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映画『春の香り』プロダクションノート♯6.  ( 監督日誌① 丹野雅仁)

2023年 東京

6月20日(火) 

脚本家のカマチが連絡してきた。前作を手伝ってくれた堀さん(以下、堀P)が僕に話があると言うので、神戸から羽田に飛んだその足で新宿の焼き鳥屋で三人で会う。

堀Pは、白血病だった娘さんの話を元に、プロデューサーとして「いちばん逢いたいひと」という映画を作り、現在、劇場公開のまっ最中。その映画の縁で、坂野春香さんという脳腫瘍で亡くなられた女の子のご両親と出会い、彼女の話を映画化することになったという。そんな経緯を話してくれた上で、新しい映画の監督を僕に依頼してくれたのだった。

依頼は嬉しいが、即答はできなかった。僕は、人を殺す映画は今までずいぶんとやってきたけど、人が病気で亡くなる話は、元々そういう映画が苦手で自分では見ないこともあって、しかもそれが18歳の女の子の実話となると、ちょっと……心が前を向かない。正直に堀Pにはそう伝えたが「でも何とか彼女の存在を世に残したい」と、彼女は引き下がらない。なので「じゃあフィクションにしていいなら。悲しい女の子より幸せな女の子を見たい。18歳なんてまだまだいっぱいやりたいことあったはずだし、それをフィクションで叶えるような話にしていいなら」という提案をした。堀Pは「持ち帰ります。とにかく、これは読んどいて下さい」と、ご両親が書かれた彼女の闘病記『春の香り』を僕に預けて、その晩は仙台へ帰って行った。

数日後、堀Pから「フィクションでいきましょう」と連絡があって、この映画と僕らの旅が始まった。

7月初旬

先に元本を読んでいたカマチと「やっぱり女のコだし、漫画を描くほどの想像力のあるコだから恋には絶対憧れたはず。しかもこの話題はなかなか親には気恥ずかしくて話しづらいだろうし、秘めた部分もあったと思う。この映画で彼女に初恋をプレゼントする」という縦軸を決める。横軸は彼女と家族の話。実際に春香さんが暮らした愛知県江南市で撮ることは決まっており、カマチはすでに堀Pと現地をシナハン済みだというので、僕が元本を読んでいる間にカマチが叩き台となる稿を仕上げることにする。

また、「春」がモチーフでもあるので、撮影時期は桜ネライで来年(2024年)3月末~4月上旬に設定することに決めた。

7月12日(水)

カマチが初稿を上げてくる。一読したあと新宿の焼き鳥屋で会ってあれやこれやと注文を付け、案を練る。初恋とは言ったが、ライトノベルのような軽い感じにはしたくない。漫画的展開も取り入れつつ、ナマなリアル感は残したい。

7月16日(日) 

やっと元本読み終わる。……壮絶すぎる。ていうか、やっぱり命の話は……。現実の話を、当事者である肉親が綴った文章は、淡々とした記述だけに生々しく、肌に内臓にじわじわとこたえる。加えて、堀Pが「参考に」と言ってリンクを送ってくれた、春香さんについてのドキュメンタリーなんかを見てしまったもんだからもう、親戚の子の話のような、すぐ近くにいたコのような気がする。気持ちが重い。――これをハッピーな話にできるんだろうか。
しかし、彼女の「生きたい」「人の役に立ちたい=自分が存在した証を、ひとの心に刻みたい」という思いの強さが突破口になるような気もしている。
元本はやっぱり親からの視点。僕らは彼女の視点からの、彼女の物語を作らなければ、とも思う。

原案本の「春の香り」
付箋が貼り付けられた原案本
丹野監督が徹底的に読み込んだ痕跡が伺える

7月27日(木)

仙台へ帰る堀Pと東京駅前で打合わせ。駅前広場ではウェディングドレスで記念写真を撮っているカップルが5~6組。

8月3日(木) 

堀P&カマチ打合わせ@東京駅前。

8月18日(金) 

四谷で坂野貴宏さん和歌子さんご夫妻と初顔合わせ。柔和で明るいご夫婦。会う前はどう接していいのか迷っていた僕が完全に置いていかれた感じのフツー感。元本の壮絶な内容と目の前のご夫婦の佇まいが、僕の中でくっつかない。今でも絶対、春香さんを亡くされた悲しみは抱えられているはずなのに、どうなったらこうも悲しみの影とか気配を消せるのか。メーターを振り切ってしまったあとはもう、すべてが穏やか、みたいな感じなんだろうか。

坂野さんご夫婦(坂野貴宏さん、和歌子さん)

ご夫婦で履かれたおそろいのスニーカーには、ふたりだけの同志感というか戦友感というか、そんな意味を深読みしてしまう。

9月14日(木)

阪神タイガース、セントラルリーグ制覇。父の七回忌。しばらく仕事が手につかない。

江南
9月26日(火)

堀Pと江南ロケハン。知らない土地を初めて訪れる瞬間は楽しい。江南駅に着くとなぜか和歌子さんご自身が迎えて下さる。「何で?」と思っている間に和歌子さんの車で、春香さんが通ってた学校や病院、車いすで散歩した公園、通信制へ転校する前に通った高校、などを案内していただく。考えてみれば、ゆかりの地を本人のエピソードを伺いながら巡ることほど、内容の濃い取材はない。

春香さんの通っていた通信制の高校は、江南の隣の柏森駅の駅前マンションの一室が教室になっており、和歌子さんが「あそこです」と指さされた部屋は、今は違う学校法人がやはり通信制の教室として使用している模様。ふとドア前に人影が見えた。和歌子さんは躊躇なく「行ってみましょう」とずんずん進んで行かれ、僕が「え?」と思ってるあいだにドアをノックされてしまった。中から出てこられたのは今井さんと仰る女性の先生で、なんと春香さんが通ってた時もおられて、春香さんのことはよく憶えてると仰る。この際だと思って厚かましく「中を拝見させていただけますか?」とお願いすると、「生徒に訊いてみます」と仰って一旦中に入られ、そのあと「どうぞ」と招き入れて下さった。

昼食後、春には桜並木が美しいという木曽川の外土手「お囲い堤ロード」を通って、江南市内唯一の宿泊施設「すいとぴあ江南」を下見に行く。ふと、お囲い堤ロードから外れた、木曽川の土手の遠く向こう側に大きな桜の樹が三本並んで立ってるのが見えた。すいとぴあ江南の駐車場に車を停めて、堀Pが施設を見に行ってる間に、樹に近寄ってみる。三本とも巨木だけど死んではいない。春にはモリモリと花を咲かせるに違いない。近くに余計な樹はなく三本だけが独立したように立っている。土手の上にあるので下から撮れば、空ヌケにできる。直感で「桜はここで撮る」と決めた。

そのあと、坂野邸へお邪魔して春香さんのお骨と遺影に手を合わせる。そのうち貴宏さんも帰って来られて、春香さんの写真や使っていた部屋などを見せていただき乍らお話を伺う。おうちは元本を読んで想像していた通りの造作。果たしてこれに見合う撮影用の家が見つかるんだろうか。かなりハードル高いかも。

9月27日(水) 

街の雰囲気を見るために朝早くから堀Pとレンタカーで市内をぐるぐる。大仏やら藤の名所の曼陀羅寺、ふと見つけて寄ってみた川島神社、昭和の遺産っぽい江南団地、いろいろ回ったけど、これといった街の特徴が掴めない。
なんとなくスッキリしないまま、堀Pが約束の時間だと言うので、市長に表敬するため市役所へ。

接客室みたいなところで澤田市長以下、市役所のエラい方々にご挨拶。堀Pが映画の説明をし、市長から「期待してます」との言葉をいただいた。それに続く雑談で、僕が今日市内を見てて感じた「街の特徴が掴めない」ことの意味が見えた気がした。何もないということがこの街の特徴だったのだ。昔は織物業で賑わってたらしいが、その中心はやがて近隣の街へ移り、交通網の発達で名古屋の通勤圏がひろがったことにより、この街は名古屋のベッドタウンになった。つまり「働く街」ではなく「住む街」になった。「この街で一番大きな企業は、職員約660人を抱える『市役所』ですよ」。特別な産業や名産物はないけれども、だからこそ景気に左右されず常に経済は安定している、らしい。「協力しますよ」と市長が言って下さり、同席されていた尾関あきら市議が我々の窓口となって下さることになった。
いずれにしろこの街をちゃんと撮るには、この街でここの空気を吸って時間を過ごしてみないとダメだろうなと思った。

夜、堀Pが「ちょっと会食するんですけど、一緒に行きましょう」と言うので岩倉駅前の焼き鳥屋へ。オレンジリボン(子ども虐待防止)運動の活動家のNANAさんと、そのサポートをしている鬼頭さん(本業は車屋らしい)と会う。どういう流れか、いつの間にか堀Pは初対面のこのふたりを、この映画の「名古屋班」の制作部として任命してしまっている。何が起こったのかよくわからないが、ふたりともえらくやる気になっている。何なんだ? 天然の詐欺師か、堀P? とにかく堀Pという人は、会った人を次から次へとつなげて自分の懐に取り込みつつ、たどり着きたい高みに届いてしまう人で、僕は密かに「人間わらしべ長者」と呼んでいる。

9月28日(木)

東京へ戻る前に、この映画の宣伝と配給を担当する石原さんの実家でキャスティング打合わせ。江南市出身の石原さんは東京で活躍するドキュメンタリー作家で、堀Pが「江南で撮るなら江南の人を」と探してきた人。どうやら石原さんも天然詐欺にヤラレたっぽい。もうひとつ言うと、父役の松田一輝さんも江南出身枠で堀Pが探してきた。そして何と、松田さんは学生時代に教育実習で石原さんのクラスを受け持ち、高校生であった石原さんは松田さんの言葉に影響を受けて映画の道へ進んだとのこと。何だこの「エッシャーの階段」感は?

木更津
9月29日(金)~10月1日(日)

木更津の秘密基地にカンヅメで、カマチと脚本の仕上げ。書いては相手に投げ返して、意見交換をして、相手が書いてるあいだに眠る、というキャッチボール。結局、東京に帰ってもキャッチボールは続き、10月4日の午後、準備稿脱稿。

東京
11月5日(日)

阪神タイガース、日本シリーズ優勝。沖縄でひとり祝う。

12月3日(日)

沖縄からとんぼ返りで、ハルカ役のオーディション。書類審査、一次審査を経て残った30人の中からひとりを探し出す作業。なかなかみんな個性的でオモシロイ。点数制で上位5人まで絞り込み、最後は挙手による多数決――かと思いきや、多数決にも至らず全員が何らかの形で美咲姫さんを推していたことで、ほぼ決定。僕は、ほかにもふたり惹かれた人がいたんだけど、芝居はともかく美咲姫さんの「役」に対する気の入れようは抜きん出ていたので。「役」というより「春香さんに対しての感情移入の大きさと深さ」だったのかもしれない。一番童顔で女子高生に見えたのも彼女だった。
しかし、17歳の役ではあるが、未成年だと就労可能な時間が短くなり撮影日程に影響が出るかもしれないので、20歳以上を応募条件としていたのに、この時美咲姫さんは満年齢で19歳。失格かと思われたが、2月生まれの彼女は、撮影時には20歳になってることがわかって一件落着。

 12月21日(木) 

制作打合わせ。決定事項のまとめ、スタッフィング、予算打合わせ。ハルカ=美咲姫を軸にしてキャスティング進行中。

12月29日(金)

難航中のユウカ役、ビデオオーディション。

                                                                                                               (②へ続く)

映画『春の香り』プロダクションノート 第六話 終
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この映画『春の香り』公式Noteでは、映画『春の香り』に関わった方々の普段あまり語られない映画が完成するまでの成り立ちや、映画の細部に宿る物語を、これから映画をお楽しみいただく皆様に向けて、つまびらかにしていく目的で執筆しています。

映画に関わったスタッフを中心にそれぞれの目線で語られる映画『春の香り』今後、続々と更新していきますので、ぜひお楽しみにお待ちください!

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