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人の幸せは自分の幸せ【自利利他】

自利利他の実践と克己復礼

【自利利他】と「克己」

自利利他と克己

自利利他】(ジリリタ)とは、
自分の本当の利益は、
 人々の幸せを図る行為そのもの

を言い表わした仏教の教えです。

また、
自利とは利他を言う」とも言われ、
他人に利益を与えて行くことが、
結果として自分の利益に繋がる
と言うことも意味しています。

この自利利他の理念は、
平安時代、天台宗の創始者である
最澄薯「顕戒論」の文中にある
大乗の菩薩の道には
 すべて自利なし、
 利他を以って
即ち自利となすが故に

と記されています。

成功者や発展し続ける企業は、
この自利利他の思想が徹底され、
その実践をしています。

それは自分のことだけ考えての行為、
一時的に上手く行くことがあっても、
それは時流や偶々運が良かったこと
によると謙虚に捉え自分の本物の力、
努力ではない故に継続はしないと言う
考え(捉え)方と言えるでしょう。

また、
一生懸命努力して成功を掴んだ人でも、
人間の持つ様々な煩悩や愛欲により、
有名や地位が高くなると人はいつしか
自分を自制コントロールする気持ちが
緩み、相手をリスペクトする意識、感謝
を忘れ、自分を許し過度な自己愛が起きる
と言うことをこの目で見てきました。

或は自ら、
あの苦しい中をよく頑張ったと自画自讃し、
奢りが出て謙虚さを失うこともあります。

そうなってしまうと、
世のため人のため」ということを忘れ、
自分のため」だけを考えるようになり、
身の破滅や没落の引き金になることもあります。

古より人間は本来、
他人のためになることや人が幸せになる
ことを自らが行いそれを自分の喜び(嬉しさ)
とする天性を備えていると言われます。

現在のように情報に溢れ、
多くの有り余る物に恵まれた社会環境では、
いつの間にか本来の人間としての自分の心
を見失い、利己的な自己中心の言行態度、
我欲・自我・顕示と言うの自利の固まりと
なってしまいその結果、己の心の自制心が
利かなくなってしまい人としてあるまじき
行為や悲惨な事件を起こす結果になります。

現代社会環境では益々この傾向が強まり
自らの安心安全に心を配る必要が有ります。

この様なことは、
人間の持つ多種多様な煩悩や欲望、自制心の
育成不足に依るものであると思います。

克己については、
西郷隆盛の残した文に以下のように記されてます。

「自分の修養には己に克つと言うことを、
 いつも心がけなければならない。」

「すべて人間は己に克つことにより成功し、
 己を愛することによって失敗するものだ。
 歴史上の人物を見るがよい。」

「だから、常に自分に打ち克って
 人が見ていない時も聞いていない時も、
 自分を慎み戒めることが大事だ。」

一方で、
人間は生きていく限り常に煩悩は付き纏い
放っておけば、心の中に常に様々な欲望
=私欲情欲が湧き起ってくるものです。

百八と言われる煩悩の中でも三毒と言う
①欲望=貪欲(どんよく)、
②瞋恚(しんい)(怒り)、
③愚痴(ぐち)
を抑えることが克己です。

心の中に湧き起こる煩悩は自分の意思で
抑える努力をしないといつまでも付き纏い、
それを克服するためには、体の鍛錬と同様
に様々な心の鍛錬が必要です。

このように【自利利他】の実践には
克己】の心身の活動は欠かせなません。

特に、経営者や管理者、リーダーと言う
人を教え導く職位にある人ほど鍛錬が
必要不可欠だなことである思われます。

克己復礼

同時に、以下の【克己復礼】の意識と
足りるを知る【知足】の意識も大切です。

先年の東日本大震災時、その後の自然災害
の被災地などで世界中から「自ら律する」こと
への多くの称賛された日本です。

少子高齢化社会に突入した現在、
人口減少社会で生き抜き、コロナ渦後の
インバウンドで世界中の方が訪日され
その方々を「おもてなし」する上でも、
今こそ、古からの素晴らしい教え
「克己復礼」の文言と日本人の調和の心
と言える「自制心」の大切さを心に刻み、
実行する必要があると思います。

「克己復礼」の解説

・・以下、論語から引用

克己復礼

顔淵が孔子に仁の意識を尋ねた。
先師が答えられた。
私利私欲に打ち勝って、
 社会の秩序と調和を保つ礼
 に立ち戻るのが仁である。

 喩え一日でも己に克って礼に帰れば、
 天下の人もおのずから仁になっていく。  
 その仁を行うのは自らの意思によるべきで、  
 他人の助けによるべきでない

 
顔淵が更に尋ねた。
 「それではその仁の実践について
  その方法をお教えください」
先師が答えられた。
「礼に外れたことは、視ないように、
 礼に外れたことは、聴かないように、  
 礼に外れたことは、言わないように、  
 礼に外れたことは、行わないようにする」

  顔淵は言った。
 「私はまことに至らぬ者でございますが、  
  今お教えくださいましたお言葉を一生かけて  
  実行して行きたいと存じています」
 
 門人の顔回が仁について質問した時、
 孔子は 「己に克ちて禮に復るを仁と為す
 と答えました。

顔回が続けて
「請う、其の目を問わん」
とその実践上の要点(大切な事)を更に訊ねます。

孔子は、
見る事・聴く事・言う事・行動の全て
何事に渡っても 礼から外れないのが
大事だと答えているのです。
【以上引用終り】

📖克己の訳

私見ながら、克己復礼は自制心を働かせて
私利私欲・我が儘・自分勝手なことをしない。

自分の欲望を制御・コントロールし、
我が身を慎んで礼の規準に従って行動する
ことが「仁」であると言っていると解します。
 
この「克己復礼」と五常の徳と言われている
「仁」「義」「礼」「智」「信」は、決して切り離す
ことの出来ないと文言であると思います。


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