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近年から2024年までのM&A業界、2025年以降の展望

2025年を迎えて:急伸するM&Aの新潮流

 2025年を迎え、昨年(2024年)のM&A動向を振り返ると、多くの企業が大幅な事業転換を実施した実態が改めて顕在化しました。M&A調査会社「レコフデータ」(東京)のまとめによれば、日本企業が関与した国内外の合併・買収件数は2024年に前年比17.1%増の4,700件を記録し、過去最多を更新。とりわけ上場企業による事業再編が顕著で、全体件数の約3割を占めるまでに拡大しています。さらに、株式を保有するオーナーや経営者が世代交代を目的に株式譲渡を行う「事業承継M&A」も前年より31.4%増の920件に達し、同じく過去最高となりました。

 こうした動向には、経営環境の変化や政策的支援の拡充、デジタル化の加速に加え、少子高齢化による経営者不足が深く影響していると考えられます。本稿では、2024年に顕在化した主要トレンドを再整理しながら、2025年以降にさらに進展しそうなM&Aのかたちを概観していきます。


1.急増したM&A案件とその要因

1-1.市場の活況を示す数値的裏付け

  • 2024年のM&A総件数
    4,000件を大きく上回り、前年から急伸しました。

  • 背景にある複合的要因

    • 大企業による事業ポートフォリオの再検討

    • 経営者の高齢化に伴う事業承継ニーズの拡大

    • スタートアップのM&A活用(資金調達の出口戦略)

こうした要因が重なり合い、M&A市場全体が加熱したと見られています。

1-2.「黒字廃業」回避と事業承継M&Aの普及

  • 黒字廃業の深刻化
    後継者不在を理由に、本業が黒字でも廃業を余儀なくされるケースが1970年代末から徐々に増加。年間で数万社に上るとの推計もあります。

  • 事業承継M&Aの広がり
    同業や大手企業とのマッチングが活発化し、事業承継の受け皿として機能。
    一方で、短期的な利益のみを狙う買い手の存在も指摘され、業界団体や公的機関による監視・規制が強化されています。


2.IT業界で進む人材争奪とノウハウ確保

2-1.約3倍に拡大したIT・情報サービス分野

  • 公表ベースで377件
    2024年に確認されただけでも377件あり、非上場企業間の取引を含めればさらに多い可能性があります。

  • IT人材獲得と技術力の取り込み
    ここ10年でM&A件数が約3倍に膨れ上がった背景には、圧倒的なIT人材需要と、開発リソースを効率的に獲得できるメリットが大きいことが挙げられます。

  • 大手ITベンダーの積極投資
    2025年までに1,000億円超を投じる方針を掲げる企業もあり、業界再編の動きはまだ序盤と考えられます。

2-2.ロールアップ型M&Aと高まる評価額

  • ロールアップ型M&A
    新興企業が短期間で数十社を買収し、売上高1,000億円超のグループへと一気に成長させる事例が出始めています。

  • 高まる売却評価額
    こうした急成長モデルへの注目度が高まり、IT企業全体のEV/EBITDAマルチプルがかつての5〜6倍を上回るケースも増加。
    → 事実上の“人材争奪戦”がさらに激化しています。


3.スタートアップの新たな資金調達手法

3-1.IPO以外にも多様化する出口戦略

  • IPOのキャパシティ
    国内の年間新規上場は約100件程度に限られるため、すべてのスタートアップがIPOを実現するのは困難。

  • M&Aの選択肢
    スタートアップはM&Aを通じた企業売却という資金回収手段を、より現実的な選択肢として捉え始めています。
    近年は大企業の傘下でリソースを活用し、その後に独立上場を図る「スイングバイIPO」事例も見られますが、買収側のメリットは限定的とする批判的見方も依然根強い状況です。

3-2.大型調達バブルの反動と「スモールIPO」問題

  • バリュエーションギャップ
    2021〜22年の好調なIPO市場で過大な評価を得たスタートアップが、M&Aによる売却を検討した際、想定価格と実勢価格のギャップに苦しむケースが頻発。

  • スモールIPOのリスク
    上場時の時価総額が小さいと海外投資家を呼び込みにくく、追加の成長資金確保が難しい。
    → スモールIPOを回避するために、過度なバリュエーションを求めず、まずは融資で事業を成長軌道に乗せようとする動きが一部で広がっています。

3-3.買い手として台頭する新興企業

  • 新興企業間の相互買収
    上場を果たした若い企業が、調達資金と信用力を背景に小規模企業を買収し、ソリューション領域を拡大するケースが増加。

  • IT系スタートアップの連続買収
    ソフトウェア開発やITコンサルを営むベンチャーが同業他社を次々に取り込んでブランド力や開発力を強化する動きは、今後も注目を集めると見られます。


4.上場企業のTOB増加と資本市場の変容

4-1.年間100件超ペースに乗るTOB

  • 国内TOBの推移
    従来は年間50〜80件程度だったが、2024年には100件を超える勢いを見せる。
    → 株主との対話方法が定着し、大手企業間の対抗TOBも珍しくなくなっています。

4-2.PBR1倍割れ企業へのアプローチ

  • 日本市場の特徴
    上場企業の約4割がPBR1倍を割り込む状態で、海外と比べても異例。
    → 投資ファンドや同業による買収提案が増え、経営改革を迫られる企業が相次いでいます。

  • MBO(マネジメント・バイアウト)の増加
    経営陣が主導する上場廃止の動きも散見され、上場のメリット・デメリットが改めて問い直される局面となっています。


5.PMI(買収後統合)の成否を分ける要諦

5-1.クロージングはスタートラインにすぎない

  • 取引成立後が本番
    デューデリジェンスや企業評価など、大きなエネルギーをかけたM&A交渉はあくまでプロセスであり、クロージング後の統合作業(PMI)こそが成否を左右します。

5-2.トップへの直接アクセスと現場の巻き込み

  • 現場重視のコミュニケーション
    買収完了後に経営トップが営業・製造部門の社員との懇談を重ね、不満や疑問を直接聞き取る手法が効果的とされます。日本的企業文化では、こうしたボトムアップ的な意見収集が特に重視される傾向にあります。

5-3.PMI専門人材への需要拡大

  • 人材不足の現実
    M&A件数は増加する一方、組織再編や人事制度の統合などPMI業務に精通した人材はまだまだ不足。
    高度な知見と調整能力を備えたPMI専門家への需要が今後さらに高まると見込まれます。


6.展望:2025年以降に予想される動向

6-1.事業承継型と大型買収の二極化

  • 事業承継の需要継続
    中小企業の経営者高齢化問題が深刻化するなか、事業承継型M&Aは当面高水準が続くとみられます。

  • 戦略的M&Aの活性化
    大企業や投資ファンドによる対抗TOBや敵対的買収が活発化し、スタートアップ同士や出資先と連携する新たなM&Aモデルも拡大しそうです。

6-2.政策支援によるさらなる後押し

  • 税制優遇・ガイドライン整備
    スタートアップ買収時の取得価額控除など、M&Aを促進する施策が強化されています。
    買収提案への対応ルールが明確化され、透明性の高い市場が期待されています。

6-3.M&Aは経営刷新の「起爆剤」

  • 干支「巳」に象徴される「脱皮」のイメージ
    2025年の干支は「巳(へび)」。企業にとって、M&Aは抜本的な変革を促す絶好の機会となり得ます。
    → 事業拡大だけでなくスピンオフや資本構成の変化など、多彩な局面で活用される見通しです。


7.結びにかえて

 2024年は事業承継M&Aの拡大、スタートアップの大型調達バブルの反動、大企業における株主価値重視のTOB増加など、多彩な動向が同時に進行した一年でした。これらを支えたのは、企業の生存戦略や新陳代謝への切実なニーズに加え、税制やガイドラインといった制度面の後押しも大きかったと考えられます。

 一方で、悪質な買い手によるトラブルやPMIの不備によるシナジー減退といったリスクも表面化しています。M&Aは経営資源獲得や事業変革を促進する一方で、法的にも実務的にも複雑なオペレーションであり、高度な情報収集とリスクマネジメントが不可欠です。

 2025年からの数年間で、国内のM&A市場はさらに多様化・複雑化すると予測されます。「買う」「売る」「組む」という多様な選択肢をあらかじめ見据え、長期的視点と戦略的思考をもって機動的に決断できるかどうか――これが企業の将来を大きく左右するでしょう。めまぐるしく変化する経営環境に合わせ、企業は何度でも「脱皮」を重ね、新たな成長を切り開いていくことが求められます。


プライマリーアドバイザリー株式会社
代表取締役 内野 哲


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