ぷらーなの平成のマイ1冊-『たにんどんぶり』/あかねるつ-
夏休みの宿題に、読書感想文というものがあって、毎年のように何冊かの課題図書が出ますよね。
この課題図書の多くは、世の中にはこんな仕事がありますということを紹介した本とか、かつてこういう偉い人がいたという伝記とか、学校を舞台とした楽しいお話でした。でした、というのは、夏休みに宿題が出なくなってから随分と経つので、最近の課題図書をよく知らないからです。
この『たにんどんぶり』は、確かに当時の課題図書として書店に並べられていたと記憶しているのですが、どうもググってもそのデータが出てこなくていまいち自信がありません。
そもそも、はっきりいってマイナーな本で、文庫化も電子書籍化もされておらず、Amazonにも大手書店サイトにも在庫がありませんでした。作者のあかねるつさんの情報もほとんど出てきません。たぶん、課題図書だったのです。たぶん。
ですが、どういう経緯で課題図書になったのだろう、これ。
学校の場面はほとんど出てこないし、ふつうに水商売の人が出てくるし、小学中級向けとしてはどうにも設定が重い。
主人公の康平は、名古屋のアパートに住む小学4年生。母子家庭で、ママは水商売。男を取っ替え引っ替えするたびに引っ越すので、転校はしょっちゅう。
ママはある日あっさり家から蒸発し、5000円だけ渡された康平は一人ぼっちになります。
別に泣きも悲しみもせず、いきなりママが消えたことをあくまで淡々と受け入れて、その後しばらく風呂にも入らず食事もコンビニ飯でテキトーに済ませて過ごします。
当然、5000円ぽっちで小4の少年が何週間も暮らしていけるわけがなく、しばらくして、おケイさんという、隣の部屋に住むお姉さんにお世話になります。
最初はガキの相手なんて面倒くさいと言っていたおケイさんですが、だんだん康平と、友達以上家族未満みたいな関係に。
おケイさんの行きつけの食堂「津軽」の大将や、そこでバイトしている青春パンク野郎の竜二兄ちゃんとも仲良くなるのですが、あくまでみんな、友達以上家族未満。少し大人だけど目線を合わせてくれる人たち、のまま。
康平には学校の友達がいないのですが、あえて作らないのか実は作れないのかについては、最後までよくわかりません。ただ、学校よりも、おケイさんの部屋や、「津軽」の方がよっぽど居心地が良く見えます。
最終的には康平は新しい居場所を見つけることになるのですが、その居場所は、ママについていって転校生活を送り続けていても、いずれたどり着いたであろう場所。
別におケイさんや「津軽」に出会わなくても、たぶんそういうところに収まったんだろうなあ、というような場所ですが、そこで初めて、康平は自発的に友達を作ろうとします。
……改めて読み返してみても、ぜんぜん課題図書っぽくない。
おケイさんは孤児で、ママは絶対に康平のもとに返ってくると信じている。竜二兄ちゃんは両親のもとで育ったけど、ロックバンドのために独立した。康平は、ママも学校も捨てる。
ここまで書いて、ああそういえば課題図書、というか、読書感想文というのは、特に伝記なんかだと、この生き方に共感しました、という書き方をしなければならない……いや、しなければならないわけではないのだろうけど、そういう書き方が模範的とされる。
だからつまんなかったんだなあ(あ、言っちゃった)、ということを思い出しました。
乙武洋匡さんの『五体不満足』が課題図書だった時に、「乙武さんは重い身体障害者なのに自立して明るく生きていて凄い」というような感想文が優秀とされていたのを見た覚えがあります。
確かにそれもあの本への感想のひとつなのですが、あれ、実は「俺は子供の頃すげー人気者でモテたぜ」という内容でもあったりします。でも後者の感想を宿題として提出したらまあ……おこられそう。
康平とおケイさんと竜二兄ちゃんの、親に対する感情は、いずれも違うもの。で、作中では、別にどの感情が正しいとも間違いとも書かれていません。
だから感想文を書くのが難しくもあるのですが。
こども食堂ができたのは10年くらい前らしいですが、その15年も前の1995年にこの『たにんどんぶり』が上梓されていたことは、何気に凄いと思います。
そして、自分が今まで読んだ課題図書で(『五体不満足』を除く)唯一ずっと覚えていた1冊なんですよね。
よって、平成のマイ1冊は、『たにんどんぶり』です。