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スモールM&A目的でM&Aマッチングサイトで会社を買うな

はじめに

 
最近「スモールM&A」という言葉が急速に広まり、多くの書籍やメディアで取り上げられています。不動産投資の延長で「小さな会社を買って、不労所得のように利益を得る」イメージを描いている方も少なくありません。しかし、実際のM&A(企業の合併・買収)の現場を知る身からすると、こうした安易なイメージに警鐘を鳴らしたいところです。

本記事では、スモールM&Aの実態を掘り下げ、なぜ安易に「M&Aマッチングサイト」に飛びつくべきではないのかをお伝えします。特に買収予算が1,000万円未満である方には、新規起業(ゼロからの株式会社設立)の方が成功確率が高いと考えられる理由を解説します。さらに、どうしても許認可を引き継ぎたい場合に限り、M&Aマッチングサイトで“箱だけ”を購入するという選択肢がある点についても触れていきます。

この記事を通じて、スモールM&Aを検討されている方が、より現実的かつ適切な意思決定を行うための一助となれば幸いです。

スモールM&Aが流行する背景

スモールM&Aに関心が高まっている背景には、主に以下のような要因があります。

1. 後継者不足問題の表面化

中小企業の経営者が高齢化し、後継者不在のまま廃業を余儀なくされるケースが増加しています。「長年培ってきたノウハウを手放すのは惜しい」「従業員の雇用を守りたい」という思いが強い売り手側と、「安く企業を買って、すぐに収益化できるのではないか」と期待する買い手側の需要がマッチしているかのように見えるのです。

2. 不動産投資ブームからの派生

スモールM&Aを「会社という物件を買う」ような感覚で捉え、不動産投資の延長線上で捉える方も少なくありません。実際、家賃収入のように「ある程度安定した売上・利益を得られるのでは」というイメージで注目されることも増えています。投資家目線から見ると、比較的小額の資金でスタートできる「スモールM&A」は魅力的に映るでしょう。

3. M&Aマッチングサイトの普及

M&A仲介会社やFA(ファイナンシャルアドバイザー)を介さなくても、インターネット上で売り手と買い手をマッチングするサービスが増えています。手数料面でのメリットや、閲覧自体が気軽という面から、多くの個人投資家・経営者が利用し始めているのです。しかし、後述するように情報の非対称性やサポート体制の不備といった問題があり、安易な参入は大きなリスクにつながりかねません。

こうした背景から、「会社を買ってみたい」「早めに売却したい」という個人や経営者が増えていますが、実際に成約までこぎつけられる案件はごく僅か。さらに、質の良い案件が本当にマッチングサイトに集まっているのか、改めて冷静に検証する必要があるでしょう。

M&Aマッチングサイト利用の落とし穴

「手軽に売り手・買い手が見つかる」「仲介手数料が安い」といった宣伝文句が目立つM&Aマッチングサイト。しかし、以下のような構造的なリスクがあります。

1. 売れ残り案件が集まりやすい

M&A仲介会社やFAなどのプロが「これは利益が望める」と判断した案件は、プラットフォームに流れる前に成約してしまうことがほとんどです。M&A業界はクローズドな市場で大部分は取引されています。当然、魅力的なビジネスには当然多くの買い手が殺到しますから、マッチングサイトに掲載される事前で投資観点で魅力のない“売れ残り” になっている可能性が高いのです。

2. 情報の正確性にばらつきがある

マッチングサイト上では、売り手側が提示している情報が誇大だったり、曖昧だったりするケースもあります。匿名性や詳細資料の開示を嫌う風潮があるため、十分なデューデリジェンス(DD)を行わずに買収してしまうと、簿外債務や隠れた負債が後から発覚するリスクがあります。

3. アフターサポートが薄い

マッチングサイトによっては、成約(契約書の取り交わし)までのサポートに特化しており、成約後の事業引き継ぎ に関してフォローが手薄なところもあります。特に1,000万円未満の小規模案件だと、手厚いサポートを受けるのは難しく、実質的に「会社を買ってからの運営は自己責任」という状況に陥りがちです。

スモールM&Aが抱える本質的な問題

スモールM&Aは、「小さな会社」や「個人事業を法人化した企業」を対象とするイメージですが、そこには以下のような構造的な課題があります。

1. 事業の多くが「社長個人」に依存している

企業規模が小さいほど、社長個人のネットワーク・営業力・人脈・技術に依存しているケースが非常に多いです。例えば、特定の人脈を活かした取引先からの受注で成り立っている場合、新たにオーナーが変わることで取引先から契約を打ち切られるリスクもあります。結果的に売上が激減し、買収した意味がなくなる可能性が高いのです。

2. 許認可や特殊ライセンスの価値は限定的

「許認可を持っている会社を買えば、新規で申請する手間が省ける」というメリットは確かにありますが、それが実際の事業価値につながるかどうかは慎重に判断すべきです。許認可の更新要件を満たし続ける体制がなければ、結局ライセンスが失効してしまうリスクがありますし、許認可以外に顧客基盤がなければ事業は回りません。

3. 事業が不安定な割に価格が割高

売り手は、自社を高く売りたいがために事業価値を過剰に見積もりがちです。しかし、買い手が想定するシナリオ通りに事業が成長する保証はありません。たとえ財務指標が一時的に良好でも、社長交代後に事業が落ち込むケースは珍しくないため、結果的に割高な買い物になってしまう危険があります。

売り手と買い手のギャップ

実際のM&A仲介プラットフォームのデータからも、売り手と買い手のギャップは明らかです。

▼数値で見るBatonz(バトンズ)

売り案件数は多いが、成約数は少ない

たとえば「バトンズ」のインフォグラフィックスによると、毎年多くの売り案件が掲載されている一方で、実際の成約件数は約5,000件程度に留まっています。一見「チャンスが多い」ように思えますが、買い手にとって魅力的な案件はごく一部に限られるのが現実です。

買収予算の半数が1,000万円未満

スモールM&Aの最大の特徴の一つが、買い手の予算規模が極めて小さいこと。1,000万円未満だと、運転資金や追加投資を捻出する余力が限られ、実際の事業運営に支障をきたすリスクが高くなります。

こうしたギャップがあるため、売り手の提示価格と買い手の許容予算が噛み合わない状況がしばしば発生し、結果的に成約に至らないケースが多いのです。

成約数が少ない現実

多くの売り案件が登録されているにもかかわらず、なぜ成約数は伸び悩むのでしょうか。主な理由として次の3点が挙げられます。


①事業価値と価格が折り合わない

売り手は「自社にはこれだけの価値がある」と思い、買い手は「リスクを考えると、この価格が妥当」と考えがちです。この認識の差から、交渉が難航して破談になることが少なくありません。

②事業の正確な情報が開示されない

本来、M&Aではデューデリジェンスを通じて財務内容や取引先との契約条件、在庫や設備の実態などを細かく精査する必要があります。しかし、スモールM&Aだと管理体制が未整備な企業が多く、買い手が不安を拭えないまま交渉が終わってしまうケースもあります。

③買い手の資金計画が甘い

買収金額は用意できても、買収後の運転資金や追加投資の計画が立てられていないケースが多く見受けられます。特に1,000万円未満の予算の場合、金融機関の融資も受けにくく、結果として事業継続が困難になることもしばしばです。

買収予算1000万円未満の危うさ

買収予算が1,000万円未満の場合、個人の貯蓄や少額の融資でM&Aに踏み切りやすい反面、大きなリスクが潜んでいます。

1. 運転資金不足

事業引き継ぎの直後は、経営者交代に伴う取引先・顧客の不安などで売上が落ち込みやすい時期です。その間に人件費や在庫費用、家賃などの固定費を賄うには十分な運転資金が必要ですが、1,000万円未満の買収予算では心もとないと言わざるを得ません。

2. 想定外の追加投資

古い設備の更新、労務管理の見直し、営業体制の整備など、買収後に多額の追加投資が必要になるケースがあります。資金余力がないまま買収すると、こうした費用が工面できずに事業が立ち行かなくなるリスクが高まります。

3. 経営ノウハウ不足

「不動産投資と同じ感覚で、買って放置していても利益が出る」と考えるのは危険です。実際の経営には、従業員管理や取引先との関係構築、財務管理など多岐にわたるスキルが求められます。特に初めて経営を行う方が、安易にスモールM&Aに手を出すと痛い目を見る可能性が高いでしょう。

スモールM&Aで想定されるメリットとデメリット

スモールM&Aには確かにメリットも存在します。ただし、デメリットと合わせて十分に検討する必要があります。

簿外債務への注意

スモールM&Aでは、決算書に現れない債務(簿外債務)の存在が意外と多いのもリスクの一つです。例えば、過去に経営者個人が他者から借入をしており、その返済義務が会社に及ぶかどうかが曖昧だったり、従業員の未払い残業代が潜在的に大きく膨らんでいるケースがあります。後から思わぬ負債を負うことにならないよう、専門家とともに徹底的にチェックしましょう。

【メリット】

許認可やライセンスの継承
建設業許可、飲食店営業許可などを含む“ライセンスビジネス”の場合、ゼロから取得するよりも手間や時間を大幅に削減できます。更新要件をクリアしやすいかどうかを事前に確認しておけば、スムーズに事業を開始できる可能性があります。

既存の従業員や取引先の引き継ぎ
業務フローがある程度確立されており、優秀な従業員が在籍している場合、ゼロから人材を採用・育成するよりも早期に事業を軌道に乗せられる場合があります。ただし、従業員の雇用条件や平均年齢、残業代の未払いや就業規則などをチェックし、法的に問題がないかを注意深く確認してください。

【デメリット】

情報開示リスク
売り手が十分に情報を開示しない場合、買収後に初めて簿外債務や労務トラブルが発覚することがあります。法的手続きを通じて売り手の責任を追及することもできますが、時間・コストともに膨大になる恐れがあります。

社長個人の信用・コネクションが消える可能性
社長の人脈・営業力に大きく依存したビジネスモデルの場合、新オーナーに代わった瞬間に主力取引先の大半が離脱するケースもあります。特定の取引先の売上に大きく依存している場合、売上が20~50%ほど減少することを覚悟しておいたほうがいいでしょう。

買収後のトラブル対応コスト
M&A成立後に、前オーナーの負債や税務リスク、労務リスクが明るみに出ることは珍しく

ありません。それらの対処には専門家のサポートが必要になりますが、当然追加費用が発生します。想定外の出費を抑えるためにも、事前のデューデリジェンスを怠らないようにしましょう。

許認可がだけ欲しいだけならどうすべきか

「どうしても許認可だけは確実に引き継ぎたい」という場合には、M&Aマッチングサイトで“箱だけ”を買う選択肢もあります。例えば、建設業許可を持つ会社や、飲食店営業許可を有する法人を、その許可目的だけで買い取るイメージです。

しかし、許認可が事業の核として本当に必要かどうか、改めて検討しましょう。許認可があっても、実際に稼げるビジネスモデルが伴っていなければ意味がありません。さらに、許認可を維持するための更新手続きや要件を満たし続ける体制がないと、買った意味がなくなります。専門家に相談しつつ、手間とコストのバランスを見極めることが重要です。

新規開業のすすめ:1000万円の使いみち

もし買収予算が1,000万円程度しかないのであれば、ゼロから新規に会社を設立して起業する方が、結果的にリスクをコントロールしやすいと考えられます。以下のようなメリットがあるためです。

1. リスクが明確

自分で一から株式会社を立ち上げれば、負債はゼロ、不要な人件費もゼロの状態からスタートできます。経営者として把握できる範囲で徐々に事業を拡大できるため、簿外債務や知らない負債を抱え込むリスクがありません。

2. 自由度が高い

既存事業を引き継ぐと、前オーナーが築いてきた社内文化や取引先との関係など、さまざまなしがらみがつきまといます。新規開業であれば、自分のビジョンを起点にビジネスモデルを設計でき、方向転換も柔軟に行いやすいのです。

3. 信用を築くところから始められる

最初は取引先が少なくとも、自分自身のやり方で徐々に信用を積み重ねていくことで、後々大きく伸ばす可能性もあります。既存事業の取引先に合わせる必要がないため、経営方針を自由に転換できる点は新規開業ならではの強みです。

スモールM&Aを成功させるために必要な視点

どうしてもスモールM&Aを検討する場合、次のポイントを押さえておきましょう。

1. 専門家のサポートを受ける

弁護士、公認会計士、税理士などの専門家によるデューデリジェンス(DD)は欠かせません。「スモールM&Aだから安いから大丈夫」という発想は危険です。数十万円~百万円単位の費用をかけてでも、買収対象の財務・税務・労務リスクを徹底的に洗い出しましょう。

2. 価格とリスクのバランスを検証する

事業の将来性や現経営者の力をどの程度引き継げるのか、客観的に評価する必要があります。M&AアドバイザーやFAに企業価値評価(バリュエーション)を依頼し、買収価額とリスクが見合うかどうかを検討することが重要です。

3. 事業を引き継いだ後の計画を明確にする

従業員や取引先への対応策や、資金繰りの見通し、営業戦略など、具体的な経営計画を事前に立てておきましょう。「買った後に考えればいい」というスタンスでは、早々に行き詰まる可能性が高いです。


4. 自分が本当に経営をやりたいか再考する

スモールM&Aを「不動産投資のように買って放置すれば儲かる」程度に考えていると失敗するリスクが極めて高いです。むしろ、買収後こそ経営者としての手腕や時間が求められます。副業感覚で成功するほど甘くはありません。

助成金や補助金、創業融資の活用

スモールM&Aに取り組む際、あるいは新規開業に踏み切る際には、国や自治体の助成金・補助金、創業融資制度などを活用できるかどうかも検討してみましょう。特に新規起業をする場合、日本政策金融公庫などの創業融資をはじめ、自治体独自の補助金や、雇用促進に対する助成金など、資金調達の選択肢が広がります。

創業融資: 事業計画書の提出が必要ですが、比較的低金利で資金を借りられる可能性があります。

助成金・補助金: IT導入補助金や事業再構築補助金、中小企業支援策など、国や自治体の施策によって多様な制度があります。自分の事業形態に合ったものを調査・申請することで、初期コストを抑えられるでしょう。

こうした制度を有効に活用することで、買収だけに頼らずとも事業立ち上げのハードルを下げることが可能です。ただし、助成金や補助金は要件や期限が厳しく、申請書類も多岐にわたるため、早めに情報収集し、必要に応じて専門家の力を借りることをおすすめします。

まとめ

スモールM&Aは、一見すると手軽で魅力的に映るかもしれません。しかし、その実態には「売れ残り案件が集まりやすい」「情報開示リスクが高い」「引き継ぎ後の運転資金やノウハウが不足しやすい」など、多くの落とし穴が潜んでいます。特に、1,000万円未満の買収予算で「M&Aマッチングサイトにある案件を買おう」という発想は大変危険です。

どうしても特定の許認可を継承したい→ “箱だけ”を買う方法もありますが、更新要件や許認可の本質的な価値を精査する必要あり。

買収予算が1,000万円程度→ むしろ新規開業を検討し、資金を初期投資やマーケティングに充当した方が成功確率は高い。

スモールM&Aを検討するなら→ デューデリジェンスにお金と時間をかけて、簿外債務やリスクを徹底的に洗い出す必要がある。

スモールM&Aの甘いイメージに踊らされず、堅実かつ冷静に事業をスタートさせるためには、自身の経営ビジョンや資金計画を明確にし、専門家の力を借りながらリスクを最小化することが欠かせません。「マッチングサイトで良さそうな案件を見つけたから」と即決せず、本当にその企業を引き継ぐ意義があるのか、買収後に利益を生み続けられる体制があるのかを冷静に見極めましょう。

スモールM&Aは決して“楽して稼ぐ”手法ではありません。 むしろ、買収後こそ真価が問われる経営手法であり、その成功は事前の準備と経営者としての覚悟にかかっているのです。まずは自分の経営方針や目的に合ったベストな道を模索し、必要に応じて新規開業や助成金・補助金の活用を含めた多角的なアプローチを検討してみてください。

プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲



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