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街のあちこちで、小さなケアが重なり合う。都市に溶け込むサポートの仕組み

コロナ禍を経て、メンタルヘルスやうつ病、孤独の問題は、多くの人にとってますます身近なものとなっています。イギリスではうつ病などによる離職者が急増し、病気で働けない人は2023年10〜12月期に過去最多の280万人にのぼりました。日本でも、メンタルクリニックやコロナウイルス後遺症に特化した病院では、患者数の増加から数週間待ちということもざらにあるそうです。

今後は、病院で薬を処方してもらう解決策だけではなく、課題を事前に認知し予防できるような仕組みや、生活の中で無理なく自然にケアし合えるような取り組みへのニーズが、これまで以上にますます高まっていくと考えられます。

また、健康に関する研究によると、肉体的健康(Physical Health)、精神的健康(Mental Health)に加えて、社会的健康(Social Health)つまり、社会や人との関わりから生まれる側面が、運動や食事、睡眠やメンタルケアと同様に重要な効果を生み出していることも注目されています。
この記事では、病院や福祉施設だけではなく、日常の中に自然に溶け込んでいるケアの事例に注目し、人々が関わり合い、サポートし合う取り組みについて紹介します。


少年と地域とのつながりや自己肯定感を育む|サイクルショップKVIBE(ハワイ・ホノルル)

人口密度の高い都市部で社会経済的不平等が蔓延し、住民の約40%が故郷から疎外されたと感じている移民が多く暮らすハワイ州ホノルル・カリヒエリア。貧困や文化的アイデンティティの喪失、低い教育達成度により、カリヒエリアに住む若者たちは、うつ病、ストレス、その他の精神衛生上の問題に悩まされるリスクにさらされています。

ホノルルのサイクルショップKVIBE(画像引用

カリヒにある自転車店KVIBEは、単なる自転車屋ではありません。ここでは地元の若者たちが自転車の修理方法を学ぶだけでなく、リーダーシップトレーニングやサークル活動などが行われ、若者を中心とした重要なコミュニティが育まれる場所となっています。

彼らの多くは、植民地化による強制移住と歴史的トラウマに苦しみながら、十分なサービスを受けられず疎外された先住民、フィリピンや太平洋諸島の原住民の子孫です。アメリカの教育は、植民地支配者の文化、経済、精神性を強化する標準化されたカリキュラムに基づいていることが多いのですが、KVIBEでは彼らの系譜に関わる文化や歴史を学ぶことで自身のルーツを認識し、参加者同士での対話を重ねながら、自立して未来を描いていける力をつけるための教育を行っています。

当初は、若者が自転車の修理やメンテナンスの方法を学び、店でボランティアをすることで、自転車を得られる仕組みとして始まったKVIBE。周辺地域に大きな公営住宅が2つあったことから、多様性に富んだコミュニティにアプローチできると考え、さまざまな教育プログラムが実施されるようになりました。メンタリングセッションやカルチャーサークルなども活動の中に含まれており、個人の歴史とアイデンティティを確かめられる教育機会を提供しています。

先住民や移民の若者のための重要な居場所になっている(画像引用

また、カイヒエリアにある連邦政府認定の医療センターとも連携をとっており、参加者の興味と状況に応じたサポートやプログラムの提供も行っています。KVIBEでのプログラムに参加して主権者意識を取り戻した若者は、その後教育、住宅、医療、移民の権利、森林再生等の分野で市民政策にも取り組むようになっているそうです。

自転車を通じた身体的な健康促進だけでなく、リーダーシップトレーニングや多世代にわたるメンタリングなどの活動は次第にコミュニティの絆を深め、先住民や移民の若者のための重要な居場所となっています。

思いがけない社会インフラとしてのスーパーマーケット

ノーベル賞作家アニー・エルノーによる日記的エッセイ” Look at the lights, my love ”では、スーパーマーケットが「素晴らしい出会いの場」として描かれています。確かに、買い物の途中で友人や知人にばったり会ったり、店員との短い会話が生まれたり、見知らぬ人とも会釈や譲り合いなどの短い交流が生まれやすいスーパーは、意外にも地域の拠点になりうるでしょう。こうした社会的交流は、孤独感を軽減し、幸福感を高める効果があると知られており、その効果を活かして、オランダのスーパーJimboではおしゃべりしながらゆっくりと会計をしたい人のためのレジ「Kletskassa」が導入されています。 

スーパーマーケット、コンビニエンスストア、ショッピングセンターなどの小売店は、わたしたちの生活に欠かせない存在です。比較的アクセスしやすく、日常生活に溶け込んでおり、多様な人々が集まる場所であることからも、すでに各国ではスーパーマーケットを活用した様々な社会的な取り組みがなされています。

 ▼地域と関わり、支援する役割「コミュニティチャンピオン」|イギリス

ケンブリッジ大学サステナビリティ研究所の分析によれば、イギリスのスーパーマーケットの多くはスーパーの従業員に「コミュニティチャンピオン」という役割をつくり、地域社会への支援に深く関わっています。彼らは食糧バンクへ余った食糧を寄付したり、地域コミュニティが店内スペースを利用して活動することを促したり、交流イベントの企画運営や、地域でのボランティアへ参加するなど、地域のニーズに応じて支援する役割を担っています。(イギリスの大手スーパーMorrisonsのコミュニティチャンピオン紹介ページ「Meet our Community Champions」)

「コミュニティチャンピオン」は地域のニーズに応じた支援活動を行う(画像引用

例えば、コミュニティチャンピオンが余った食材を地域の幼稚園に寄付したり、小児がんの治療支援団体のために募金活動を行い、地元のがん治療サポートに大きく貢献したり、地域団体と連携し、認知症患者を支援する「Dancing with Dementia」などのイベントも実施しています。こうした活動により、学校や支援団体、地元企業との関係が深まり、地域社会に密着した継続的な支援が実現されています​。

▼スーパーマーケットの静かな時間|イギリス・インド・アメリカ他

静かな時間」は、主に自閉症スペクトラム障害を持つ方や感覚過敏を抱える方、また高齢者が安心して買い物できるように設けられた取り組みです。照明の減光、店内アナウンスの制限、レジの音量低下といった変更を導入し、感覚への刺激を最小限に抑える工夫をし、通常よりもリラックスした環境での買い物体験を提供しています。

2018年から「静かな時間」を取り入れているイギリスのスーパー(画像引用

イギリスの大手スーパーマーケットMorrisonsが、2018年に英国自閉症協会とのキャンペーンでこの取り組みを実施したことが大きく取り上げられ、その後イギリス全土のスーパーや、インドのBig Bazaa、アメリカのWalmartなど、多くの国際的なスーパーチェーンが「静かな時間」を設ける動きに広がりました。

店舗側も自閉症についての理解を深めることで、より細やかな支援ができるようになったり、一般の健常者にとっても認知が広がり、結果として多くのスーパーチェーンが一時的ではなく日常的に「静かな時間」を設けるようになりました。

こういった地域社会に貢献する社会的な取り組みが広がる一方で、今後の課題も見えてきています。ケンブリッジ大学サステナビリティ研究所による最近の調査では、スーパーマーケットのコミュニティサポート活動に一貫性がないことが示されています。また、これらの社会活動に関わるリソースが、どのように活用されるのかは、現場のサポートに依存してしまっているのも大きな課題です。取り組みが広がる中で出てきた課題を踏まえて、スーパーマーケットを社会インフラと捉え直した新しいプロジェクトも進んでおり、今後もぜひ注目していきたいと思っています。

参照:Towards a broader understanding of social infrastructure - Bennett Institute for Public Policy

ハローワークやPC貸出、移民のサポートまで。広がる図書館のスタンダード|ニューヨーク

ニューヨークの図書館では、デジタルデバイスを活用した情報格差の解消から、就職支援、テクノロジーのスキルの強化、移民コミュニティの支援まで、すでに多くの重要な分野で市民をサポートしています。2019年に公開されたドキュメンタリー映画「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」では、著名な作家を招いたトークイベントやコンサート、ハローワーク、PCの貸出を通じた自立支援など、もはや図書館だと思えないほどサポートが充実している様子が映されています。

ニューヨーク公共図書館(画像引用

ニューヨークのマンハッタンに拠点を置く公共政策シンクタンク「Center for an Urban Future (CUF)」の調査では、公平な都市の実現に向けて、公共図書館ほど適した機関はないと位置付けています。図書館は移⺠、若者、⾼齢者、および情報へのアクセスが弱い⼈々にとって数少ない信頼できるリソースの1つです。就職支援に関して、市内の64%の地域では、図書館がキャリアサービスと求職者サポートの唯⼀の公共拠点となっているそうです。(出典:Branches to Recovery: Tapping the Power of NYC’s Public Libraries to Rebuild a More Equitable City

キャリアサービスの拠点よりも図書館の方が多いニューヨーク(画像引用

図書館がすでに持っている機能や空間を、どのように地域社会へ還元していけるかは、時代によっても求められる役割が変化するのではないでしょうか。ニューヨークの図書館の今後の可能性について論じられたCUFのレポートでは、今後の提言が情報格差・学力格差の解消、就職支援、高齢者へのプログラムの提供の必要性など多岐に渡り、まさに未来の社会課題がそのまま反映されていると感じました。

おわりに

この記事では、誰もが利用することができ、わたしたちの生活に溶け込んでいる場所(自転車屋やスーパーマーケット、図書館など)を社会インフラの一部だと位置付け、新たな社会的価値を発揮する可能性について紹介しました。

日本では、郵便局のコミュニティルームを「まちの保健室」とし住民の健康相談の場としてコミュニティナース(保健師)を配置するなど、住民が定期的に訪れる公共の場を活用していく動きが広がっています。また古くから街のあちこちに存在している「銭湯」も、単なる入浴の場ではなく、地域住民が集まり、日常的にコミュニケーションをとる場として機能しているとも捉えられています。

時代に合わせて、求められる場の役割も変わったり、新たな役割が加わったりすることが、様々な事例を通じて見えてきました。生活に溶け込んでいる場所だからこそできるケアやサポートもあるのだと思います。皆さんが何気なく行動したことや小さな声かけが、実は思いもよらない効果を生み出しているかもしれません。 
今回の記事は以下の問いで終わろうと思います。

普段わたしたちが利用する場所を、ケアやサポートの拠点として捉え直してみると、どのような価値や役割が考えられるでしょうか?

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一般社団法人公共とデザイン https://publicanddesign.studio/

Reference

執筆者:深澤まどか(ふかさわ・まどか)
静岡県出身。富士山麓で宿を営む家に生まれる。早稲田大学社会科学部で都市・コミュニティデザインを専攻し、人々の主体性や創造性が自然と引き出される仕組みや参加型デザインに関心を持つ。2019年より特定非営利活動法人シブヤ大学で、学びの場づくりや市民参加のまちづくりに関わり、自治体や企業と協働した授業企画や、ボランティアマネジメント、財務など経営全般を担う。現在は独立し、家業を継ぐことと両立したキャリアを模索中。


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