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第2章 コーヒー 黒い雫が運んだ覚醒の物語
「なんだ、この活気は…?」
9世紀頃、エチオピアの高原。
羊飼いのカルディは、飼っている山羊たちの様子に首を傾げていた。
いつもは大人しい山羊たちが、赤い実をつけた木の下で信じられないほど活発に跳ね回っている。
まるで何かに取り憑かれたかのように。
山羊たちの踊り
カルディは不思議に思い、山羊たちが食べている赤い実をいくつか摘んで自分でも口にしてみた。
すると体が温まり、気分が高揚してくるのを感じた。
眠気も吹き飛び力が湧いてくるようだ。
彼はこの不思議な実を村の僧侶に持ち帰った。
僧侶たちはこの実を見て、最初は警戒した。
悪魔の仕業ではないかと疑ったのだ。
火が生み出した芳香
僧侶たちはこの実を火の中に投げ込んだ。
すると、それまで嗅いだことのない甘く香ばしい匂いが立ち上ってきた。
焼けた実から立ち上る香りに誘われ、僧侶たちはその実を火から取り出し、砕いて煮出してみることにした。
すると黒い液体が現れた。
恐る恐る一口飲んでみると苦みの中にほのかな甘みがあり、体が温まり頭が冴えてくるのを感じた。
眠気も吹き飛び心が落ち着く。
僧侶たちはこの飲み物を夜の祈りの際に飲むようになった。
眠気を払い集中力を高める効果があったからだ。
この黒い飲み物は次第に修道院から周辺の地域へと広まっていった。
やがてアラビア半島に伝わり、イスラム世界で広く愛飲されるようになった。
コーヒーハウスと呼ばれる喫茶店が各地にでき、人々はそこで語り合い、議論を交わし、情報交換を行った。
コーヒーは単なる飲み物ではなく、文化的な交流の場を生み出す役割も果たしたのだ。
覚醒をもたらす黒い雫
この物語を選んだのは、動物の行動という偶然のきっかけから世界中で愛される飲み物が発見されたという、まさにセレンディピティの典型例だからである。
また当初は悪魔の仕業と疑われたものが、結果的には人々に恩恵をもたらすものだったという逆転の発想も面白い。
カルディの山羊たちが見つけた赤い実は偶然火に投げ込まれることで焙煎され、独特の香りと風味を生み出した。
もしそのまま食べられていただけなら、コーヒーはこれほど広まらなかったかもしれない。
偶然が重なり、奇跡を生んだと言えるだろう。
コーヒーはその後世界中に広まり、人々の生活に欠かせないものとなった。
その始まりはエチオピアの高原で、一人の羊飼いと彼の山羊たちが見つけた小さな赤い実だった。
黒い雫は人々に覚醒をもたらし、心と心を繋ぐ。
この物語は、偶然が時に人々の生活を大きく変える力を持っていることを私たちに教えてくれる。
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