映画『ルックバック』
物語としての良さは、虹雲猫さんの感想をぜひお読み下さい。
大変素晴らしく、私はここまで理解できていなかったので、世界がひろがりました。
以下は私自身の感想文です。
私はこの映画をクリエイター応援歌として見ました。
漫画家さんという職業、職人さんの矜持を見た気がしたのです。
ふだんあまり漫画を読まず、この漫画の原作も作者も存じ上げません。
勝手な解釈であることをご理解ください。
またネタバレ100%ですので、これから映画をご覧になる方は、「あらすじ」だけお読み頂き、あとでぜひまたお越しください。ご感想を頂けると幸いです。
あらすじ
「藤野ちゃん、今週の漫画もすごく面白かったよ」
学級新聞で4コマ漫画を連載している藤野ちゃんは、みんなから絶賛され、
鼻高々。
ところが、自分よりも絵が上手な人がいることがわかり、学級新聞の連載をやめてしまいます。
その人は不登校で、学校で会うことはありませんでした。
卒業式の日、その人、京本さんのところへ、卒業証書を届けるように先生に頼まれます。
そこで、京本さんと初めて会うのです。
ライバルだと敵対視していた京本さんが自分のファンだったことを知り、藤野ちゃんは舞い上がります。
そこからふたりは仲良くなり、一緒に漫画を描き、友情を育て、私生活でもかけがえのない存在になっていきます。
あらすじを考えキャラクターを生み出すのは、藤野ちゃん。
圧倒的写実力で背景を描くのは、京本さん。
高校生で漫画家としてデビューし、連載を始めましょう、と編集者に言われた矢先、
「ごめん、私は芸大に行く、もっと絵がうまくなりたいの」
と京本さんに連載を断られます。
そこからふたりは別々の道を歩き始めるのでした。
感想
藤野ちゃんと京本さんは、漫画家さんの中に共存するふたつの気持ち。
1つは、若いうちに才能が開花し、みんなに憧れられ、ピノキオになる、自己肯定感(藤野)
もう1つは、もっと絵がうまくなりたい、大学でちゃんと勉強したい、今のままじゃ、まだまだという自己否定感(京本)
最後に自己肯定感は自己否定感に勝ち、藤野ちゃんは漫画を描き続けようと決心します。
二人の女の子が主人公のようでいて、実は、常に藤野ちゃんの視点から描かれており、京本さんにはあまり人格がないのです。
京本さんのセリフは、なんだか藤野ちゃんの脳内で生成されたようなセリフなのです。
「京本さん」は、「藤野ちゃん」の中で作られたもうひとりの自分で、それに打ち勝つまでの自分ストーリーが語られているのではないかと思いました。
というのも、見終わったとき、
なんで京本さん、死んじゃうの? 死ななくてもいいじゃん、それも通り魔に斧で殺されるなんて。
そんなダメージと遺憾があると思う。
禁じ手だけど「夢でした」でいいから、蘇らせて欲しい。
でもこれが藤本ちゃんが作り出した「自己否定感」だとしたら?
消えてよかったのだ。
でも京本さんは消失したわけではありません。
藤本ちゃんの中に青春時代の自分として受容されたのです。
「ルックバック」には「振り返る」と「背中を見る」という意味があると思うのですが。
京本さんが亡くなった後、京本さんの部屋の一番目立つところに、半纏がぶらさがっているのを見て、藤野ちゃんは涙を流します。
半纏の背中に、藤本ちゃんのサイン。
マジックで、楷書で、大きく描かれた、自信に満ちあふれた小学生だった自分、
藤本歩
のサイン。
あのときの、漫画を描きたくてしょうがなかった時代を思い出して。
もう1つは、イフストーリーの中で、京本さんが最後に遺したメッセージ「背中を見て」
イフストーリーというのは、京本さんが亡くなったとき、藤本ちゃんが「もしも私と出会っていなかったら、京本は死ななかった」と自分を責めるところから生まれるもう1つの空想物語です。
藤本ちゃんは、絵をやめて、空手道場に通っています。
京本さんが通り魔に斧で刺されそうになったとき、偶然そばを通って、犯人を蹴り倒して、京本さんを助けるのです。
ところが助け出した藤本ちゃんの背中に、斧が刺さっています。
京本さんの「背中を見て」は、ちゃんと自分自身を見て、私のことを助けていたら、自分が死んじゃうよ、そんなメッセージではないかと思うのです。
半纏の背中に描かれたサイン、イフストーリーの中で背中を刺した斧、そんな「ルックバック」と、青春時代を振り返る「ルックバック」。
さらには、何度も出てくる、藤野ちゃんが一生懸命に漫画を描いている後ろ姿。
このタイトルにはそんな多義的な意味が含まれているのだと思いました。
この映画は冒頭から感動し、次々起こる意外性に目を離せなくなります。
冒頭で、藤野ちゃんが、学級新聞に連載している4コママンガが、いきなり映画本編に挟み込まれます。
この方法、よくある「劇中劇」のアニメ板で、「アニメ・イン・アニメ」ですが、小学生が描いたアニメにハッとします。
アニメでないとできないデタラメ感が、有無を言わさずいいんです。
小学生のパワフルな異次元世界にも驚きます。
そんな「アニメってすごいでしょ?」的、誇らしげで始まる、この映画。
藤野ちゃんがひとりでパソコンに向かいながら、漫画を描いているシーンで終わります。
背中からは、孤独感が伝わってきます。
京本さんと一緒にアナログで描いていたような楽しさはそこにはなく、プロとしての充足感と必死さが伝わってきます。
がんばれ、それがプロなんだ。
漫画家さんが、日々抱いている葛藤や明暗を描きつつ、がんばれ、そう賛美し応援している気がしました。
※あとで知ったことですが、この「ルックバック」には、漫画の背景の意味も込められているそうです。
アシスタントさんの背景描写のうまさに助けられている、そんなリスペクトも込めたと、作者がインタビューで語っていることを、絵画教室の生徒さんが教えてくれました。