【短編小説】 伝承
古い建物を見るのは好きだね。べつに寺院とかに限らず、ほら」
と指して言った。
「あのビルを建てた人は今はもういないんだろうな、とか考えている。ご存命だったとしても、少なくとも現役は退いて今は弟子たちがああやって、新しいビルを建てている。そんなことを考えてるのがとても愉しい。
でもあの人たちが現役を退いたときに、あの人たちの技術を引き継ぐのはおそらく人間ではないはずだ。おそらく人間ではなくてAIが、彼らの仕事を引き継ぐことになるはずだ。そんなことよりも」
と言って、渋谷は視線を窓外から僕たちに移し、展覧会場内に移し、
「僕のこの作品を見てみてよ」
と渋谷は壁に飾られている「画像」のとなりで喋りだす。
僕がそれを「画像」と言って表現したのには理由がある。それは、写真ほどに現実に近似するわけでもなく、絵ほどに画家の手つきが反映されているわけでもなかった。僕はその作品を、絵でも写真でもなく、「画像」だ、と直感した。僕の直感はあらかた正しかった。画像は簡素に額装されていたが、よく見るとそれがモニターであることがわかった。
しかしよく見なければ、それがモニターであることを暴けなかったわけだ。
もしもそれがモニターであることを知らないまま(それを絵あるいは写真だと思いこんだまま)何日か続けて鑑賞したとする。モニターに映し出された画像は日ごと微妙に変化していくとする。人間はその変化をどんなふうに認識するのだろう。
僕のように注意深く観察してそれがモニターであることを暴くのか、あるいは怪奇現象的に捉えるのか、あるいは、そもそも変化に気づくことができないか。
などと僕は考えていた。
「ここに描かれている人たちはね、もうこの世にはいない人たちなんだ。随分前に亡くなっている。僕は彼らの生前の写真(それらはすべて白黒だった)に色をつけた。彩色のパターンを学習させたAIと一緒に、僕は色づけをしてこうやってひとつの作品にした。
この作品の着想は、さっき話した通り、僕は古い建物について考えていた。古い建物を建てた人はこの世にいない。
けれど、建物は残る。
僕たちは新しい建物を建てることもできる。
新しい建物を建てる人々は、きっと古い建物を建てた人たちから技術を受け継いでいる。今、新しい建物を建てている人たちの技術は、きっとAIに伝承される。……そんなことを考えていたときに、僕は昔のモノクロ写真をAIと一緒に彩色して、作品にする、ということを思いついたんだ」
「やっぱり渋ちゃんは天才だね」と麻倉が言った。