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サラ・ポーリーが映画化したミリアム・トウズ『Women Talking』暴行を受けた女たちの実話に基づく小説

現代社会から隔絶された集落で暮らす、キリスト教の教派メノナイトの女たちは、ここ数年ばかり不思議な現象に悩まされていた。
朝になると、身体じゅうが傷ついているのだ。
寝ているあいだに神が降臨したのか? それとも悪魔の所業か? 
あるいは妖精たちの悪戯か? 
 
答えはそのどれでもなかった。
 
集落の男たちが、寝ている女たちを動物用の麻酔薬で意識不明にして、次々に襲っていたのだった。

真相に気づいた女たちは声をあげる。ところが、幽霊の仕業にちがいない、いや女たちの妄想だと取りあってもらえなかった。しかし騒ぎはおさまることなく、集落内で隠しておけなくなったため、ついに暴行していた男たちは警察に捕らえられる。
とはいえ、これで一件落着とはとうてい言えない。

集団暴行を見て見ぬふりしていたこの集落に、女たちは住み続けることができるのか?
 
というのが、ミリアム・トウズの『Women Talking』のストーリーであり、現実に起きた出来事でもある。

『Women Talking』のあらすじ

2009年、ボリビアにあるメノナイトの集落において、数年にわたり100人を超える女が強姦され続けていた事実が明るみになった。
2011年になって、ようやく犯人たちが逮捕された。
 
この小説でも、犯人たちが捕らえられた当初は、集落の司教であるPetersが事件を隠蔽しようとしていた。だが、女が犯人に復讐しようと襲撃する事件が起きたので、犯人たちの身を守るために、Petersは警察を呼んだ。集落の男たちは、犯人たちの保釈金を集めようと町へ向かう。犯人たちを釈放して集落に帰そうとしているのだ。

男たちが不在のうちに、女たちはこれからどうすべきか投票を行う。
選択肢は以下のとおり。
 
1:Do Nothing(なにもしない)
2:Stay and Fight(集落に留まって男たちと戦う)
3: Leave (集落を去る)
 
1を選んだ女たちも一定数いたものの、最終的に2と3が同票を集める。
そこで女たちは納屋の屋根裏に集まって、どちらにすべきか話し合いを行う。その議事録こそが、『Women Talking』である。
 
ここで重要なのは、女たちはそれでも信仰を持ち続けているということだ。戦うことや憎むことは、信仰に反しているのではないか? と女たちは煩悶する。

だからといって、戦いを諦めて集落に留まり、心のなかで嘘をついて男たちに従うふりを続けるのも、神の教えに背いているのではないだろうか? 
死後、神の国へ行くためには、いったいどうすればいいのか? 
 
やはり自分たちが去るしかないのか? 
しかし、メノナイトの集落には電気も自動車もなく、女たちは教育を受けていない。つまり、女たちは読み書きも運転もできない。地図を読むことすらもできない。そもそも、いま自分たちがどこにいるのかもわからない。話しているのも英語ではなく、Plautdietsch(メノナイトの集落で使われている低地ドイツ語)なので、外部の人間とは会話もままならない。
自分たちはいったい何なのか? 家畜と同じなのか? 
 
では、女たちが読み書きできないのならば、この「議事録」は誰が書いているのか?
 
議事録をつけているのは、この物語の語り手Augustである。
Augustはこの集落で生まれ育つが、Petersによって両親が追放される。イギリスに移り住み、大学へ進学するが、アナーキストたちと関わるようになって逮捕された。投獄されているあいだに母が死に、父が姿を消した。行き場をなくしたAugustは集落にもどり、Petersのはからいで学校の先生となって、男の子たちに簡単な英語などを教えていた。
 
イギリスで暮らしていたときもずっと、Augustは幼なじみのOnaのことが忘れられなかった。この地に帰ってきたのは、Onaに会いたかったからでもある。
だが、Onaもくり返し暴行を受けた女のひとりだった。独り身であるがゆえに、格好のターゲットとなったのだ。August はOnaに頼まれて、たったひとりの男として、この討議に参加し議事録をつけることになったのだ。
 
女たちは語り続ける。戦うべきか、去るべきか? この集落を去るとしても、幼い息子たちを男たちのもとに置いていっていいのか? 自分たちに賛同する男たちは、仲間に加えてもいいのではないか? いや、そんなのいくらでも嘘をつけるし、結局いまと同じ事態になるにちがいない……
 
そうして、女たちは自分たちがもっとも守るべきことは何なのか、あらためて考え直す。そう、自分たちが望むのは、たった3つだ。
 
1:Protect our children(子どもたちを守る)
2:Keep our faith(信仰心を保つ)
3:Think(自分で考える)
 
自分が産んだ子どもだけではなく、この集落全体の子どもたちを守りたい。女の子は暴力にさらされないように、男の子はこの集落の男たちのようにならないように、子どもたちを育てないといけない。
 
憎しみを抱いたままでは神の国へ行けない、といっても、どうやって赦したらいいのか? そもそも天国や地獄は存在するのか? 
そして女たちは気づく。
これまで聞かされてきた神のことばも、聖書も、男たちに教えられてきたものだったと。男たちの解釈を押しつけられてきたのだと。
 
だからこそ、自分の頭で考えないといけない。自由に考えられるようになりたいと女たちは切に願う。Onaは言う。

Perhaps the women can create their own map as they go.

自分の足で進んでいけば、自分の地図を作ることができるかもしれない、と。
 
するとそこへ、町に行っていた男のひとりKlassが集落に戻ってきて、保釈金のために女たちの大事な馬を売ろうとする……もう時間がない。

この小説が呼びおこした波紋、そして映画化決定

2018年にミリアム・トウズがこの小説を発表すると、大きな話題を呼び、2018年のカナダ総督文学賞(Governor General's Awards)と、2019年のTrillium Book Awardに輝いた。

“This amazing, sad, shocking, but touching novel, based on a real-life event, could be right out of The Handmaid's Tale.” —Margaret Atwood

と、マーガレット・アトウッドは自身の代表作『侍女の物語』の名を出して賛辞を贈っている。

先にも書いたように、この小説は現実の出来事をモティーフにしている。けれども、私たちが生きている社会とは異なる環境が舞台となっていて、さらに大半が会話劇でなりたっているため、ある種の寓話のようでもあり、しかしその一方で、女たちが感じる恐怖や不穏さが胸に突き刺さってくる不思議な感触の物語だった。

信仰について、暴行について、暴行の結果として産まれる子どもについて、すんなりとは呑みこめない議論が交わされ、読み進めるうちに胸のざわつきを抑えきれなくなる。
 
そしてこの小説は、2022年にサラ・ポーリーによって映画化され、高い評価を受けているようだ。
しかも、『ドラゴン・タトゥーの女』『キャロル』などで好演したルーニー・マーラがOnaを演じているとのことで、ますます期待が膨らむ。が、いまのところ日本での公開は未定とのことだが、公開されるよう願いたい。
(2023/02/12)


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