【読書感想文】昔の人も介護で苦労した (1308字)
介抱人として働くお咲を主人公にした小説です。介抱人とは、老いた人たちの世話をする仕事で、今で言えば訪問介護や訪問看護の仕事になります。調べてみると、江戸時代にも介護の問題があって、武士は介護をするために休みを取っていたことが分かりました。親に尽くすことを良しとした儒教が社会の規範だったので、どんな人にとっても、介護は大切なことだったのかもしれません。
作者の朝井かまてさんの小説は深い余韻を残すものばかりで、大好きな作家です。これまで読んだ朝井さんの作品の中では、この小説が一番感動しました。
題の「銀の猫」は、お咲が大切にしている猫の細工のことです。この猫のマスコットを、お咲は義理の父親からもらいました。義理の父をお咲は介護したのですが、その過程で人が老いることの意味を少しずつ理解していきました。老いは悲しいですが、それだけではなく、人間の知恵や経験を深めることでもあると義父は教えてくれたのです。
お咲の懐にある銀の猫は、介抱人の仕事で苦労を重ねる彼女を見守ってくれる存在です。苦しい時に彼女は銀の猫のことを思い出し、自分を奮い立たせます。仕事だけではなく、母との関係でもお咲は苦労しています。母は美しい女性で身勝手なところがあり、妾奉公をすることで収入を得ていました。
お金を無駄に使って、お咲を苦しめます。母と娘の関係の難しさが、介護の問題に重ねられて奥行きの深い小説になっています。自分の家族なので、お咲は母を放り出すことができません。それと同じように小説の中に出てくる登場人物たちは、介護する父や母のことを見捨てることができないのです。私も母の介護で同じような立場になりました。どんなに介護で苦しくても、自分の親なので母を見捨てることはできませんでした。
現代でもよく言われることですが、介護を家族だけで担うことは無理があります。家族以外の人が世話をすることで、介護者の孤立を防ぐことができますし、介護者は自分の体を休められます。お咲は、このあたりの家族の苦しみをよく理解していて、自分の担当する家族を一生懸命に支えていきます。
人の死や認知症の問題も描きこまれているので、読んでいて胸が潰れそうになります。でも、これが現実だと思うし、その現実の重みをお咲が自分で引き受けて生きていこうとする姿には、心を揺さぶられます。
介護の難しさや苦しさという現実の苦さが、物語が進むにつれて爽やかなものに変わっていきます。この点に一番心を打たれました。介護のことに絶望せず、逃げないで淡々と受け止めて、解決策を見出そうとする登場人物たちに勇気づけられます。その結晶として「介抱指南書」と呼ばれるものが作られました。
これはお咲たちが協力して、江戸の介護の助言になることを纏めた本です。江戸時代にはこの種のものが作られたそうで、荒唐無稽な設定ではありません。介護自体が大変なものであることを、江戸の人たちは理解していたのでしょう。そのことを知ると、江戸の人たちがぐっと身近になりました。
介護で四苦八苦している方にお勧めです。これを読んで問題が解決されるわけではないのですが、昔の人たちも苦労したんだ、と救われた気持ちになります。