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M&A業界への就職や転職を考えている方に向けてのアドバイス

M&A業界の実態について

高い年収や華やかなイメージに潜む厳しさ

M&A業界と聞くと、金融業界の華やかなイメージ、高額な年収、そしてグローバルに活躍できるキャリアパスを想起する方が多いでしょう。外資系投資銀行やPEファンド(プライベート・エクイティ・ファンド)の活躍ぶりがニュースで取り上げられることで、「M&Aは大きな金額を動かすダイナミックな仕事」「激務だが高収入が期待できる」というイメージが先行しがちです。

しかし、特に非上場企業を対象とした中小企業M&AやM&A仲介会社などにおいては、イメージと実務の乖離が大きいのが実情です。大手証券会社のような巨大企業間のM&Aとは異なり、オーナー企業の経営者を相手に地道な営業活動を行い、バリエーション算定からデューデリジェンス、最終契約締結までの道のりをトータルでサポートするその過程には、予想以上に泥臭く、そして非常に高度な知識が求められる場面が多数存在します。

営業色が強い業界構造:中小企業M&Aの場合

中小企業向けのM&A業界は「営業8割、ファイナンス2割」と表現されることがあるほど、営業活動が重要なウエイトを占めています。M&Aといえば、交渉やバリエーション算定、契約書の作成など華やかなイメージを抱きがちですが、その前段階として、譲渡企業の経営者や譲受企業となる事業会社(あるいはPEファンドなど)と最初の接点をつくる“ソーシング”がもっとも重要なカギとなるのです。

ソーシングとは、平たくいえば「案件を探す・売り手・買い手と出会うための開拓活動」です。地道なアプローチや人脈づくりが必要であり、他業界以上に「足で稼ぐ」要素が大きいと言われます。オーナー経営者や投資家と直接話をする中で信頼を勝ち取り、を選んでもらうためには営業トークだけでなく、経営の本質的な理解や業界知識が不可欠です。


ソーシングとエクゼキューションの違い

ソーシング:M&A案件を生み出す源流

ソーシングとは、M&Aの最初のステップです。具体的には以下の活動が含まれます。

  1. 譲渡企業(売り手企業)との接点づくり

    • 経営者に対して「自社を売却する意志があるか」「後継者不在の問題を抱えているか」「事業承継に悩んでいるか」などをヒアリングし、M&Aの可能性を探る。

    • 信頼関係構築が最優先。半世紀以上ビジネスを続けているような経営者には、表面的な言葉や姿勢では通用せず、ビジョンや経験、実行力などの真価が問われる。

  2. 譲受企業(買い手企業)やファンドとのリレーション構築

    • M&Aに積極的な企業やPEファンド、ベンチャーキャピタル(VC)などにアプローチして、買い手候補となる企業をリストアップする。

    • 業種・規模・地域性などの観点から、どのようなシナジーが期待できるかを分析しながら、候補企業に興味を持ってもらうための提案を行う。

  3. 市場・業界研究・経営課題の把握

    • 対象業界に関する新聞・雑誌・専門書などの情報収集を絶えず行い、常に鮮度の高いデータを持っておく。

    • 営業などの移動時間や隙間時間を活用して、新しいビジネストレンドや制度改正、税務・会計のアップデートなどにアンテナを張る。

こうした活動が主軸となるソーシングにおいては、経営者と良好な関係を築くための対人スキルや、業界構造を深く理解するための学習能力が非常に重要です。M&Aアドバイザーとしての信頼を得ることは、単に「知識がある」「やる気がある」というレベルを超えた“人間としての魅力”や“話を聞く姿勢”など総合的な要素が試されます。

エクゼキューション:バリエーション算定や交渉フェーズ

一方、実際にM&Aの手続きが動き出す段階、つまり譲渡企業と譲受企業のマッチングが成立してからは「エクゼキューション」と呼ばれるフェーズに移行します。ここでは、下記のようなステップが進行します。

  1. バリエーション算定(企業価値評価)

    • 簿記や会計の知識だけでは不十分。買い手企業の将来キャッシュフローやシナジー効果、経営環境、競合状況など多角的に分析しながら、適正な企業価値を算出する。

    • DCF法やEV/EBITDA倍率など多様な手法を駆使し、交渉可能な区間(バリュエーションレンジ)を設定する。

  2. デューデリジェンス(DD)

    • 財務DDだけでなく、税務DDや法務DD、労務DDなど、対象企業を多面的に調査する。

    • 組織再編や連結決算の知識も必要になるため、一般的な募集要項の簿記2級レベルでは太刀打ちできない場面も多い。税効果会計や組織再編税制など高度な専門知識を持つ顧問税理士や公認会計士、弁護士などとの協働が重要となる。

  3. 契約書作成・クロージング

    • 売買契約(SPA: Share Purchase Agreement)や株式譲渡契約書などのドラフティングを行い、細部まで詰めていく。

    • 知的財産権や許認可、取引先との契約条項など、交渉の落としどころを見定めつつ、譲渡側・譲受側双方にとってリスクの少ない形を模索する。

    • クロージング後も統合作業(PMI)や人事・労務面でのフォローアップが必要になるケースもある。

エクゼキューションにおけるスキルセットは、法務・財務を中心とした高い専門性と、交渉時の論理的思考力やコミュニケーション能力が求められます。「M&Aが華やか」と思われる最大の要因である交渉や企業価値評価ですが、実際は細やかな書類作成や調整業務、ステークホルダー間の折衝など、緻密で地道な作業の連続です。ここを“かっこいい”だけのイメージで捉えると、現場での厳しさに直面するでしょう。


M&Aアドバイザーに求められる覚悟と資質

超難関レベルの営業活動(企業オーナーへの説得と提案)

中小企業のオーナー経営者との商談、そして譲渡への説得提案は、営業スキルの中で最上級の難易度といわれています。相手は数十年にわたって会社を経営し、事業を成長させ、数多くの課題を乗り越えてきた“勝者”です。ビジネス上の駆け引きや人間の本質を見抜く力に長けているため、少しでも不誠実な対応や準備不足を感じさせると、たちまち信頼を失う危険があります。

また、M&Aアドバイザーが扱うのは「無形商材」です。製品やサービスの形が見えにくく、他社との差別化や優位性をわかりやすく提示するのが難しいのです。その中で契約を勝ち取るには、営業トークよりもオーナーの人生観や経営観、事業を次の世代へどうつないでいくかというビジョンに寄り添いながら、自社の存在意義を誠実に伝え続けることが求められます。

24時間・365日仕事を最優先にできるか

M&Aアドバイザーの世界では、時間の使い方や自己管理が非常に厳しく問われます。一般的に「ワークライフバランスを大切にしたい」という考え方や週末をゆっくり過ごしたい人にとっては、正直なところ厳しい働き方となるでしょう。オーナーも日常業務の合間にやりとりする事になるので、早朝や深夜、そして土日の対応を避ける事はできません。また突発的な問題やトラブルを抱える事もありますので案件を最優先し、旅行計画や休日が直前にキャンセルになる事は覚悟しておく必要性があります。

また、業務終了後や移動時間や少しの空き時間も学習や情報収集に充てる覚悟がないと、案件ごとのタスクや知識の更新に追いつかないのが現実です。

  • 移動中の新聞・書籍のチェック
    常に経済誌や新聞、書籍を読み込み、業界動向を把握。

  • 土日・休日の資格学習
    ファイナンス、税務、法務など一生勉強が続く。

  • 国内外の学会・セミナー参加
    新しい法改正やトレンドに乗り遅れないよう定期的にアウトプットを得る。

このように、仕事とプライベートをしっかり分けたいタイプには、M&A業界の生活スタイルは合いません。逆にいうと、知的好奇心や向上心が強く、仕事を通じて自らを成長させることを最優先に考えられる人には、大きなやりがいを感じられるフィールドでしょう。

この業界では結婚をしている方も多いですが、基本的には共働きは少ない事が多いです。子供や家族との時間を優先して、収入が減ったとしても業界を離れていく方も最近は増えています。


知識面のハードル

簿記2級は最低限のスタートライン

簿記2級程度の知識は、M&Aアドバイザーとして最低限あったほうがいい基礎力です。財務諸表の見方や基本的な会計処理を理解していないと、バリエーション算定やデューデリジェンスで専門家との会話にさえついていけません。

実際のエクゼキューションでは、税効果会計や組織再編、連結決算など高度な会計知識が必要になる場面が多々あります。たとえば組織再編を伴うM&Aでは、株式交換や会社分割など多様なスキームが考えられ、そこに伴う税務リスクや会計処理の特例が複雑に絡み合います。

  • 税効果会計
    将来的な税金の繰延・取り崩しや繰越欠損金の扱いなどを踏まえて企業価値を算定する場面。

  • 組織再編
    持株会社設立、吸収合併、会社分割など。それぞれが異なる法務・税務上のメリット・デメリットを持つ。

  • 連結決算
    親子会社関係や特別目的会社(SPC)の整理などで、単体決算とは異なる仕訳が必要。

したがって、M&Aアドバイザーには「専門家に相談すればOK」という姿勢だけでなく、自身も会計や法務、税務の基礎をしっかり理解しておくことが大切です。なぜなら、譲渡オーナーや買い手企業に対して「このスキームだと税務上、こういうリスクがある」「こういう再編スキームだと相乗効果が出やすい」といった具体的な提案ができなければ、信頼を得られないからです。


M&A業界に向いている人・向いていない人

向いている人の特徴

  1. 卓説した高いコミュニケーション能力と営業力

    • 初対面の経営者の本音を引き出し、誠実に対応できる。

    • 数字や実績だけでなく、人間性でも相手を納得させられる。

  2. 自己学習への投資意識が高い

    • 空き時間を見つけては知識習得や情報収集を惜しまない。

    • 学習意欲が途切れず、常に最新の経営・業界情報に敏感。

  3. ストレス耐性・粘り強さ

    • 案件が思うように進まないことは日常茶飯事。交渉が難航するのも当たり前。

    • 長期的な視点で案件をまとめ上げるまで粘れる精神力。

  4. 自己成長を喜びと感じられるマインド

    • ワークライフバランスよりも、キャリアアップや専門性の深化に魅力を感じる。

    • 自分が成長するためならば、厳しいスケジュールにも前向きに取り組める。

向いていない人の特徴

  1. 時間とプライベートを最重視する人

    • 土日や夜間の勉強・会合などを避けたい人には厳しい世界。

  2. 数字や会計が苦手な人

    • 簿記2級以上の知識は最低限必要で、そこから先も学び続けなければならない。

  3. 営業活動や粘り強い交渉が嫌いな人

    • M&Aは“待ち”ではなく“攻め”の姿勢が不可欠。営業が占めるウェイトが大きい。

  4. 忍耐力のない人

    • クライアントとの交渉や役員会の承認、買い手候補の出入りなど、プロセスは長期化することが多い。短期的な結果を求める人には辛い環境。


就職・転職活動で意識するべきポイント

1. 自身の強みを明確にする

M&Aの営業は競争が激しく、みな一定以上の営業実績やコミュニケーション力を備えています。その中で頭一つ抜け出すには、以下のような“強み”をアピールすることが有効です。

  • 特定業界における人脈や深い業界知識

  • 外資系企業や海外市場に対する語学力・文化理解

  • 公認会計士や税理士の資格、または同等レベルの専門知識

  • 製造業やIT業界などでの実務経験(現場のリアルを知っている)

2. 企業規模やカルチャーを見極める

M&A業界と一口にいっても、外資系投資銀行、大手証券、独立系のM&A仲介会社、コンサルティングファーム、PEファンドなど、プレーヤーは多様です。自分のキャリアプランや得意分野と照らし合わせて、どの規模やカルチャーが合いそうかを見極めることが大切です。

  • 大手証券や投資銀行:大規模案件の経験が積める一方、分業制が進んでおり、特定の専門性が磨かれる。

  • 中堅・独立系M&A仲介会社:中小企業のオーナー経営者と密に接し、営業からエクゼキューションまで一貫して経験できる。

  • PEファンド:対象企業を買収後、経営改善を行い、バリューアップを狙う実務経験が積める。ファイナンスや再編手法の高度な知識が求められる。

3. 業界研究とネットワーク作り

新聞や経済誌、専門書での勉強に加え、業界セミナーや勉強会へ積極的に参加することで、情報収集とネットワーキングを同時に行うのがおすすめです。M&A業界はクローズドな情報も多く、人づてのつながりが案件獲得につながることもあります。「この業界で活躍したい」という熱意を見せるうえでも、足を使った活動は重要です。


キャリアパスと将来性

M&Aアドバイザーからの転職、キャリアアップ例

  • 社内M&A担当・経営企画
    大手事業会社でM&A戦略を立案・実行する部署へ転職し、コーポレート側からM&Aを推進する。

  • PEファンドやVCへの転職
    買い手サイドの視点を得て、投資先企業のバリューアップに携わる。将来的には独立して自己勘定投資会社やファンドを立ち上げる道も。

  • 独立してM&A仲介を起業
    自身のネットワークを活かし、中小企業を中心にM&Aアドバイスを提供する。収益性が高い反面、案件獲得の難しさも増す。

M&A業界は拡大トレンドが続く

少子高齢化に伴う事業承継問題やグローバル化の進展、スタートアップ企業の台頭など、M&Aのニーズは今後も高まる見込みです。大企業同士のM&Aだけでなく、中小企業やベンチャー企業においても、成長戦略・後継者問題の解決手段としてM&Aが活発化しています。

特に中小企業のオーナー経営者の高齢化問題は深刻で、今後10~20年で継承者不在の企業が大量に市場に出てくると予測されています。これは同時に、M&A仲介やアドバイザリーを担う人材の需要が高まり続けることを意味します。激務ではあるものの、長期的な視点で見れば極めて将来性のある業界といえるでしょう。


最後に:M&A業界を目指す方へのメッセージ

M&A業界は「高年収」「華やか」というイメージと裏腹に、営業力や専門知識、そして粘り強さが非常に求められる厳しい世界です。日々の学習と人脈づくり、そして24時間・365日仕事に注力できる覚悟がなければ、生き残ることは容易ではありません。

しかしながら、ひとたびこの業界に飛び込むと、企業の成長や存続に直接関わり、オーナー経営者の人生そのものを左右するといっても過言ではないほどのインパクトを与えることができます。投資銀行やPEファンド、大手証券会社などで大型案件を担当するのもやりがいがありますし、中小企業に特化したM&A仲介で地域や産業を支える役割を担うことも大きな社会貢献です。

「自らのキャリアを通じて経営者と向き合い、日本経済を支える一端を担いたい」「営業スキルと専門知識を磨き上げ、自分自身を成長させたい」という高い志を持つ方には、M&A業界は最適なフィールドとなるでしょう。厳しさとやりがいが共存するこの世界で、ぜひ大きな飛躍を目指してみてください。


まとめ:M&A業界への就職・転職を成功させるために

  1. 営業力がカギ

    • 特に中小企業M&Aの現場では営業が8割、専門知識は2割というほどソーシングが重要。オーナー経営者の信頼を勝ち取り、案件を獲得する粘り強さが必須。

  2. 高度な専門知識が求められる

    • 経営管理・営業法務・労務・会計税務など高難度領域の知識を深めることで、真のプロフェッショナルになれる。

  3. 24時間・365日学び続ける覚悟

    • プライベートとの両立は難易度が高い。移動時間や休日も含めて自分を研鑽し続けられる人が成功する。

  4. 人脈づくりと情報収集

    • 業界のセミナーや交流会に積極的に参加し、経営者や投資家、専門家との接点を増やす。最終的には“誰と知り合っているか”が大きな武器に。

  5. 長期的なキャリアビジョンを描く

    • 将来的にPEファンドや事業会社の経営企画への転身、あるいは独立も視野に入れるならば、若いうちから幅広いスキルとネットワークを構築しておくこと。


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プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲



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