川端康成 伊豆の踊子の舞台 湯ヶ野 福田屋で時間旅行
私の伊豆の旅は幸いにもそのような雨には降られることはなく晴天に恵まれた。
ノーベル文学賞受賞作家、川端 康成が旧制一高(現 東京大学教養学部)の学生時代、孤独に悩み、憂鬱から逃れるため一人旅で訪れた伊豆の旅路。
その中で出会った旅芸人一座と共にした数日間を描いたのが、川端初期の代表作「伊豆の踊子」
その作品内での「私」こと川端と旅芸人の同行の旅は、このトンネルの先から始まる。
私が訪れた当日の気温は10度、陽の光は暖かいが強く冷たい風が吹いていた。
トンネルの向こうに小さく光る出口から更に冷たい風が容赦無く吹き込み私の体温を奪う。
電燈の灯り同士が届くかどうかの仄暗いトンネルの中は、冷たい雫がぽたぽた落ちていた。
靴音を響かせながら歩く。
小さかった出口の光が大きくなるにつれ、これから過ごす時間に胸が高鳴り靴音が刻むテンポも自然速まった。
旅芸人と共に辿り着いたのは現在の静岡県の河津町湯ヶ野。
ここに小説内で「私」が三日間滞在した宿がある。
実際に訪れてみると、上記で引用した文章が川端の忠実な記憶に基づいて描かれていることがわかり、一気に物語の世界へと引き込まれて行く。
引用の文章を頭の中で読み上げ、僅かな興奮を覚えながら橋を渡る。
伊豆の踊子は過去6回も映画化されており、私は全ての作品を鑑賞済だ。
その6作品全て、こちらの宿でロケが行われたと聞く。
建物を眺めていると、小説、映画、ドラマのそれぞれ様々なシーンが頭を巡る。
館内に入るとまずはノスタルジックなロビー。
視界に映る一つ一つが贅沢な造りであり、積み上げて来た歴史を感じる。
チェックインは部屋に通していただいてから宿帳に記入するのだが、
部屋へ向かう間に風呂や食事会場などの案内をしていただく。
小説や映画で思い描いた部屋を見て興奮する心で宿帳を書いている間、お茶を入れてくれながら温かな口調で語るご主人の声で心が落ち着く。
「ではごゆっくりお過ごしくださいね」
そう声を掛けていただいた時から、私の気分は「私」へと変わる。
楕円を残し、職人の手仕事で曇りガラスに仕上げられた明かり取りのガラスももちろんゆがみガラスだ。
現在ではこのガラスも作ることが難しいらしい。
「私」は宿から出て行く旅芸人の男へ向かって懐紙に包んだお金を投げ落とす。
男は「こんなことをなさっちゃいけません」と投げ返した金包みが藁屋根の上に落ちたと文中にある。
部屋から見ると金包みが落ちるような屋根が無い。
当時はあったのかもしれないが、私としては当時玄関が藁屋根だったとしたら、玄関上の窓から投げたのではないかと考えた。
部屋には伊豆の踊子が用意されている。
伊豆の踊子は短編小説のため滞在中に再度読んでみると、より一層自分が今いる場所の実感が湧いてくる。
床の間には物語に関わる小物がさりげなく置かれているのだが、これが旅情を掻き立てる。
今回の部屋「踊子の一」は現在は二間続きとなっているのだが、川端が旅をした当時は広縁側の部屋と、こちらの寝室は襖で分けられた別部屋であった。
こちらも考察してみたのだが、襖が切り抜かれていたのではなく、襖の真ん中に電燈をぶら下げられるだけの隙間の空いた柱が立っていたのではないかと考え痕跡を探してみた。
すると見つけた。
天井から鴨居まで白い筋が入っているのが見えるだろうか。
これは電燈の線を引いた跡ではないか。
柱が立てられていたであろう跡があり、現在では綺麗に鉋がかけられ滑らかになっている。
ご主人にお聞きしたところ、間違いないとのことだ。
こちらの浴場は岩風呂の内湯と露天風呂。
そして映画や小説にも登場する榧風呂。
下画像のように時間によって男女別と交換制、貸切りが設けられている。
まずは岩風呂へ向かう。
本館から下駄を履き外へ出ると白いのれんが掛かる岩風呂入り口がすぐに見える。
正式なルールはわからないのだが、脱衣所から内湯、露天風呂へアクセスが出来るのだが、いちいち脱衣所を経由すると床を濡らしてしまう。
私は画像で少しだけ開いた窓から出入りしたのだが、恐らくこれが正解なのだと思う。
だが露天風呂側には大きな石があるため、足場にはご注意いただきたい。
露天風呂はぬるめというよりは、かなりぬるいためゆっくりと入りたい方には良いかもしれない。
この日はとても寒かったせいもあるかと思う。
真冬は厳しいかもしれないが、夏は本当に気持ち良くお湯を楽しむことが出来るだろう。
夜はまた雰囲気も変わる。
貸切り時間となるため、あまり長時間の利用は避けるべきだが、月を見ながらゆっくりとした時間を過ごしたい。
お湯は匂いも少なく柔らかい、山や川の恵みをふんだんに含んだ温泉だ。
木々がさざめき、様々な鳥の鳴き声が響く里山の音が耳に心地良い。
内湯は高めの温度設定のため、しっかりと身体が温まる。
脱衣所にはこのような張り紙がある。
里山の自然を感じられるような露天風呂のため、葉っぱや虫も入るのは仕方がない。
気になる方は用意されている網ですくい、せっかくの里山の温泉を楽しんでみては如何だろう。
風呂から上がり、食事までは時間があるためロビーへ出る。
本館の一階、元客室であったであろう場所は綺麗に改装され、川端康成や太宰治、井伏鱒二などの文豪の書籍や繋がりを証明する資料、映画の脚本などの資料が展示されている。
太宰治が「東京八景」を執筆した部屋も宿泊は出来ないが保存され公開されている。
この暗さが当時を思わせる。
ロビーには映画撮影時の写真も展示されている。
踊子役の女優は、今見ても古さを感じないほど美しい。
第一回 昭和八年 田中絹代
第二回 昭和二十九年 美空ひばり
第三回 昭和三十五年 鰐淵晴子
第四回 昭和三十八年 吉永小百合
第五回 昭和四十二年 内藤洋子
第六回 昭和四十九年 山口百恵
私は特に第五回の内藤洋子さんの踊子が好きだ。
夕食は18時から一斉にスタート。
各部屋個室が用意される。
お品書きは無いが、伊豆の海の幸山の幸が盛り込まれた贅沢な料理が並んだ。
今回も一部をご紹介。
カサゴの唐揚げは沼津が有名だが、こちらの唐揚げも香ばしく美味しい。
もみじおろしをポン酢に落としていただく。
若筍と春野菜を酢味噌でいただくのだが、春を感じる爽やかな香りと菊の食感が素晴らしい。
もちろん臭みなど一切無い、新鮮で旨みもしっかり感じる刺身。
こちらの金目鯛の煮付けが絶品であった。
贅沢な甘辛いタレがよく染み込み、身は歯応えを感じながらもしっとりと仕上げられている。
そしてこちらの名物、猪肉のしゃぶしゃぶ。
味噌ベースの出汁にサッと色が変わるくらいに火を通す。
猪肉ということで臭みを想像される方も多いと思われるが、その想像は良い意味で裏切られる。
肉質は柔らかく噛み締める度に旨みが溢れ、豚肉よりもさらりといただくことが出来る。
本当に美味しい。
こちらも名物のわさび丼。
河津はわさびが有名であり、生わさび丼の有名店もある。
爽やかなわさびの香りが良い。
質はもちろん量も満足。
素材の良さを存分に活かした素晴らしい料理を味わうことが出来た。
夕食後、風呂は貸切りの時間となる。
いよいよ小説や映画で描かれる榧風呂へ向かう。
入り口の戸も当時のままなのだろうか。
質感やガラスが木枠にぶつかり鳴らすガラガラという音もノスタルジーを感じる。
貸切り利用する際はこちらの札を裏返し、利用中表示にして入る。
内鍵が無いため少々不安ではあるが、入り口前通路にスリッパを脱いでおけば利用中なのは気付いてくれるだろう。
念の為貴重品は持ち込まないことをおすすめしたい。
榧木は湿度に強く腐りにくいため浴室材に最適な一方、木の成長が非常に遅いらしくここまで贅沢に使用されているのは珍しいとのこと。
そして、若き日の川端や踊子達をこの浴槽は記憶しているのだろう。
若干の香りはするが、やわらかく口当たりの良い湯。
榧風呂は半地下へ降りて更に低い位置に浴槽がある。
恐らく温泉を汲み上げることが叶わなかった時代に、源泉に極力近付けるための知恵なのだろう。
そしてこの低い位置の風呂にも伊豆の踊子で語られるエピソードがある。
現在は榧風呂から共同浴場を眺めることは出来ない。
ご主人にお聞きすると、当時は一部壁が無かったとのことだ。
裏から誰でも入れてしまうため、防犯のため壁を作ったとのこと。
当時は上写真のタイル壁から上が抜けていたそうだ。
現在は川から嵩上げされたところに共同浴場の建物が建っている。
当時は川辺に東屋が建てられただけの温泉だったそうだ。
展示室で写真を発見した。
ちなみに私は「私」のことこと笑ったという表現がどうしようもなく好きだ。
踊子を17〜18歳だと思い込み、峠の茶屋のお婆さんから「客があり次第どこへでも泊まる」などと言われ、あらぬ想像をした末眠れぬ夜を過ごす。
恋心なのか独占欲なのか、それとも自分のものにならない歯痒さなのか。
様々な思いを巡らせていた時に気付いた勘違い。
気恥ずかしさ、安心から肩を揺らして笑う。
ことこと。
夜になると部屋は更に現在という時間を忘れさせる。
翌朝、朝食の時間は8時からにしていただいた。
朝食は7時半も選択可能だ。
こちらも一部ご紹介。
朝食後も貸切り風呂の時間になるため、最後に榧風呂へ入る。
仄暗い夜の榧風呂も良いが、タイルの鮮やかな朝も素敵だ。
風呂から上がればもうチェックアウトを残すのみ。
館内全てが私にはたまらないものであった。
こちらの書は、この旅館の大女将のご主人が亡くなられた際に川端から送られたという書なのだそうだ。
他にも女将との話はある。
女将が川端に「伊豆の踊子に出てくる宿はどう見てもうちの旅館なのに、何故名前が出ていないのか」と物申した際、川端は「すまんすまん」と応えたとも聞く。
宿を出て振り返ると、ご主人が私の姿が見えなくなるまで見送ってくれていた。
文豪ゆかりの宿は本当に温かい宿ばかりだ。
次はどこへ行こうか。
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