日本ケロッグのPR事例から考える、教科書通りの正攻法よりも「信念」を貫くべき理由。
こんにちは。今回も「ケロッグ 毎日朝ごはんプロジェクト」をテーマに、日本ケロッグの山路真由さんとプラップジャパンの小林拓さんとの対話をお届けします。
子どもの朝食を取り巻く課題に対して、地域連携で解決を目指すプロジェクト。前編では、子ども食堂や小学校を巻き込む過程を中心にお話いただきました。
<前編記事はこちらから>
後編ではプロジェクトを前に進めるヒントや、多様なステークホルダーと良好な関係を構築するポイントをお聞きします。
<対談メンバー紹介>
――今回のプロジェクトに参画している20か所以上の子ども食堂との折衝を山路さんがお一人で対応していたと聞き、とても驚きました。
山路:私自身、社内で担当が1人ということもあり、複数の関係者とやりとりするので、外部に一式の対応をお任せするという選択肢ももちろんありました。ただ、このようなプロジェクトを立ち上げるからには、私自身が現場をちゃんと知りたいし、現場の方がどんなことを考えているのかをしっかり理解したいと思い、まずは私のほうで窓口をする形をとりました。ゼロからのスタートなので、いきなり多くの方たちと連携するよりも、お互いを知り合える範囲の数の子ども食堂と一緒に活動を始めるほうがよいとも考えていたんです。
実際、子ども食堂の皆さんと電話でお話していると、率直に思いをぶつけてくださいます。直接対峙するからこそ、熱量というかパッションが伝わる部分もありますし、「最近どうですか?」なんて会話から気づきや発見が生まれることもあります。
――事務的な部分以外でもコミュニケーションをとっているんですね。
山路:食堂を訪れる子どもたちが描いた絵や手紙を皆さんこまめに送ってくださるんです。それを社員にシェアすることで社員のモチベーションになっているのも強く感じています。直接のやり取りで関係性が築けているので、やはり立ち上げの段階ではこの座組を選んでよかったと思っています。
小林:おひとりで広報を担当される中、各所と丁寧に対応される山路さんの姿勢には学ばせていただくことばかりです。素敵な出会いもたくさんありましたよね。
山路:八王子にある「子ども食堂 カフェ北野」さんとの出会いはとても大きかったです。運営事務局の奥野玉紀さんという方と懇意にさせていただいて、おんぶにだっこのようにお世話になっています。
奥野さんの会話で特に印象的だったのが、子どもにとって朝ごはんの重要性は、大人が考えている以上に大きいという話です。単純にお腹がすいているから、とりあえず朝ごはんを食べる、というわけではなくて、朝食でエネルギーチャージをするからこそ、学校生活も勉強にも集中できるし、いっぱい運動して友達とも笑顔で遊べる。そうして子どもが笑顔で1日過ごせることは保護者や周囲の方々の願いでもあると。
日々子どもたちと向き合う奥野さんならではの実感が伴った言葉で、とても印象に残っています。
小林:当時はちょうど「ケロッグ 毎日朝ごはんプロジェクト」をどう情報発信していくか模索していたんですよね。いち企業が行うプロジェクトとなると、ともすれば宣伝として見られてしまうこともあるなかで、社会全体の課題に対して活動をしている事実をなんとか世間の人に知ってほしいと考えていました。
ケロッグ単独でメッセージを発信するのではなく、奥野さんの口から実体験とともにお話いただくことで、説得力は大きく変わります。その意味でも、奥野さんとの出会いはとても貴重でしたし、お話をした日をきっかけに純粋に奥野さんの想いをもっとメディアに取り上げてもらいたいと感じたことを覚えています。
山路:そうでしたね。実は当社の社員とも良い関係を築かせていただいています。カフェ北野さんは、夏休みになると朝食に加えて昼食も提供してさらに忙しくなるので、その期間中、当社の社員がボランティアでお手伝いをさせていただきました。
どのメンバーも楽しみながら、モチベーション高く取り組むことができましたし、奥野さんも当社メンバーのことを好意的に受け止めてくださって、お互いの関係性を深められる機会になったと感じています。プロジェクトに携わっている私やプラップさんだけではなく、ケロッグで働くメンバーの顔が見えることで「こういう人間がシリアルを製造したり、販売しているのか」と知っていただく一助になりました。
小林:信頼関係は急に築き上げられるものではなく、何気ない会話や日々のコミュニケーションの積み重ねだと改めて気づかされます。
――プロジェクト発足発表会の場所が決まったのも、奥野さんとの会話がきっかけだったとか。
山路:ローンチの発表会を開催すると決めたものの、発表会にぴったりの会場がなかなか見つからなくて、当時はかなり焦っていたんです。そんな中で奥野さんと話していたら「カフェ北野の近所にある由井第一小学校を会場として借りられるんじゃないかしら」と提案してくださって。奥野さんが由井第一小学校と密に連携しているご縁もあり、当時の校長先生へお話いただき、我々も何度か小学校へ訪問して、ご相談をさせていただいた結果、小学校の会議室と体育館を発表会の会場としてお借りできたんです。
民間企業の活動に小学校を貸してもらえることはなかなかないのですが、おかげでカフェ北野さんを視察いただく機会をメディアの方々に提供することもできました。奥野さんのおかげで私たちらしい発表会にすることがすることができたと思っています。
小林:由井第一小学校の校長先生をはじめ、先生方にお話を聞くと、「小学校としても朝食欠食や孤食、食育の問題は力を入れたい」と皆さんおっしゃっていて。子どもたちを取り巻く問題をなんとかしたいと思う気持ちがあるからこそ、会場をお貸しいただけたのだと感じています。今回のプロジェクトの象徴である小学校と子ども食堂の双方を取材できる発表会に仕立てられたことで、メディアの方々にもきちんと本プロジェクトのことを知っていただけました。
今だから言えますが、都心から遠い場所柄、八王子で実施するかどうかは悩みましたよね。
山路:悩みましたね。当社内でも「八王子で発表会を実施して、果たしてメディアの方々が足を運んでくださるのか」という議論はありました。ケロッグの社会貢献活動を大々的に社外発信するのは初めてだった分、誰も正解を持っていないし、成功するのか想像しづらい側面はどうしてもあって。本当に大丈夫なのか、その判断基準はどこにあるのかなど不安視する声もあがっていました。
――そんな状況下で実施を決めた理由は何だったのでしょうか。
山路:「とにかくやってみるしかない」という決断でしょうか。カフェ北野さんや由井第一小学校の皆さんとお会いして、この方たちとコラボレーションしたいと強く感じたんですよね。メディアが来てくださるのか予想がつかない部分はありましたが、どんな場所でも開催してみないとわからないのであれば、現場を見ている私とプラップさんがベストだと信じられる形式が一番ふさわしいと考えたんです。今振り返ってみると、信念を貫くことで色々な壁を突破してきたような気がします。
――正解がないからこそ、最終的には自分たちの信念を貫いたと。
山路:私たちがやりたいと思う方向性に対して社内外の賛同をもらえるように、多様な立場の方を巻き込むことを意識していました。
というのも、こういうプロジェクトって、企画書の上だけで話を進めようとしても、なかなか前に進まないと思うんです。奥野さんと由井第一小学校の協力を皮切りに、各地の子ども食堂との橋渡し役となってくださったNPO法人全国こども食堂支援センターむすびえの理事長である湯浅誠さんや、ケロッグ公式応援サポーターのミルクボーイさん、孤食や栄養バランスの課題を解説いただく細川モモさんなど、「ケロッグ毎日朝ごはんプロジェクト」に携わる様々な立場の方が発表会に登壇いただけるように調整を進めていきました。
各所の力をお借りできることが決まって、発表会の概要が定まるにつれて、会場の立地を不安視する声も徐々に減っていったんです。最終的には社内メンバーも納得した形で発表会を開催できましたし、結果として複数のメディアさんにも来場いただけました。
小林:PR(パブリックリレーションズ)は第三者の巻き込み力が欠かせないものですが、まさに周囲を巻き込んで合意形成することで実現した発表会だったと感じています。
山路:こんなにもたくさんの方々を巻き込んだ経験って私自身これまでなかったかもしれません。色々な方を巻き込みすぎて、途中うまく実施までまとめきれるか不安を覚えることもありましたが(笑)、ありがたいことに皆さんが本当に協力的で、良い形でプロジェクトのスタートを切ることができました。
――多くのステークホルダーを巻き込むプロジェクトだからこそ、関係各所と信頼関係の丁寧な構築が成功の鍵を握りますね。そうしていくうちに、引き寄せ合う力が働いていくのだと思います。
山路:そうですね、神戸にある子ども食堂さんの言葉を思い出します。立ち上げまでのご苦労や運営が軌道に乗るまでの難しさをお聞きしている中でふと気になって、「大変な壁がたくさんあったのに、どうやって乗り越えたんですか」と質問したことがあったんです。
そうしたら、その方が「やってみるとなんとかなるもの。自分の思いに共感してくれる人は絶対見つかるし、そういう人は自然と集まってきて、協力の手を差し伸べてくれるのよ」とおっしゃっていて。スタッフの方々の力量やお人柄があってこその縁だとは思いますが、「山路さん、世の中捨てたもんじゃないでしょ」という言葉がとても頭に残っています。
小林:素敵な言葉ですね。このプロジェクトを通じて、多くの関係者からリアルな話をお聞きしてきた分、重みも感じます。
山路:このプロジェクトをはじめていなければ、子どもたちのことを考えて活動をしている方々がこんなにもいらっしゃることを知れなかったと思うと、本当に感慨深いです。
小林:PRパーソンとしては、活動される方の思いや実態をもっと多くの人たちに知ってもらいたいと心から思います。
山路:子どもたちを取り巻く身近な課題を知ってもらうのはもちろん、解決に向けてひたむきに取り組まれている方たちの存在や、支援の輪が広がっていることも広めていきたいです。
――今後このプロジェクトをさらに広げる活動としては、どのようなことをお考えでしょうか。
山路:ひとつが動画の公開です。子ども食堂を訪れる子どもたちはみんな笑顔で楽しそうなんですよ。朝食を楽しむ場をメディアの方やその先の生活者の方たちに見ていただくことが大事だと考えて、プラップさんと一緒にドキュメンタリー風の動画を制作しました。
小林:撮影には、カフェ北野さんにご協力いただきました。カフェ北野さんは、30-40人ほどの子どもたちが毎日登校前に立ち寄っていて、満席になる日もあるほど賑わっているんです。その様子や、奥野さんのインタビューを盛り込んだ3分程度の動画に仕上げて、メディア向けの参考資料として配布したり、オンライン上で配信しています。
関心を持ってくださった記者さんの中には、実際に足を運んでいただいて、一緒に朝食をとったりもしています。「子どもたちが朝食をとって、元気になっている様子が見られてよかった」という声もいただいていて、もっと多くの方に見てもらえる機会を作れたらと思い、ケロッグさんに提案しました。
山路:紙の資料上で、こういう活動をしていると伝えるよりも、動画を見て、雰囲気を知っていただくのが一番だと思っています。
他にも、むすびえさんにご協力をいただいて、調査も行いました。各地の子ども食堂に、朝食欠食をしている子どもたちの実態や、朝食提供を始めてからの変化をアンケートでお聞きして、調査結果をプレスリリースとしてまとめたんです。
子どもたちにとって、夏休みは食生活が乱れやすい時期です。給食がなくなりますし、起床リズムが崩れて朝食を食べない習慣も生まれやすい。重要な夏休みのタイミングにあわせて動画や調査結果を通じた啓発活動を行うことで、プロジェクトの意義をまた違った形で伝えていきたいと考えています。
――時節に合わせた情報を開発し、啓発を継続することもPRの醍醐味ですね。地域を巻き込んだ今後の活動も楽しみにしています。
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プロジェクトを前進させる原動力は関係者との直接の対話。丁寧に信頼関係を築いた先に、力を貸してくれる人たちとの出会いがあるということがお二方の話を聞いてよくわかりました。
特に印象的だったのは、八王子での発表会実施に際して「自分が正しいと信じる道に向かって、とにかくやってみるしかないと決断した」という山路さんの言葉。決断の裏側にある信念が、様々なステークホルダーを「巻き込む力」につながっているのだなと感じます。共創型のPRが求められるこれからの社会に大切な視点だと思います。山路さん、小林さん、貴重なお話をありがとうございました。
次回は顕在化されていない社会課題の啓発をテーマに、プラップジャパンが手掛けた事例をご紹介します。どうぞお楽しみに。