見出し画像

ワタクシ流☆絵解き館その120 ぬくもりのある描線―中村不折の旅の絵

中村 不折・なかむら ふせつ 1866年(慶応2年)― 1943年(昭和18年)は、多才な画力を持つ絵描きだ。明治後期から昭和戦前期に亘る長い歳月、洋画家・書家として活躍し、仕事は多岐に渡るが、堅牢な油彩画とは趣のガラリと変わる洒脱な挿絵も描き、その仕事が今、筆者には最も興味がわく。今回は、不折の挿絵に描かれた風景の中を歩いてみよう。
先ずは、不折のプロフィールがわりに、油彩の風景画の方を掲げる。官展の審査官も勤めた写実の力量が、並々ならぬのがわかってもらえるだろう。

中村不折「小雨の渡し」 1933年 油彩 東京国立近代美術館蔵
中村不折 「芝増上寺山門」 1890年 油彩 株式会社中村屋蔵

ここから、スケッチ調のモノクロの絵。ただし、これらの絵は、短文を添えた紀行画集として出版されたもので、手遊びではなく独立した作品だ。現地写生に基づいている。現在の付近の様子を絵の下に写真で並べてみた。

中村不折 明43-44刊行「不折画集. 第1 筑波山,上毛三古碑及漫筆」より 土浦神龍寺
現在の神龍寺山門の様子
中村不折 明43-44刊行「不折画集. 第1 筑波山,上毛三古碑及漫筆」より 筑波山一の鳥居
現在の一の鳥居付近の様子

中村不折 明43-44刊行「不折画集. 第1 筑波山,上毛三古碑及漫筆」より 池村入り口
現在の同場所付近の様子(完全一致の場所ではありません)
中村不折 明43-44刊行「不折画集. 第1 筑波山,上毛三古碑及漫筆」より 金井沢
現在の同場所付近の様子(完全一致の場所ではありません)
中村不折 明43-44刊行「不折画集. 第2妙義山 碓氷川及春誉十種」より 磯部硫泉場
現在の磯部温泉付近の様子(完全一致の場所ではありません)
明治35年 光村写真部刊「仁山智水帖」より 磯部温泉
明治35年 光村写真部刊「仁山智水帖」より 磯部温泉の説明部分
中村不折 明43-44刊行「不折画集. 第2妙義山 碓氷川及春誉十種」より 松岸寺
現在の松岸寺参道の様子
中村不折 明43-44刊行「不折画集. 第1 筑波山,上毛三古碑及漫筆」より 男体山絶頂
現在の同場所付近の様子(完全一致の場所ではありません)

明治時代生まれの、洋画黎明期に画技を磨いた画家には、一方で厚い写実の力を持ちながら、もう一方では、挿絵の仕事に余技とは言えない力量と味わいを見せる例がいくつもある。
その一例として、中村不折と同時代人で、官展を中心にやはり昭和時代まで長く活躍した中澤弘光の作品を以下に掲げる。

中澤弘光 大正11年 金尾文淵堂刊 「日本大観」より
中澤弘光 大正11年 金尾文淵堂刊 「日本大観」より

再び、不折の絵に戻る。
現在では、建物も道路の様子もすっかり変わり、どのポイントと確定するのがむつかしい場所の眺望を以下に並べる。

中村不折 明43-44刊行「不折画集. 第2妙義山 碓氷川及春誉十種」より 妙義町遠望
中村不折 明43-44刊行「不折画集. 第2妙義山 碓氷川及春誉十種」より 原市村外
中村不折 明43-44刊行「不折画集. 第1 筑波山,上毛三古碑及漫筆」より
中村不折 「不折画集. 第1筑波山、上毛三古碑及漫筆」より 霞ケ浦より筑波山を望む

カラー印刷技術は高くなく、価格が高価にもなるため、多色刷りの画集にはならなかったと思われるが、不折の絵は、モノクロならではの味わいを、輪郭線の太さのバリエーションと柔らかさで醸し出している。
不折が当代の人気画家であり得た理由が、この画集からよくわかる。
                   令和4年3月  瀬戸風  凪


いいなと思ったら応援しよう!