典道の転落』 著:尾形誠親
本書は、袴田さんの無罪を確信しながら心ならずも死刑判決文を作成し、約40年後に会見を開いて謝罪した元裁判官の熊本氏が主人公である。
熊本氏は裁判官を辞め弁護士に転職するが、飲酒と女性関係が原因で職と家族を失い、会見を開いた頃には生活保護を受ける身の上だった。
こう書くと、真面目で正義感の強い法律家が判決のせいで苦悩し転落…
というストーリーを想像してしまうのだが、事情はちょっと異なるようだ。
退官後の話ではあるが、家庭では頑固親父を通り越した横暴さで家族にあたっていた。
困った時に必ず助けてくれる人が現れているので人間的な魅力もあるのだろうが、家族としてはたまったものではないだろう。「こういう人が身内だったら嫌だなぁ」というのが読後の正直な感想である。
もしかしたら袴田事件の裁判があってもなくても、いずれ酒や人間関係で失敗していたのかもしれない。
実際、子供の一人はこうコメントしている。
ただ、彼がずっと死刑判決のことを気にし続けていたこともまた事実である。
「有能で真面目な裁判官を転落させるほどに…」
「堕落し切ったアル中ですら気に病み続けるほどに…」
どちらを前につけるにせよ、一人の人間に影響を与えた「重い出来事」であったことは確かだ。
もちろん、一番の被害者である袴田さんに比べれば、ささやかな影響ではあるのだろうが…
熊本氏は袴田さんの無罪判決を見届けることなく、2020年11月に亡くなった。
2.足利事件
続いては、2010年に菅谷利和さんに無罪判決が下された、足利事件と北関東連続幼女誘拐殺人事件について。
⑴事件概要
北関東連続幼女誘拐殺人事件は、1979年以降に栃木県と群馬県の県境付近で発生した、女児を狙った誘拐殺人事件の通称。
菅谷さんが無期懲役判決を受け、後に無罪となった足利事件は、そのうちの1990年に栃木県足利市で発生した事件を指す。
⑵足利事件と北関東連続幼女誘拐殺人事件について知る・考える本
『犯人はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』 著:清水潔
著者は調査報道を得意とするジャーナリスト、清水潔。
彼はある未解決事件について調べていたが、その過程で周辺で県を跨いで類似の事件が頻発していることに気づき、連続誘拐殺人事件なのではないかと疑いを抱く。
やがて真犯人らしき人物に辿り着くのだが、連続事件と見られるうちの一件で既に別の人物が逮捕されて服役中であり、そのせいで連続した事件だということすら認められない状況だった。
一連の事件が同一犯による連続した犯罪だと証明するため、清水と仲間たちは判決を覆そうと奔走する。
読み進めるうちに背筋が寒くなっていった。
自分の立っている地面がガラガラと崩壊していくような恐怖を味わった。
この本の怖いポイントは三点。
一つ目は、権力が重大な誤りを犯し、それを頑なに正そうとしないこと。
二つ目は、実は初期のDNA型鑑定は結構いい加減だったということ。
最後は、冤罪=未解決=真犯人が野放しになっているということ。
これがフィクションだったら素直に楽しめただろう。
ホラーにせよミステリーにせよ、小説なら本を閉じればそこは安全地帯なのだから。
だが、これは現実で今いる世界と地続きで起きている。
自分や家族が野放しの犯罪者の犠牲になる、あるいは、ある日突然やってもいない罪を被せられることは、普通に生きていても誰しもあり得ることなのだ。
3.飯塚事件
「東の足利、西の飯塚」という言葉をご存知だろうか?
冤罪の可能性が高い事件として、足利事件と並び称されていた飯塚事件。
最後は、その飯塚事件について見ていこう。
⑴事件概要
飯塚事件は、1992年福岡県飯塚市で発生した殺人事件の通称。
女子小学生2名が登校途中に行方不明となり、翌日に2名とも他殺体として発見された。
証拠が乏しい中でDNA型鑑定が決め手の一つとなり同市の久間三千年が逮捕され、2006年に最高裁で死刑が確定した。
久間は一貫して犯行を否認し続け、弁護団が再審請求の準備を進めていたが、2008年に異例の速さで死刑が執行された。
⑵飯塚事件について知る・考える本
『正義の行方』 著:木寺一孝
NHKが制作し、後に映画化もされた同名のドキュメンタリー番組の書籍版。
警察、久間の妻、弁護士、マスコミなど、立場の異なる関係者へのインタビューを通して事件を振り返り、「正義」とは何かを問いかける。
「東の足利、西の飯塚」この二つの事件には、ある共通点がある。
それは、DNA型鑑定が逮捕や判決に大きな影響を与えたということだ。
そして、この時期の鑑定方法には大きな欠陥があった。
法医学の専門家である日本大学の押田茂實名誉教授は、当時の鑑定方法についてこのように語っている。
同じ欠陥のある方法で鑑定された事件が、一方は再鑑定で無罪となり、もう一方は再審の機会すら与えられずに死刑が執行された。
様々な条件が異なるので単純比較はできないのだろうが、さすがにこれでは筋が通らないのではないだろうか?
4.制度改革?法改正?いやいや、その前に…
冤罪の話題が出ると、高確率で制度改革や法改正の話になる。
今回挙げた本の中にも、その必要性を唱えているものもあった。
もちろん、現状に不都合が生じているのだから、改正は必要なのだろう。
だが、制度や法律を変えればそれで解決するのだろうか?
運用する人間の意識が変わらなければ、どんなに良い制度や法律を作ったところで、同じことが繰り返されるだけだろう。
裁判には大勢の人間が関わっているはずだが、これまで起きた冤罪事件では、その関係者全員が有罪判決が確定するまで同じミスをし続けたのだろうか?
袴田事件にしても、一審から死刑が確定するまでに、おかしいと思った裁判官が熊本氏一人だけなんてことがあり得るのだろうか?
私には、とてもそんなこと信じられないのだけれど…