息子を救う 驚異の忘却力 【エッセイ】よもやま子育て話9
「戦争が始まるー」
両手で耳をふさぎ しゃがみ込んだのは
息子が小学二年生の時です
空を見上げると 遥か上空に 小さな旅客機が
飛行機雲を引き連れて飛んでいました
最近 どこか様子のおかしい息子が気になって
その日も 家の前で 帰りを待っていた私は
突然しゃがみ込んだ息子の姿に 驚きはしたものの
何故か こんな日が来ると覚悟をしていたかのように
戸惑うことなく 息子を抱きかかえ
「大丈夫やで お家帰ろう」と言って中に入りました
家に入った私は息子を抱きかかえながら
「大丈夫 戦争起こらへんよ」
「遠くに飛んでいたのは ただの飛行機
みんなどこかに遊びに行かはるんやわ」
「大丈夫やで」
こんな日が来ることを 覚悟していたはずなのに
いざとなると「大丈夫」以外
かける言葉が見つかりませんでした
息子の様子がおかしくなったのは一週間ほど前からです
いつもいつも仲良し三人組ではしゃぎながら帰ってくる息子が
一人で寂しそうな顔をして帰ってくるようになりました
「今日は○○君たちと遊ばへんの?」
「うん」
「どうした? けんかでもした?」
「してない 今日は遊べへんのやって」
そう言って一人でポケモンカードで遊ぶ息子はとても寂しそうでした
日に日に元気がなくなっていく息子
夜中に何度も何度も目を覚まします
とても心配でした
何かあったに違いないのですが原因が分かりません
小学二年生になってからできた その二人の友達とは
とても気が合うようで 毎日のように遊んでいました
彼らがうちに遊びに来た時も
「お前と出会えたこと 神様に感謝するわ」と友達
「ほんまやな 俺も感謝するわ」と息子
まるで恋人同士かよーって会話を何度も聞くほど
仲良しでした
そんな友達と遊ばなくなって一週間
少しずつ変わっていく息子を見ていると
私は
≪いつか一人では抱えきれずに爆発してしまう日が来る≫
と覚悟をしていたのだと思います
次の日も 息子の帰りを家の前で待っていました
一人でとぼとぼ帰ってくる息子が
私の顔を見るなり 大粒の涙を流し 飛びついてきました
息子を抱きかかえ慌てて家に入り
「どうした?」
「○○が仲間はずれしはる」
「△△とだけ遊んで オレだけ仲間に入れてくれへん」
薄々気づいてはいたけれど
改めて息子の口からきくと ショックでした
なんでやろ
あんなに仲良かったのに、、、
「なんかした?」
「なんもしてない」
「そっか じゃあ大丈夫 ゆうとは何にも悪くない」
私まで涙が出てきて それ以上は何も言えず
ただただ 抱っこして 背中をトントン トントン 、、、
しばらくして 二人とも落ち着いてきたので
改めて聞いてみました
「なんかひどいことした?」
「何にもしてない」
「そっかぁ じゃあ 突然ゆうとだけ仲間はずれされたん?」
「うん」
「もしかしたら ゆうとも気づいていないうちに
何かひどいこと してしまったのかもしれへんから
『おれ 何かひどいことしたか?』って聞いてみたら?」
「それで 何かしてたら ちゃんと謝ったら大丈夫やし」
そう言って息子を友達の家に向かわせました
家の前で待っていると
やっぱり寂しそうな顔をした息子がトボトボ帰ってきました
「どうやった?」
「終わったことやから もういいわ やって」
そう寂しそうに言う息子を見ていると
友達に対して無性に腹が立ってきました
≪なんやそれ なんやそれ なんやそーれー≫
≪勇気をふりしぼって聞きに行っているのに なんやそれー≫
息子をギューッと抱きしめ
「ゆうとは 全然間違ってない」
「なんにも気にせんでいいわ」
「なんにも なんにも 全然 大丈夫やわ」
「そんなもん 大丈夫 ゆうと 全然やわ」
めゃくちゃな日本語で まくしたてる母親に
「なんでお母さんが泣いてるの?」
と あっけにとられきょとんとする息子(笑)
それからも 夜中に何度も目を覚ます日が続きましたが
どうすればいいのか分からない私は
ただただ
≪仲直りできたら 嬉しいけれど
できないなら 他に友達ができますように≫
と願うだけでした
暫く辛そうだった息子も 新しい友達ができたのか
徐々に元気を取り戻し 以前の元気な姿に戻ることができました
子どもにとって 仲間外れにされるというのは
想像もできない程 辛いことだと思います
あんなに真っ青で気持ちの良い空を飛ぶ
豆粒ほどの小さな旅客気を見て
「戦争が始まる―」
と本気で怯えてしまうほど
心が不安定になっていたのです
小さな体では抱えきれないほどの
恐怖と不安と孤独に襲われ
壊れそうになっていたのです
あの時の体験が息子のトラウマにならなければいいのにと
願うばかりでした
ある日 小学五年生になった息子が
三年前の仲良し三人組で帰ってくる姿を見た私は
ちょっと驚いて
「○○君たちとまた仲良しになったんやね」
と聞いてみたところ
「えっ 前から仲いいやん ずっと仲良しやで」
と驚きの答えが返ってきました
母: 「いっとき 仲間外れされた って言ってたから心配してたけど」
息子:「だれが?」
母: 「えっ ゆうとが」
息子:「えーっ オレ 仲間外れされたことあったっけ?」
母: 「あったやん ≪戦争が始まるー≫ って言って怖がってたやん」
息子:「うそやん そんなん知らんで」
母: 「うそやん」
あっぱれ 驚異の忘却力 (笑)
今思えば息子にはそういうところがあります
心にかなりダメージを受けそうな辛いことや悲しいことを
見事に忘れる驚異の忘却力を備え持っています
面白いくらいです
少々のダメージはしっかりと覚えているのですが
これは自分にはダメージが大きすぎるということは
忘れているのです
あっぱれ驚異の忘却力!
この能力が息子を救ってきました
素晴らしい!
ひとつだけ ちょっとショックなのは、、
娘が誕生した日のことを
すっかり忘れていることです
娘の出産にどうしても主人と息子に立ち会ってもらいたかった私は
先生にお願いして息子にも分娩室に入ることを許してもらいました
初めのうちは
「おかあさんがんばれー」という息子に
「がんばりまーす」と答える余裕もあり
みんなニコニコ和やかな雰囲気の中
進んでいたのですが
いよいよ娘が誕生する 最後のひと踏ん張りという時
「ひー ひー ふーぅぅぅぅぅ」
気が遠くなりそうな激痛の中
「こ わ い、、、」
とつぶやく息子の声が聞こえました
慌てて「怖くないで」という主人の声と重なるように
「こ わ い」震えるような か細い息子の声がまた聞こえました
その後すぐに聞こえてきた娘の産声でその場は一気に明るくなり
主人に抱っこされていた息子も満面の笑顔を見せてくれました
娘の へその緒も主人と息子が切って
家族みんなでいい経験ができたと喜んでいたのですが、、
あの日のあの瞬間
娘がこの世に誕生したあの瞬間のことを
息子は全く覚えていないのです
あの日のことを見事に記憶から消しているのです
親が勝手に良い経験だと思っていたことは
小さな息子にしては
驚異の忘却力が発動されなければならないほどの
大きな衝撃だったのです
≪全く覚えてないわ≫という息子の言葉を聞いたとき
ショックでした
出産に立ち会わせて へその緒を切らせるなんて
親が勝手に≪いい経験≫と思い込んでいるだけだったのかもしれないと
今となっては後悔しています
でもまぁ
あの時の小さな君には
かなりの衝撃的なことだったのかもしれないけれど
いずれ 君が父になったときに
大変な思いをして生んでくれた奥さんに
心から感謝してください
そして あれほど恐ろしい空気を
一気に幸せなものに変えてくれた
子供の誕生を
心から尊いものだ
と思える人間になってね