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先生の治療2、 安心が、わからない。
先生のところに初めて行った時に木の絵を描くように言われた。私の絵を見た先生は「君は、刺激しか求めてないね」と言って眉をひそめた。その後何度も通う過程で先生が私に再び言った言葉は「安心ってことが、どういう状態なのか君は、わからないんだね」という言葉だった。「刺激しか求めていない」といわれた時よりは受け入れやすい言葉だったが、「え?私そんなこともわかってないの?」と私は、キョトンとした。
先生は診察の時、いつも私の膝や胸に毛布をかけた。そして私に自分の利き腕と反対の手で私の胸や喉元や肩を触るように言った。毛布をかけるのは、そうすると暖かくて守られた感じがすると思う人が多いかららしい。自分の利き腕とは反対の手で自分の肩や喉元を抱きしめるのは、利き腕と反対の手で触ると、まるで他の人から優しくされているように脳が錯覚してリラックスするかららしい。「暖かくて、守られていて、抱きしめられていること」が、「安心できる状態」ということを自分に体験させて教えてあげるということが大事らしかった。私は本当になんのこっちゃよくわからないまま首をかしげながら言われたとおりに毛布に包まったり利き腕と反対の手で自分の肩や喉元を触ったりした。先生からは家でもやると良いと言われたけど、実際家では家事や赤ちゃんの世話に追われてほとんどやることができなかった。
私が「安心」を具体的にイメージできるようになったきっかけは、自分の家を買ってからかもしれない。心療内科の治療を受けて少し落ち着きを取り戻した私は、それまで居候させてもらっていた友人の家を出て再び田舎に住む旦那の元に戻った。子供が捕まり立ちをはじめてそれまで住んでいた駅近くの借家が手狭になったので、駅から離れた住宅地に中古の安い一軒家を買った。古かったので、知り合いに紹介してもらったセンスがいいと定評のある大工さんに頼んで、自分の好みや希望を言ってリフォームしてもらった。結婚しても独身気分がなかなか抜けなかった旦那も自分の家を買って大工さんのリフォームを自ら手伝うことで「家族になること」「父親になること」にたいするイメージを具体的に身につけていった。借家にいた時は、子供と私を家に置いたまま一人で飲み歩いて朝帰りしたりして独身気分が抜けなかった旦那も新しい自分の家が出来てからはそんなことはなくなり、家に帰るのが嬉しくてしょうがないようだった。私もリフォームが終わって引っ越してきた自分の家のリビングで赤ちゃんを抱っこして寝かしつけているとすごくほっとする気持ちになれた。苦しみや寂しさがスゥーっと喉から上に飛んでそのまま吹き抜けの天井を通り抜けて飛んでいくような気になった。私は、18歳で上京してきてから実に7回も引越しを繰り返していたのだが、そんな気持ちになれる場所に住むのは、初めてだった。住む場所って本当に大事なんだなと思う。